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第430話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》39

「流石、お目が高い。虹の王(プリズマー)を倒した豪傑なだけはありますね。イングリス・ユークス殿」


 その事は、ユーバーには言っていなかったはずだ。

 つまり、ユーバーは最初から知っていたという事になる。

 そして不死者を操る魔印武具(アーティファクト)の存在――ならばその正体には、心当たりがある。

 イルミナスに発つ前、ロシュフォールとアルルから聞いた事だ。


「……ユーバー・アゼルスタンと言うのは、本当の名ではありませんね?」


 イングリスがそう問いかけると、ラフィニアが吃驚した声を上げる。


「ええっ!? 違うの……!? じゃあ、誰よ……!?」

「ほら、ラニ。思い出して、ここに来る前ロシュフォール先生とアルル先生と話したでしょ? ヴェネフィクには不死者を生む魔印武具(アーティファクト)を持っている将軍がいるって……確か名前は、マクウェル将軍――」

「あ……! た、確かに言ってたかも……!? でもロシュフォール先生は、性格最悪でそれが顔に出てるから、一目で嫌いになる顔だって言ってたけど……?」

「……今思ったら結構抽象的だったね」


 もっと詳しく聞いておけばよかったかも知れない。


「ふふふ……認識の相違というものでしょう。国を裏切ってカーラリアに降った将と、変わらぬ忠誠を貫く私と、どちらが性格が悪いのでしょうね?」

「レオーネやリーゼロッテはあなたの操る不死者に襲われていますし、いい勝負ではないでしょうか?」

「ははは、これは手厳しい」

「じゃあやっぱりユーバーさんなんていなくて、マクウェル将軍なのね……!」


 ラフィニアの言葉に、ユーバー、いやマクウェル将軍はすっと手を挙げる。


「いや、私は確かにマクウェル・ロクウェル。ヴェネフィク皇帝にお仕えする将の一人です。が、一つ訂正しておきますと、ユーバー・アゼルスタンは実在しますよ? アゼルスタン商会もね。今回のお二方との作戦に際して、アゼルスタン商会を接収しました。素直に従って頂けなかったため、少々手荒い真似はさせて頂きましたが……ね?」

「……! 殺して奪ったって事ですか……!?」


 ラフィニアが眉を顰める。


「ははは、まさか。元気にしているじゃあないですか? あそこで、ね……」


 そう言ってマクウェルが指差すのは、暴れ回る無貌の巨人だ。


「な……!? じゃあ……! 捕まって、商会の船に乗せられていたのね……!」


 レオーネの言葉にマクウェルが頷く。


「左様。意見を違える者をただ粛正するなど、野蛮極まりない。彼等がこの先、我がヴェネフィクを守護する盾となってくれる事でしょう。国を思う気持ちは彼等も同じ……共に手を取り合う事は、美しい事だと思いませんか?」

「どこが……! 人をあんな姿にして、思い通りに操って! ただ殺すよりよっぽどひどい……! どうしてそんな酷い事が……!?」

「彼等を魔素流体(マナエキス)にしたのはこちらの方々ですよ? 私を糾弾するならば、悪だと言うならば、まずはこちらにこそ言うべきではないのですか?」

「そうだけど……! でも、あなたも一緒です……! 全部分かってて、どうしてこんな事を……!?」

「分かっているからですよ。だからこそ悪の根を叩き潰そうとしている。手法が五十歩百歩なのは百も承知です。が、非力な地上の我々に、手段を選ぶ余裕などないのです。毒を以て毒を制す……彼等が最後の魔素流体(マナエキス)です。その覚悟で、私はあれを造り出しました。先程も言いましたが、イルミナスの崩壊はこれから魔素流体(マナエキス)と化されてしまう地上の同胞達を救う事になる。悪魔の技術を、海の藻屑と消し去ることが出来る。それをあなたは酷い事だと仰るのですか?」

「そうじゃない……! そうじゃないけど……!」

「いい加減になさいッ!」


 マクウェルが再び一喝し、ラフィニアがビクッと身を竦ませる。


「手を動かしもせずに、実際に手を動かしているもののやり方を非難するのは、何も責任を負わない子供の態度だ……! あなた方はカーラリアの未来を担う、上級騎士の候補生でしょう……! 私に文句がおありなら、あなた方も何か行動をして見せるべきだ! 素晴らしい采配によって、今すぐイルミナスの所業を止めてお見せなさい……! それが出来ぬのなら、黙ってこの地を立ち去りなさい! 目にさえ入らなければ、あなた方はそれで納得するはずだ! 結果は私が出して差し上げましょう……!」

「うう……! でも……だって――!」


 ラフィアはそれ以上言葉が出て来ず、俯いてしまう。

 その瞳には涙が滲んで、零れ落ちてしまいそうなほどだ。


 ティファニエとは別の意味で、このユーバーもといマクウェル将軍もラフィニアと相性が悪そうだ。

 ラフィニアの持つ正義感と現実との乖離をずばりと突いて、また純情で清らかな心を抉ってしまうのだ。

 彼の言動は、現実的と評価できなくもないだろう。

 評価できなくもないが――


「では、手を動かす事にしましょうか」


 イングリスはにっこり笑顔でそう言って、無貌の巨人の方に掌を向ける。

 ――霊素弾(エーテルストライク)


 ズゴオオオオオオオオォォォォォッ!


 霊素(エーテル)の光弾が、無貌の巨人へと高速で肉薄して行く!


「何……っ!? さ、避けろおおぉぉっ!」


 マクウェルが片眼鏡に触れて叫ぶが、巨人の反応は間に合わない。

 不意を討たれて脇腹のあたりを撃たれた無貌の巨人は、横倒しに倒れると地面を何度もバウンドし、吹き飛んで行く。

 このまま海まで吹き飛ぶと、海水に溶けてなくなったり沈んで消えたりしてしまうだろうか。それは少々勿体ないが。


「く……っ!? 開けッ!」


 その意図と指示が伝わったのか、巨人の胸のあたりの肉が抉れて大きな穴が生まれた。

 ちょうど霊素弾(エーテルストライク)の着弾点である。

 そこに穴が開いたため霊素弾(エーテルストライク)が素通りし、海の彼方に消えて行った。


「おお……!? 中々芸が細かいですね……! 元が液体という事は、形も自由自在という事ですか……」

「何をするのです……! あなたは何をしているのか分かっているのですか……!?」


 マクウェルが顔色を変えて、イングリスに食ってかかる。


「手を動かせと仰いましたので、動かしたまでですが?」


 たおやかに淑やかに、イングリスは微笑み返す。

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― 新着の感想 ―
[一言] 正直、元々もあちこちに残酷さを秘めていた世界観でしたけど、この章は別のスタイルと思わせるほどにダークが一気に数段階上げられた感じですね。虹の王の次の作品クライマックスに近付いていくからでしょ…
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