第433話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》42
「貴国は三大公派を後ろ盾と考えているようですが、それは極めて脆い砂上の楼閣かも知れぬという事です。そんなものにもたれかかるのは、果たして正しいのでしょうか? 今からでも考え直す事をお勧めいたしますが?」
マクウェルが魔印武具の片眼鏡に触れながら、勝ち誇ったように言って来る。
「奇遇ですね、わたしもそんな気がしていました」
「フフ……それは賢明だ」
「ちょっとクリス! あたしはそうは思わないわよ! 上の方で何か難しいことになってても、機甲鳥や機甲親鳥を使って、みんなで力を合わせて封魔騎士団を作って、今までより多くの人を護れるのはいい事なんだから! あたしはそれは止めたくない!」
ラフィニアがそう言うとレオーネとリーゼロッテも頷いていた。
「うん、大丈夫だよ。気がしただけだから」
まあラフィニアはそう考えるだろうし、レオーネやリーゼロッテがそれに同意する事も、イングリスは構わないと思う。
「ふむ。清らかな心をお持ちだ。だが、目の前の事しか見えていない。見ようとしていない。愚直、と言うのが相応しいでしょうね」
「お子様なだけね。視野が狭いのは子供の証だわ」
マクウェルとティファニエは、小馬鹿にしたようにラフィニアを見る。
シャルロッテは何も言わず、黙ってそれを聞いていた。
「うう……!」
何か言い返してやりたいのだろうが、言葉に詰まっている様子のラフィニアだった。
イングリスはその前に、すっと立つ。
「ですが、いつの時代もそれまでの世の中を変えるのは……そういう子供っぽい愚直さを貫いた人間だと思いますよ?」
前世の自分もそうだった。
女神アリスティアの加護を受け、それを自分ではなく世の中と人々のために使おうと志し、貫き続けたつもりだが、目の前に起きる事態への対応に手一杯で、実際には多くの事が見通せていたわけではない。
それが分かるようになって来たのは、がむしゃらに走り抜けた後、立ち止まって自分の事を振り返るようになってからだ。
今はまだ、ラフィニアもレオーネもリーゼロッテも皆若い。
目の前の事に囚われるのは当然。視野も狭くて当然。それでいいのだ。
むしろマクウェルやティファニエが小馬鹿にする愚直さを、ずっと持ち続けて貫き続けた者こそが、人や世の中を変え得るのだろうとイングリスは思う。
大人になって成長して、子供の愚直さを忘れて行くと言うよりも、人間誰しも大人になって行かざるを得ない中で、如何に子供の愚直さを保ち続けることが出来るかの勝負なのだ。
「ククッ……彼女がそうだとでも?」
「さあ? どうでしょうか?」
イングリスにとっても、本当にどうなのか分からない。
そして本音を言えば、どちらでもいい。
どちらにせよ可愛い孫娘のようなラフィニアに寄り添って、成長を見守りながら生きて行く。自分はそれで満足だから。
「ごくごく一部の例外を除いて、そんなのは叩き潰されて消え失せるだけよ」
「ええ、そういうものなのでしょうね。わたしにとっては好都合ですが」
周囲が叩き潰そうとするならば、そこには必ず争いが生まれる。
その相手と手合わせできれば、イングリスは嬉しいし、ラフィニアも助かる。
つまりどちらにとっても良い事だと言うわけだ。
「せっかく世の中を変えるなんて言うなら、『浮遊魔法陣』を僕らにも新しく貰えるように変えておくれよ~。そうじゃなかったら、僕もこんな事しなくて済んだのにさあ~」
ヴィルキン第一博士は両手を合わせて、おねだりするようにラフィニアを見つめる。
「だったら博士が『浮遊魔法陣』を作れるようになれば良かったじゃないですか! せっかく凄い博士なのに!」
「いや~、はっはっは。その通りだね~面目ない。これからは教主連のほうで楽しく研究を続けて、いつかはそうなれるように頑張るからね~?」
