第426話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》35
「は、母はわたくしが物心つくかどうかの頃に亡くなったと……! そう聞かされておりましたが、ですが……! まさか天上領に連れ去られて、天恵武姫に……!?」
「あり得なくもない……のかな……!?」
リーゼロッテを産んで、物心つく前に生き別れたのなら、このくらいの外見年齢であっても頷けなくもない。
エリスやリップルと同じか、少し上くらいの印象だ。
明らかに他の天恵武姫より一段上の実力は、天恵武姫化への適性の高さがそうさせるものなのかも知れない。
ヴィルキン第一博士の見立てでは、リーゼロッテも極端に適性が高いという事だった。
そこには共通点――血筋、血縁。そう言ったものを感じる。
エリスは天恵武姫化に気の遠くなるほどの長い年月がかかったようだが、リーゼロッテは下手すれば半日とまで言われていたのだ。
リーゼロッテを産んだシャルロッテが数年後に天恵武姫化され、余りの性能の高さゆえに地上に下賜されず、大戦将として天上領に留め置かれている、という事だろうか。
本人やアールシア元宰相の話を聞いてみない事には、はっきりと断定はできないが。
「何を言っているのですか、お前達は……!?」
シャルロッテのほうはリーゼロッテのような反応は見せず、どちらかと言うと不快そうに眉を顰めると言う様子だった。
「あの……! 家名は何と申されますの!? アールシア……! シャルロッテ・アールシアではございませんの!?」
「アールシア……!? そのような名など、知りません……!」
「ではあなたはどちらの御出身で、家名は何と仰いますの!? 天恵武姫と言えども元は人間、親もあれば故郷もあるはずですわ! ご家族はおられませんの……!?」
「知りません……! わたくしは大戦将……! お前など!」
「ですが……! ほら見て下さい、このわたくしとあなたの顔立ちを……! とても他人の空にでは片づけれないくらいに、よく似ていると思われませんか……!?」
リーゼロッテはイングリスの近くに降り立つと、斧槍の穂先をシャルロッテに向けぬよう下に向け、ゆっくりとそちらに近づいて行く。
「あなたが何もお話になりたくないと言うのであれば、わたくしが話しますわ……! ですから、わたくしの話を聞いて下さい……!」
「……確かに、おまえはわたくしに似過ぎている……とても偶然とは思えないくらいに」
近づいてくるリーゼロッテに、シャルロッテはすぐに攻撃を仕掛けようという気配ではなかった。
流石にシャルロッテから見ても、リーゼロッテの存在は他人のよう思えないのだろう。
「だ、大丈夫かしら……? あんなに無防備に近づいて……」
と心配するレオーネの言う事ももっともではある。
「……わたし達がしっかり見てあげて、大丈夫なようにするんだよ? もし本当にリーゼロッテのお母さんだったとしたら、止められないしね?」
イングリスだって母セレーナが同じような状況になれば、今のリーゼロッテと同じことをするだろう。当然のことである。
そしてそれが当然のことであるように、力を貸すのは吝かではない。
ラフィニアもきっとそうしろと言うはずだ。
ばしっ!
背中をちょっと痛いくらいに叩かれる。
「その通り……! たまにはいい事言うわよ、クリス!」
ちょうどラフィニアも星のお姫様号から降りて来ていた。
「あはは……ちょっと痛いよ、ラニ。さっきからずっとちゃんとしてたと思うけど?」
イルミナスの裏の顔を知り元気がなかった所を、話を聞いて慰めてあげたのだが?
「でもそうね、イングリスの言う通りだわ。今までいっぱい助けて貰ったもの……! 今度は私達がリーゼロッテを……!」
「うん、そうそう! きっとリーゼロッテのお母さんよ……! 絶対取り戻させてあげなきゃ……!」
「そしたらお母さんも、騎士アカデミーの教官になってくれると嬉しいよね?」
「強い人を何でもかんでもアカデミーの教官にしようとするの、止めなさいよね! すっかりロシュフォール先生とアルル先生で味を占めちゃったんだから……!」
様子を見守るイングリス達の前で、リーゼロッテはシャルロッテに語り掛ける。
「わたくしは、リーゼロッテ・アールシア。カーラリア王国のアールシア公爵家の一人娘です。カーラリア王国はご存知でしょうか?」
「……地上にある比較的大きな国だ。三大公派に取り込まれた哀れな国でもある」
教主連合としてはカーラリアをそう捉えているという事だろうか。
あくまでシャルロッテ個人の認識かも知れないが。
「カーラリアの西の海岸に、シアロトと言う大きな街がありますの。白の海岸と呼ばれるとても美しい砂浜が有名な観光地ですわ。アールシア公爵家はそのシアロトを中心に、多くの領地を抱えております。わたくしもシアロトの街の出身ですわ」
「シアロト……」
「ええ! ひょっとしてご存知ですか……!?」
「地上の街の事など、大戦将が知るはずがない……! 話はそれだけですか……!?」
「いいえ、その……! 父の名はアルバート。アルバート・アールシアですわ。実は父のほうが入り婿でして、先代アールシア公爵の娘であった母と結婚して、アールシア公爵家をお継ぎになったのですわ」
と、リーゼロッテは少々早口になって言う。
「へえ……そうなんだ」
「知らなかったわね」
それはむしろこちらも知らなかった。
確かにイングリス達も顔を合わせたアールシア元宰相の印象は、貴族と言うよりも優秀な役人のような雰囲気だったように思う。
「それがどうしたと言うのです……!?」
「それでその、わたくしの母もシアロトの出身で……そのお母様名前が、シャルロッテ――ですの。わたくしが物心つくかつかないかの頃に亡くなったと聞いておりますけれども、もし生きておられたとしたら、恐らく見た目はあなたと同じくらいのお歳かと……アルバートやリーゼロッテの名に、聞き覚えは御座いませんか……!?」
「知りません……! 知りませんが……不思議と――何か……う、うう……!?」
シャルロッテは頭を押さえて少しふらついていた。
その拍子に手から斧槍が滑り落ち、地面に落ちる。
「あ……! だ、大丈夫ですか……?」
リーゼロッテが手を差し伸べようとした時――
横から割り込んだ別の人間の手が斧槍を拾い上げ、正面のリーゼロッテに向けて投げつけた。
「……っ!?」
戦うつもりの無かったリーゼロッテは、完全に虚を突かれていた。
胸元に向け、吸い込まれるようにシャルロッテの黄金の斧槍が突き進む。
その勢いは、並のものではない。
明らかに人間離れした腕力で投げつけられた高速だ。
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