第429話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》38
「なるほど……あなたがあの話をわたし達にして下さったのは、この状況でこちらの戦意を削ぐためですね? なかなか上手い手を使いますね」
ラフィニアもレオーネもリーゼロッテも、みんな心根の優しい、いい娘達だ。
そのラフィニア達にあんな魔素流体の話を聞かせれば、当然大きな衝撃を受ける。
そしてその衝撃が大きければ大きいほど、この事態は放っておいた方が魔素流体が造られるのを止める事に繋がると言われた時に、動きが止まる。
確かにそうかも知れない、と思ってしまうからだ。
結果的に、邪魔されたくないユーバーの思う通りになってしまう、という事だ。
善悪や倫理的な問題はおいておくとして、ユーバーとしては上手く相手を動かすことが出来ているわけだ。
「……人の好意を無下になさる方だ。私は何も知らぬことは不幸だと思い、教えて差し上げただけですよ?」
「意地の悪い事を言えば……全てが嘘の可能性もありますよね?」
こちらも魔素流体の話の裏を完全に取ったわけではないのだ。
恐らく真実だろうが、ユーバーが親切だけでそれを教えたとも言い難い。
「では……証拠をお見せしておきましょうか?」
と、ユーバーはイングリスから見て右手の方角に、視線を向ける。
それは、大工廠や飛空戦艦のドッグがあった場所だ。
ドガアアアアァァァァンッ!
施設の壁を突き破り、何か巨大な影が立ち上がった。
「な、何あれ……!?」
「きょ、巨人……!?」
「あ、あんなものが……!」
機竜より遥かに大きく、下手すれば神竜フフェイルベインに匹敵するほどの巨大さかもしれない。
体型はレオーネが言った通り完全な人型で、巨人という言葉が相応しい。
だがその様相の異様さは、目を見張るような巨体だけではない。
肌は青黒く、生理的な嫌悪感を掻き立てるような色そしている。
そして何よりその頭部には、頭髪はもとより目や耳や鼻も、本来生物の頭部にあるべき一切合切が存在していなかった。
まるで色の悪い、巨大な人形。無貌の巨人だ。
ガアアアアアアアアァァァァァァァ…………ッ!
一体どこから出ているか分からないが、大きな唸り声が上がる。
「か、顔の無い巨人……!?」
「え、ええ……! 大工廠から立ち上がったわ……!?」
「な、なんだか凄く不気味な姿ですわ……!」
「あれが皆さんもお会いになっていた、兵士達の鎧の中身ですよ? あそこにあった魔素流体を一まとめにしているが故、少々大きいですがね」
無貌の巨人は炎に包まれた大工廠に拳を振り下ろし、無差別に破壊し始める。
巨体の割に凄まじい勢いで繰り出される拳に、あっという間に周辺が崩れていく。
「見て下さい……! 人の形さえ奪われ、尊厳を踏みにじられ殺された怒りを晴らすかのようです……! 素晴らしい姿ではないですか……!? 美しささえ感じますよ……!」
「……それだけでは、ないですね? あなたの手も加わっていると推測します。もう一つの気配を感じますので」
「クリス……! どういう事……!?」
「確かにあれは、魔素流体を一まとめにしたものなんだろうけど……でも、不死者の気配も感じる……!」
「不死者……? それってレオーネのお屋敷に襲ってきた奴等よね……!? リーゼロッテも襲われたって……!」
「ええっ……!?」
「あ、あれと同じなのですの……!?」
「うん、多分ね。わたし達が前に見た普通の不死者は、死体に魔印武具の奇蹟をかけて生み出したものだろうけど……あれは大量の魔素流体に、奇蹟を使ったんだよ」
「ふふふ……魔素流体は人間を液状化した狂気の液体。いわば死肉のジュースです。それを不死者の素材とした時にどうなるか、是非一度試してみたかったのですよ」
折からイルミナス全体で起きていた爆発に加え、無貌の巨人が暴れ回った事により、大工廠の一角は完全に崩壊しつつあった。
地面が割れて崩れ、イルミナス本体から切り離されると、その一角が水没して沈んで行く。
ここは絶海の真ん中の深い海。イルミナスの浮力から切り離されてしまうと、水に沈む単なる瓦礫である。
一方無貌の巨人のほうは、身を翻して高く飛び上がると、地面の崩落を避けていた。
「だ、大工廠が……! 」
「し、沈んで行くわ……!」
「あの巨体で何て素早い……!」
深刻な様子で巨人の様子を見ているラフィニア達。
「わあ、お上手お上手。なかなかのものねえ」
大してティファニエは、笑顔でぱちぱちと手を叩いている。
まるで子供のお遊戯会を見守っているかのようだ。
「ええティファニエ殿。流石に天上領においても最も邪悪と言っても過言ではない素材と、死者を冒涜する邪悪なる奇蹟の組み合わせ。その業の深さが力になる……上々の性能ですよ」
ユーバーも片眼鏡に手を触れながら、穏やかに微笑んでいる。
イングリス達と話していた時と全く変わらないような調子だ。
「見た所……その片眼鏡が魔印武具ですね。かなり強力な魔印武具だとお見受けします」
武具の姿をしていないが、正体を隠して偽装するにはいいかもしれない。
カーラリアが所有する神竜の牙や神竜の爪のような、超上級とも言える強力な魔印武具の一種だろう。
あれらの魔印武具の特徴は、神竜フフェイルベインに近い強大な竜の牙や爪そのものを組み込んでいる事だ。
それが通常の魔印武具を超えた力の源となっている。
となるとこの魔印武具にも、その種のものが使われているという事になるだろう。
不死者を生み出す奇蹟となると――恐らくは究極の不死者とも呼ばれた存在、不死王の体の一部が使われているのだろう。
しかし、不死王と言えば一体しかイングリスはその存在を知らない。
竜達のように神竜と言われる強大な存在が複数するわけではないはずだ。
そしてそれは、前世でイングリス王が封印した。
神竜フフェイルベインと同じく、倒し切る事は出来ずに封印せざるを得なかったわけだが、もしその封印を破って不死王を引き出したのだとしたら、人が封印したものをぞんざいに扱ってくれるものだ。
体の一部を切り出して魔印武具に加工できているのだから、倒す事は出来た、と判断しても良いのだろうが。
正真正銘の神が生み出した狭間の岩戸がグレイフリールの石棺なる名前で、天恵武姫の製造施設にされている事を思えば、ただの地上の王が封印した魔物を掘り起こすくらい、大した事は無いかも知れないが。
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