第434話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》43
「く……! そんな事をさせるものか!」
「クリス、ヴィルマさんを守ろう! それにエリスさんや、マイスくんや避難してる天上人の人達や、ヴェネフィクのメルティナ皇女も助けなきゃ! それにシャルロッテさんも!」
「うん分かった、ラニ。ふふ……忙しいね?」
「住民の避難施設はあの地下にある! グレイフリールの石棺のすぐ上の階層だ! 皇女殿もグレイフリールの石棺の中にいる……!」
ヴィルマが中央研究所の方を指差す。
「という事は、ここで中央研究所を守ればいいという事ですね」
分かり易くて良い。
向こうはヴィルマを狙って来るのだから、それを迎撃すればいい。
「さあ、そう上手く行きますか?」
マクウェルが片眼鏡に触れながらにやりと笑う。
ドドドドドドド…………ッ!
足元に再び、揺れを感じる。
「……!」
「何……!?」
最初にイルミナスの街全体を包んだ爆発の時程ではないが、どんどんと揺れが大きくなって行くのがはっきりと分かる。
「下……!?」
「何か登ってきますわ!」
ドガアアアアアアァァァァァァンッ!
近くの足元に大穴を開けて飛び出して来たのは、マクウェルの操る無貌の巨人だった。
「さっきの巨人! クリスに吹き飛ばされた筈なのに……!」
いつの間にか大工廠の近くの海岸のあたりからその姿が消え、地面を割りながら目の前に飛び出して来た。
「なるほど形を変え地下に潜り、真下に回り込んだんですね。人が話している間に、ずるいですよ……!」
「戦場で敵と戯れる趣味はありませんのでね! 特に、怨み重なるあなたとは……!」
「そんなに怨みを買うような事をしたでしょうか?」
「自分の胸に手を当てて、聞いてみなさい……!」
まあ確かにイングリスは無貌の巨人を不意討ちしたし、マクウェルを怒らせるような会話の内容もあった。
それ以前にヴェネフィク軍だったロシュフォールやアルルを迎撃して捕らえたり、飛空戦艦を拿捕したり、必殺の策であった氷漬けの虹の王も撃退した。
そういう意味では、ヴェネフィクの将軍であるマクウェルが激怒するような内容だったかも知れない。
「まあ確かに、あなたがヴェネフィクの忠臣であり、国事を第一に考えるのならば、わたしは腹に据えかねる存在かも知れませんね」
そう言いながらマクウェルの方をよく見ると、ある事に気が付く。
マクウェルはロシュフォールと同格の特級印の持ち主。
その右手の甲には虹色に輝く魔印が見えるのだが――
それが消えたり、また現れたりを繰り返している。点滅しているのだ。
特級印がそんな状態になるのは見た事が無い。
マクウェルの片眼鏡の魔印武具は、不死者を生み出し操る能力を持つ強力なものだ。
神竜の牙や神竜の爪のような、超上級とも言える魔印武具だろう。
それが放つ妖しい不死者の気配が、マクウェルの身にまで浸食しているように見えるのである。特級印の点滅は、その証のように思えるのだ。
「いや違う……!? あなたは一体……?」
「クククク……話している場合ではないと思いますが?」
「クリス! 足元が……! 崩れる!」
巨人が開けた大穴から大きくひび割れが走り、それが地割れになり、どんどん大きく広がって行く。
ガガガガガガガガガガガガガ……ッ!
元々爆発でかなりの損傷を負っていたイルミナスが、更に大きく破壊されて行く。
地割れによって中央付近から切り離された陸地が、どんどん海に沈んで行くのだ。
「し、島が壊れて行くわ!」
レオーネの言う通りの光景だ。
イングリス達のいる中央研究所付近の部分から切り離された陸地が、あっという間に海の藻屑となって行く。
『浮遊魔法陣』の力が弱まっているとはいえ、その力で海に浮かんでいたものが、物理的に切り離されてしまえばこの通り、沈んで行くしかないのだ。
「こ、こちらの方も傾いて行きますわよ!」
これもリーゼロッテの言う通りだ。
『浮遊魔法陣』のある中央研究所付近の陸地も、揺れながら傾いて行く。
他の部分のように一気に沈むような事は無いが、歪な形に陸地を切り取られたため、傾いてしまったのだ。
こうなってしまったら、こちらの部分もいずれ沈むかもしれない。
単にヴィルマを狙う敵達との手合わせを楽しむ、と言うわけには行かなくなりそうだ。
「いかん! このままでは危険だ、住民たちを避難させねば! ここが沈めば全滅だ!」
「でもヴィルマさん! ど、どこに避難させるんですか!? 大工廠が沈んで、あたし達が乗って来た船も……!」
「まだあれがあるよ、大丈夫……!」
イングリスが指差す先には、イルミナスの上空の高空に浮かぶ飛空戦艦の姿がある。
それは、マクウェル達が乗ってここに乗り込んできた、アゼルスタン商会の飛空戦艦だ。大工廠とは逆側の空に、難を逃れて待機している。
あれを奪って、住民たちを避難させれば良い。
「そう簡単には、やらせませんよ! 何度も貴重な船をくれてやるわけには行きませんからね」
「……! 雲の上に逃げてく……!」
あれを押さえて奪って、住民たちを乗り込ませるのは骨が折れるかも知れない。
単に撃沈するなら話は早いが、そういうわけにも行かない。
時間をかけている間に、ここが沈んでしまう可能性もある。
「機竜だ! まず機竜に住民達を積む! 少なくともイルミナスと共に沈む事は避けられる!」
「そうか、それなら!」
ラフィニアが頷く。
先程まで街の被害を食い止めようと消火に当たっていた機竜達も、街自体の大半が沈んでしまった今では手が空いてしまっている。
それを住民の避難に回すのは、理に叶っている。
あの巨体ならば、多数の人間を乗せて運ぶ事も可能。
先程無貌の巨人が飛び出してきた際に空けた大穴から、直接機竜を地下に潜らせる事が出来そうなのも好都合だ。
元々巨人が穴を開けなければ、まだイルミナスが無事だったであろうことを考えれば、好都合も何も無いとは思うが。
「よし機竜部隊! あの大穴から、避難施設に向かえ!」
ヴィルマの黒い鎧に光が浮かび上がり、機竜がその指示に従い、こちらに向かって一斉に飛んで来た。
そして大穴の中に飛び込んで行こうとする所を、無貌の巨人が飛び掛かって捕らえようとする。
「やらせるな、巨人よ――!」
「させません!」
――霊素殻!
霊素の青白い輝きに包まれたイングリスは、明らかに一歩遅れて地を蹴ったものの、機竜と無貌の巨人との間に割り込んでいた。
巨人を殴り飛ばして、機竜を守る!
「はああぁぁぁぁっ!」
振り上げた小さな握り拳はしかし、無貌の巨人には届かなかった。
黄金の斧槍の柄が、イングリスの拳を阻んだのだ。
ガイイィィンッ!
シャルロッテだ。
霊素殻を発動したイングリスの動きに付いて来る。
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