第422話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》31
「……!?」
無論、イングリスが立てた音ではない。
「えええぇぇっ!? な、何……!?」
ラフィニアも吃驚して飛び上がっている。
「ラニ……! あれを見て! 中央研究所が……!」
火の手が上がり、煙が噴き出しているのだ。
「な、何あれ……!? 攻撃されてるの……!?」
「分からない、事故かもしれないけど……」
ドガアアァン! ドガアアァン! ドガアアアアァァンッ!
さらに複数連続で続く爆発。
「ラニ、今の見えた!?」
「うん……! 外から光が奔った! あれは誰かの攻撃ね……!」
「誰かな!? こんな所に殴り込んでくるんだからきっと腕自慢だよね! 楽しみだね!」
「楽しみじゃないの! 大変なの!」
顔を輝かせるイングリスを、ラフィニアが即座に窘める。
「とにかくすぐ行こうよ!」
「うん!」
二人は急いで星のお姫様号に乗り込む。
現場の様子が詳しく視認できる距離になると、既に交戦が始まっていた。
中央研究所内部から飛び出して来た天上人達が、襲撃者に向けて魔術で応戦していたのだ。
「こんな事をするなんて、何者だっ!?」
「今は考えている場合じゃない、とにかく迎撃しろ! すぐに騎士達も駆けつける!」
「「「よ、よし! 分かった!」」」
ヴィルマやほかの騎士の姿はまだないようだが、天上人自体が素で魔術を扱う事の出来る存在である。
一斉に発動させた魔術が閃光や炎や氷の矢となり、襲撃者に襲い掛かっていた。
「うわ……! 凄い……っ!?」
ラフィニアが目を丸くするように、天上人達の魔術の威力はかなりのものだった。
恐らく一人一人の魔術の威力が、地上側で言うならば上級魔印武具の奇蹟並みの威力である。
しかも奇蹟と違い、天上人達は一人で複数種類の魔術を操るはず。
この中央研究所内にいる天上人達が特に選りすぐりなのだとしても、これだけの上級騎士に匹敵する非戦闘員がいるとなれば、それだけで戦力的にかなりのものだろう。ここでも地上との差を感じざるを得ない。
「おおぉ~。中々受け応えがありそうな攻撃だね、いいなぁ……!」
あれを受けて竜氷の鎧の強度を実験したいものだ。
「もう、どっちの味方よ!?」
「できれば、両方共と戦いたいなぁ……!」
「おかしなことしないでよ、クリス!」
「うん、ラニがそうしろって言うなら。それに、あっちの方だけでも楽しそうだし、ね」
そのあっちの方、魔術の雨霰に撃たれて姿の見えない襲撃者の気配は、まだ健在だ。
この天上人達の迎撃は、言わば数十単位のラフィニアやレオーネやリーゼロッテ達が、一斉に攻撃を加えたようなもの。
いや、レオーネだけは特級印になったのだから、除外した方がいいかも知れないが。
とにかくそれだけの威力を持つものだ。
それを受けても凌ぐのだから、それ以上の実力の力であることは間違いない。
即ち、戦うのが楽しみだという事だ。
「「「こ、これだけ撃てば!」」」
「「「や、やったか……!?」」」
天上人達が手を止め、襲撃者の様子を窺う。
濛々と相手の姿を覆い隠す煙が立ち込める中――
ドガガガガガガガガガガガッ!
地を這う巨大な衝撃波が、煙の中から撃ち返される。
「「「なっ……!? 効いてない!?」」」
「「「ぼ、防御結界だ! 急げえぇぇっ!」」」
「「「うわああああああぁぁぁぁっ!?」」」
それは、迎撃に出た天上人達全てを飲み込んでしまいそうな巨大な威力である。受ければ無事には済まず、何人もの犠牲が出ただろう。
しかしその衝撃波の目の前に飛び込む、小さな人影がある。
「お邪魔致します!」
無論、イングリスだった。
こんな強そうな攻撃、見逃してはおけない。
竜氷の鎧の強度を実験するまたとない好機である。
「「「……!? 君は!?」」」
「「「あんな子供が……! 危ないぞ、下がって!」」」
悲鳴のような声が後ろから上がるが、イングリスはにっこり微笑んで振り返る。
「御心配には及びません。見ていて下さい――!」
小さな手を大きく広げ、迫って来る衝撃波に立ち塞がる。
避けたり捌いたりせず、真っ向から受け止めるのだ。
それが、竜氷の鎧の強度を測る事になる。
霊素殻の負荷にある程度耐える事は分かったが、純粋な防具としての被弾性能はまだ試せていないのだ。
竜氷の鎧と衝撃波がぶつかり合って、巨大な衝撃音と竜巻のような上昇気流を発する。
「「「うわ……!? あの子、まともに当たって……!?」」」
「「「だ、だが衝撃波も止まってる……!?」」」
目の前の光景に、天上人達が目を見開く。
「ふふふふっ……! いい攻撃です! 油断するとあっという間に吹き飛ばされてしまいそうですね……!」
グッと踏み締めた小さな足が、それでも少しずつ後ろに押されてしまうのだ。
これはかなりの威力。申し分のない実験相手である。
「「「わ、笑ってるぞ、あの子……!?」」」
「「「ど、どういうつもりであの状況で笑っていられるんだ……!?」」」
天上人達の驚きが戦慄に変わって行った頃、丁度イングリスと衝撃波の鬩ぎ合いも止まる。
衝撃波が食い止められた代わりに、竜氷の鎧もバラバラと崩れ落ちた。
結果としては痛み分けと言った所か。
だがあれだけの攻撃を受けられるのだから、被弾性能も中々のものだ。
「うん。防具としてもなかなか頑丈だなあ。合格点、かな?」
とりあえず、鎧の実験としては満足行った。
後は純粋な強敵との手合わせとして、満足行くものを期待したい所だ。
「ではどなたか存じませんが、わたしがお相手させて頂きます!」
イングリスはまだ余波で姿の半分隠れた相手に向けて、呼び掛ける。
「……立ち塞がると言うならば」
煙が晴れる。
相手の姿が露になると、イングリスは自分の言葉の間違いに気づいた。
どなたか存じませんが――そう言ったのは誤りだった。
そこにいたのは、輝くような長い金髪で、すらりとした肢体の美しい女性だった。
「え……!? リ、リーゼロッテ……!?」
「う、嘘……!? リーゼロッテ! な、何してるのよ!? そ、そんな事しちゃダメじゃない!」
イングリスの見間違いではない。
星のお姫様号で上にいるラフィニアも、吃驚仰天して声が裏返っている。
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