第43話 15歳のイングリス・天上人が支配する街14
「何をムシのいい事を――!」
「待てシスティア。フム……では取引だ。事の成否に関わらず、それが終われば君達は速やかにこの街を去る。ならば引き受けよう。我らは『浮遊魔法陣』を破壊するが、それを君達に阻まれては厄介だからな」
黒仮面はシスティアを制し、そう返答してきた。
「……分かりました。この後、あなたと手合わせの続きが出来ないのは残念ですが」
「フ……御免被らせて頂く。君のような者とは対峙するのではなく、轡を並べて戦いたいのでな。では行くぞ、システィア! 暫く奴に手出しせず、注意を引くのだ!」
「はいっ! 承知しました!」
システィアは黒仮面の言う事には絶対服従らしい。素直に承諾し動き出す。
これでイングリスの試したい事を試すまでは、セイリーンは大丈夫だ。
「クリス! どうするの……!? あたしも何か手伝う?」
「大丈夫だよ。もういっぱい手伝って貰ったから」
「どういう事?」
「見てれば分かるよ。何とかセイリーン様を止めてみるね」
「うん……! お願いクリス!」
「いくよ――」
イングリスは一度瞳を閉じ、息を整える。
そして、これまでも力を見せるために時折行っていた霊素の魔素への変換を始めた。
ただしいつもと違うのは、一部ではなく全部という事だ。
今のありったけの霊素を魔素へと落とし込む――!
「はあああぁぁぁっ!」
このまま放っておけば、魔素が霧散し消えて行くだけ。
力を無駄に放出しただけになるが、無論そうはしない。
かなりの疲労感があるが構わず、イングリスは次の手順に移る。
魔素の制御だ。
魔印は魔素感知能力を持たない現代の人々の為にその流れを一定にするもの。
魔印武具はそれを受けて、過去の時代の魔術に近いような、様々な戦う力を発揮するもの。
その際の魔素の流れを再現できれば、同じ現象を再現できるのだ。
12歳の頃に既に霊素を魔素へと落とす事は出来ていた。
この三年間、イングリスはその霊素から落とした魔素を有効利用できないかと修練を積んで来た。
霊素の制御は難易度が高いため、同時に複数の波長を使いこなすことは難しい。
つまり、霊素殻を使いながら霊素弾を撃つことはできない。
だが霊素に比べ、魔素は力は弱いが制御は易しい。
あらかじめ落としておいた魔素を使う事と、霊素の戦技は両立可能かもしれない。
そうすれば、一時的な最大戦闘力はさらに増す――その考えから始まった修練だった。
ラフィニアが魔印武具を使う所をじっと観察し、魔素の配置や流れのパターンを覚えた。
それを自力で再現できるまで、何度も何度も反復練習を繰り返した。
はじめてそれが成功するまで、二年近くはかかっただろうか。
魔素の流れは下級の魔印武具の方が単純なため、あえて下級の魔印武具を使って貰って、そこから覚えて行った。
今は中級の魔印武具の能力の再現くらいはできるようになっている。
中級の魔印武具は、奇蹟と呼べるほど強力な現象ではないが、炎を飛ばしたり氷を出したりという、初歩の魔術のようなことができる。
イングリスは目を見開く。魔素の制御は完了した。
今から行うのは、全霊素を魔素へと落とし、それを全て注ぎ込んだ――!
「凍れええぇぇぇぇぇッ!」
ビキイィィィィィンッ!
冷気を放つ氷がセイリーンの足元から出現。
一瞬で彼女の巨大になった体を完全に覆いつくすと、完全に封じ込めた。
その様は、突如出現したそそり立つ氷山である。
「ふう……上手く行ったかな」
イングリスは肩で息をつく。
魔素というものは、霊素に比べ力の無駄が多く出力が小さい。
これだけの氷柱を生み出すのに、ほぼ全精力を使い果たしてしまっていた。
「す、すごい……! こんな大きな氷の柱……!」
「……凄まじい規模だ――」
ラフィニアとシスティアは唖然としている。
「よくもまあ、魔素などというか弱き力でこれをやったものだ――」
黒仮面も独特の言い回しで感心している様子だった。
「ね、ねえクリス、確かに大人しくはなったけど……セイリーン様大丈夫よね?」
「魔石獣の生命力だからね。氷が解けたらまた動けると思う。このままセイリーン様を遠くに運ぼう? とにかくここにいさせちゃいけない。まず隔離してから、後の事を――」
「は、運べるかなぁ……こんな大きいの――」
「でもやらなきゃ。ちょっと休んだら、わたしが背負って運ぶから――」
「それではまともに動けまい? 我々としては、約束通り早く君達に去って欲しいがな」
「仕方がありません。我慢して下さい」
「失礼。怒らせる意図はなかった。動きやすいようにしてやろうというのだ」
「? どういう事ですか?」
「まあ見ていろ」
そう言って、黒仮面はセイリーンが囚われた氷柱に近づき、手を触れた。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
『面白かったor面白そう』
『応援してやろう』
『イングリスちゃん!』
などと思われた方は、ぜひ積極的にブックマークや下の評価欄(☆が並んでいる所)からの評価をお願い致します。
皆さんに少しずつ取って頂いた手間が、作者にとって、とても大きな励みになります!
ぜひよろしくお願いします!