第428話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》37
イングリス自身は自らの最大限の成長のために、人の手を借りずに一人で戦いたい。
だが、相手が複数なのは全く問題ない。むしろ大歓迎だ。
天恵武姫を超えた天恵武姫であるシャルロッテと、天恵武姫には珍しく、勝つために手段を選ばない狡猾さを持つティファニエ。
なかなかに心惹かれる戦いだ。
「まあまあ、ではまずリーゼロッテの事は後で考えるとして、わたしと戦いませんか? であれば特に迷う事もないかと思いますが?」
「何故ですか?」
「話の腰を折らないでもらえるかしら?」
そこは二人とも意見が一致して、イングリスの相手をしてくれなかった。
「どうしてですか……!? わたしは敵ですよ? 敵は倒すべきものです!」
「わたくし達は、敵を討つために来たわけではありません」
「では、何だと……? ここを攻撃しているのは何故です? そもそも先程は戦って下さったのに……!」
ここからが面白くなってきそうな所なのに、水入りは頂けない。
「まあ、今に分かるわ。大人しく見ておいでなさい?」
「ティファニエ。あなたがここに現れたという事は、準備は終わったという事ですね?」
シャルロッテはティファニエが動くための時間稼ぎをしていた、という事だろうか?
「ええ、手抜かりなく。後五つ、ですね」
ティファニエは魅力的な微笑を浮かべる。
「五、四……」
ティファニエが指を折り数え始める。
「な、何……!?」
「何が起きるの……!?」
「みなさんとにかく、固まりましょう!」
取り合えず様子見で出来るのは、そのくらいだろう。
「一……ゼロ」
と同時に――
ドガガガガガガガガガガガガガガガガアアアアァァァァァッ!
「なっ……!?」
巨大な轟音と激しい揺れが、その場に響き渡る。
轟音はどちらからともなく全周囲から轟き、あまりの大きさにラフィニア達の声が聞こえない程だ。
そして足元の揺れは、ラフィニア達が立っていられないほどだった。
それが何故起きているかと言うと、爆発だ。
無数の爆発。本当に数えきれないほどの爆発と炎がイルミナス中から立ち上っていた。
あっという間に白亜の街が、炎に焼かれた窯の中ような光景に一変していた。
「ラニ! みんな、大丈夫……!?」
何はともあれ、尻もちをついてしまったラフィニアに手を差し伸べる。
「な、何よこれ……こ、ここって天上領の中心でしょ……? こ、こんな事が起こっていいの……?」
「こんなの一体どうやって……? こんなにも一斉に、街が……!」
「ま、街中に住民の皆様が残っていたら、一体どれだけの被害が……?」
一瞬にして目の前で繰り広げられた地獄のような光景に、ラフィニア達は戦慄し、呆気に取られているようだ。
無理もない。イングリスも流石にこれには驚いた。
このイルミナスの規模はカーラリアの王都カイラルに匹敵するほどだが、それが一斉に火の海だ。目を見張るほどの巨大な破壊行為である。
「「「な、何だと……!? こ、こんな事が……!?」」」
「「「お、俺達のイルミナスが……!?」」」
「「「ば、馬鹿な……!?」」」
中央研究所の天上人達も唖然としていた。
「ふふふっ……天上領をこんなにもメチャクチャに破壊しても構わないだなんて、中々いい任務よね? 自分達だけ安全な空でのうのうと暮らしている連中の顔に、思い切り泥を塗ってやれるんですものね?」
ティファニエは実に嬉しそうな、恍惚とした笑顔を浮かべている。
「あなた達も笑ってもいいのよ? 偉そうな天上人達が右往左往するのはほら、痛快でしょう?」
「だ、誰が……! こんなの見て喜ぶなんて、出来るわけないでしょ!」
「ええ……! こんな酷い事、見過ごしてはおけないわ……!」
「どうして……! どうしてこんな恐ろしい事をなさいますの……!?」
リーゼロッテがシャルロッテに訴えかける。
「……わたくしは、大戦将……! 教主様のために為すべきを為す。それだけです……!」
「ですが……! こんな無差別攻撃……!」
「シャルロッテさん。あなたは三大公派と教主連合の直接戦争などないと仰っていましたが、この光景はまさに戦火……こんな事をして戦争にならないとでも?」
「それをわたくし達が行えば……そうなるでしょう」
「あくまでこちらは少々手を貸しただけ……ですのでね?」
「え……? それはつまり――?」
「まあ、あまり気に病む事でもないのではないですか?」
その割り込んできた声は、よく通る低い男性の声だ。
片眼鏡をした、背の高い銀色の髪の青年である。
「ユーバーさん……!?」
「も、もしかして……!」
「あの方も、敵に協力を……!?」
ラフィニア達がユーバーの登場に驚いている。
「ユーバーさん。やはりあなたが協力されていたのですね」
「おや? お見通しでしたか?」
「いえ、状況証拠的に推測しただけです。こちらの天恵武姫のお二人がイルミナスに侵入するには、やはりあなたの船に潜んでいた線が一番濃いかなと」
「なるほど……ですが念のためお伝えしておきますが、船内でお話させて頂いた私の話に偽りはありませんよ? その上でお聞きしたいのですが……」
「何でしょう?」
イングリスがそう応じると、ユーバーはイングリスだけでなく、ラフィニアやレオーネやリーゼロッテにも視線を向けて問いかけて来る。
「あなた方にとって、敵とは何です? 自らの命を、尊厳を脅かす者ではないですか? 今私達を敵と仰いましたが、今このイルミナスの地で、本当にそれで良いのですか? 魔素流体のお話は、嘘偽りのない事実。彼等は無辜の住民の顔をしていますが、実態は最も恐ろしい天上領です。無くなってしまった方がいい……そうは思いませんか? 私はそう思いますが? 私も地上の人間ですからね」
「そ、それとこれとは……!」
ラフィニアの言った一言に、ユーバーの瞳が俄かに輝きと鋭さを増す。
「別などと言うのは、逃げに過ぎない……! ただ目の前に何が映るか、それだけの事に流されている……! ここを野放しにしておけば、確実に我々地上の同胞が人の意思も尊厳も、形すらなく命を奪われて行く……! それを止めたくはないのですか……!?」
「う……!」
「そ、それは……」
「それはそう、それはそうですが……」
ラフィニアもレオーネもリーゼロッテも、ユーバーの一喝に下を向いてしまう。
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