第427話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》36
「「リーゼロッテ!」」
バシッ!
だがその高速の投擲は、リーゼロッテの寸前でぴたりと止まる。
イングリスがリーゼロッテの前面に出て、斧槍を受け止めたのだ。
レオーネに言った通り、しっかり見ている。
霊素殻の状態を維持し、いつでも間に入れるように備えていた。
「イングリス……!」
「クリス! ナイス!」
「た、助かりましたわ。イングリスさん……!」
「ううん。わたし達がちゃんと見てるから、リーゼロッテは話せるだけ話してみたらいいよ? もし本当にお母さんなら、取り戻したいと思うのは当たり前だから。ラニもレオーネも同じだって」
「みんな……ありがとうございます!」
「その代わり無事に帰ってきたら、お母さんに騎士アカデミーの教官になるように勧めてね?」
「え? ええ……」
「こら、クリス! どさくさ紛れに自分の要求を押し通そうとしない……!」
しっかり聞かれていた。ラフィニアのお小言が飛ぶ。
イングリスはゴホンと咳払いをして、あちら側の乱入者に注意を向ける。
「せっかくの水入らずの時間ですし、無粋な事をされては困るのですが?」
リーゼロッテがシャルロッテと話すのは、イングリスにとっても、ひょっとしたら新たな教官を引き抜く絶好の機会かも知れないのだ。
これを邪魔するものは見過ごせない。
「この距離であれを受け止めるなんて……しかもこんな小さな子供が……?」
そう目を見開いているのは、淡い色の水色の長い髪を、可愛らしく結い上げた少女だ。
清楚さを感じさせる顔立ちと、やや体の線が見えやすい服装に浮き上がる、女性らしい
成熟した肢体。
可憐さと妖艶さとを両方兼ね備えた、恐ろしい位に魅力的な女性だ。
身に纏う気配は、独特の存在感と迫力のある天恵武姫のそれ。
そしてその顔には、見覚えがある。
「あなたは……! ティファニエさん……!?」
天上領の教主連合側の天恵武姫だ。
イングリス達がアルカードに遠征している時に、リックレアの街の周辺地域を荒らし回っていた。
大戦将のイーベルの配下にあったようで、アルカードでの作戦を引き継いで行動していたという話だったはずだ。
イーベルはカーラリアの王宮では戯れにカーリアス国王の腕を切り落とすような、残虐な性格だが、ティファニエ自身もそれに輪をかけたような性格である。
彼女が荒らした、リックレアの街の周辺はひどいものだった。
それに、ティファニエはラフィニアに攻撃し命を狙おうとした。
イーベルはラフィニアには攻撃をしようとしなかったため、その点で言えばティファニエのほうが圧倒的に罪深い。
その事は、イングリスとしてはまだ許していなし、今後もずっと許さない。絶対にだ。
「あなた、私の事を……?」
「ええ、それはもう。今は事情があって子供の姿ですが、イングリス・ユークスです。お久しぶりです、ごきげんよう」
イングリスはたおやかに微笑んで、丁寧に一礼した。
「……! なるほど、ごきげんよう。相変わらず訳の分からない子ね」
あちらもたおやかに、微笑み返して来る。
一度は戦って敗れた相手に、何事も無かったかのようなこの態度。
肚の底が見えず、なかなか油断のならない相手だ。
「そちらは、お元気そうで何よりです」
イングリスとの戦いで負った傷も、見た所完全に治っていそうである。
そしてリーゼロッテの隙を突いて斧槍をいきなり投げつける今の行動を見ても、正々堂々という性格でないのは明らか。
見た目は誰よりも可憐で清らかそうなのに、中身はそれを裏切ってくる。
「ですが挨拶も無くいきなり攻撃するのは、どうかと思いますが?」
それでは、せっかくの戦いが楽しめずに終わってしまうかも知れない。
不意打ちや闇討ちの類は、相手の力を出させずに戦いを終わらせてしまう危険な行為。
そんな楽をして勝っても、自らの成長の機会を奪うだけである。
「そうよそうよ、相変わらず可愛いだけで性格悪いわね!」
「ふふっ……何もできない子犬が喚いても、キャンキャン五月蠅いだけね?」
ラフィニアとティファニエは、性格的にあまり相性がよろしくない。
正義感が強く性善説でものを考えるラフィニアと、目的のために手段を択ばないティファニエは、お互い癇に障る相手らしい。
「何を……!」
「違うのかしら? あなたはこの子がいなければ何もできない虎の威を借る狐。悔しければ一人で私と向き合ってみなさいね? うふふっ」
とても可憐な、花のような笑顔がラフィニアを挑発する。
「借りてないもん! クリスのものはあたしのもので、あたしのものはクリスのものなだけだし! ずっと一緒なんだから、それでいいの!」
「ラニの言う通りです。ご批判には当たりませんよ」
「クリスの言う通りよ! べーっだ!」
子供のように舌を出すラフィニア。
本人は真剣に怒りを露にしているのかも知れないが、その仕草だとちょっと可愛く見えてしまうかも知れない。
そしてティファニエに対して文句があるのは、ラフィニアだけではないらしい。
「何をしている……!? どういうつもりです……!?」
シャルロッテがティファニエを睨みつける。
同時にイングリスが握っていたはずのシャルロッテの斧槍が消失し、あちらの手の内に再出現した。
空間を跳んで、引き寄せたという事か。
本当にシャルロッテは色々な種類の力を使う。
許されるならこのまま持って帰りたかったが、残念である。
「それはこちらの台詞では? 私は敵を前に手を拱いているあなたを、助けて差し上げただけですが?」
シャルロッテに対し、ティファニエはとぼけるように小首を傾げる。
「要らぬ世話です。地上に放り捨てられるような失敗作の助けなど……!」
「それは失礼いたしました。では完全なあなたの力で、お早くその娘達を始末なさってはどうです? 私達は遊びに来たわけではないでしょう?」
「……ですが、この者を討つことが任務でもありません」
「おや? 自分と似た顔の娘は殺せない、と? 何故です?」
「それが分かれば苦労など……何故この娘と、わたくしは……」
苦虫を噛み潰したような顔をするシャルロッテに、ティファニエはこれ見よがしに嘆息する。
「自分自身の事も分からないだなんて、それで教主様にとって信頼に足る手駒なのでしょうか? どちらが成功で失敗なのやら……ね?」
どう見ても、シャルロッテとティファニエの仲は良好のようには見えない。
天恵武姫の同時展開は中々夢のある陣容だが、エリスとリップルのような無二の親友という関係でなくとも、もう少し仲良くして頂かないと心配だ。
何が心配かと言うと、無論戦闘時の連携が、である。
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