にこにことしながら、後ろ頭を掻いて見せる。
「そんな事は許しません! 父さん! ここに残って、イルミナスの復旧に手を貸して貰います!」
「いや~、待ってよ~ヴィルマ。そうじゃなくってさぁ、むしろヴィルマが僕と一緒に来るんだよ?」
「えぇ……っ!?」
「何を驚いてるのさ~? 当たり前でしょ? これでも親子なんだから。僕は娘を見捨てたりなんかしないよ?」
「な、何をバカな事を……! 教主連がいいとか、大公派がいいとか、そんな事は関係ありません! 私はこのイルミナスを護る騎士長として私の為すべきことを為すだけです!」
ヴィルマがそう反論すると、ヴィルキン第一博士は首を横に振る。
いつもの場違いなくらいニコニコとした表情が、冷静な、真剣な様子に変わっていた。
「だけどその為すべき事は、ヴィルマが望んだ事じゃないはずだよ? 生まれつき体の弱かった君は、機械の身体にならなければ生きられない状態だった。そしてその体になった者は、騎士として働くことを義務付けられる……色々、辛い思いをしたはず――そうでしょ、ヴィルマ?」
「と、父さん……」
「上級魔導体を与えてあげられれば良かったけれど、それは出来なかった。技公様はそれをお許しにならなかったからね。まあ、僕の娘だけを特別扱いはできないって事かも知れないけどさ~。イルミナスじゃ技公様は絶対だからね~。そんなあの方が『浮遊魔法陣』を新しく手に入れるお許しが貰えなくて地に墜ちるのは、ちょっとザマァミロって感じじゃない? だから、『浮遊魔法陣』を新造する研究は実が入らなくてね~。本気出したらどうにかなってたかもなぁ? あははは、負け惜しみだけどね~」
段々とニコニコといつものヴィルキン第一博士に戻って行く。
「……前言撤回。あの顔でもいい人はいい人なのかも」
ラフィニアがぽつりとそう呟く。
「ふふ、ラニは忙しいね?」
「仕方ないじゃない、あの顔にいい思い出が無いんだもん」
「わたしは楽しかったけど?」
「だからそれはクリスがクリスだからそう思うだけだってば!」
そう言い合ううちに、ヴィルキン第一博士がヴィルマに手を差し伸べている。
「だから父さんと一緒に行こう、ヴィルマ。これまでよく頑張ったね、心の優しい君には辛かったはずだよ。もういいんだよ。教主連の方に行けば、上級魔導体だって与えてあげられるさ」
「ヴィルマさん……」
ラフィニアは何とも言い難い複雑な表情でヴィルマを見る。
ここでヴィルマがヴィルキン第一博士に付いて行くと言っても、ラフィニアは止められないだろう。
「父さん! 父さんの気持ちは、嬉しく思います……ですがはじめは望まぬとも、辛くとも、それを誇りに思えるようになる事もあるものです! 私はイルミナスの騎士長である事を辞めようとは思いませんっ!」
「そうか~ヴィルマも強くなったね~」
ヴィルマの言葉を聞くと、ヴィルキン第一博士はしょんぼりとして肩を落とす。
「娘の成長は喜ばしいけど、はいそうですかとはいかないかな~? こんな所に置いて行ったらどうなるかなんて明白だしね~」
と、ティファニエ達三人に視線を向ける。
「君達~。申し訳ないけどあの子も連れて行ってくれるかなあ? 手間を増やしちゃうけど、可哀想な父親を助けると思ってさあ」
「……ええ、いいでしょう」
シャルロッテは静かに頷く。
「勢い余って手足くらい潰れてしまうかも知れませんが、構いませんわよねえ?」
ティファニエが妖しげな笑みを浮かべている。
「まあその辺は機械だから構わないよ~よろしくね~」
「彼女が操る機竜達が、街の救助に動いてしまっている……それを潰す意味でも、悪くはないでしょう」
マクウェルも反対しないようだ。
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