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第421話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》30

「それじゃ立場が変わるだけで、何にも……」


 もし血鉄鎖旅団の手によって天上領(ハイランド)魔印武具(アーティファクト)の製造技術が地上に普及すれば、技術的優位を失った天上人(ハイランダー)達は、虹の雨(プリズムフロウ)の降る地上では生きて行けない、虚弱なだけの種族になってしまうだろう。


 地上の物資が得られず、多くの者が飢えたりして今と同じ状態ではいられない。

 結果、かなり数を減らすか、将来的には絶滅するか。

 いずれにせよ、ラフィニアはそれを望んではいないようだ。


「あああぁぁ~~! 分かんなくなって来た……! 何をどうすればいいのよ、あたし達は……! 何か変えようとしたら、きっとただじゃ済まなくて……! じゃあ今のままでいいかって言われたら、それも絶対違うし……!」


 ラフィニアが自分の頭をくしゃくしゃと掻きむしる。


「色々知っちゃったね? ラニ」


 イングリスは乱れたラフィニアの頭をそっと撫でて、元のように整えていく。


「現実は複雑だから……ね? 難しくてもしょうがないよ?」


 現実はただ何の意味も無くそこにあるのではなくて、必然性があってそこにあるもの。

 だがあまりに様々な過程や要因があり、それを把握するだけでも容易ではない。


 そして現実を把握したつもりでも、その認識が隣の人間と異なる事もある。


 天上人(ハイランダー)が、地上の人間を食い物にしている。

 それは、小を捨てて大を取るためには止むを得ぬ犠牲だと考える事も出来る。

 許しがたい暴挙であり、天上人(ハイランダー)を討つべきと考える事も出来る。

 あるいは別の方法もあるかも知れない。


 イングリスとしては、この時代の事はこの時代の人々が決めれば良いという感想しかないが。

 冷たい事を言えば、この時代の人々がどんな結論を以てどんな世を作ろうとも、それもいつかは失われるだろう。


 時の流れというものは残酷であり、この世界に永遠や不変は無いのである。

 現に前世のイングリス王が築き上げたシルヴェール王国は、影も形も無いのだから。


 となれば何をしても無駄――と言うつもりもない。

 ラフィニアが自分が満足行くように生きて行くために必要だと思う事があれば、何でもすればいい。

 イングリスはそれを見守って、寄り添いながら生きて行く。

 願わくば、そこに可能な限り強大な敵が可能な限り大勢いればよい。


「何もしなくていいなんて思わないのよ? でも何をしたらいいか、良く分かんない」

「焦らなくてもいいんだよ? 知ってるか知ってないかだけでも、全然違うし……ね? きっとセオドア特使も、わたし達に事実を知って欲しかったんじゃないかな? だからエリスさんの付き添いにって」


 知られたくないのならば、エリスだけを送り出せばよかったのだ。

 リンちゃんのことはあるにせよ、必ずしもイングリス達が行かなければならないわけではない。

 知って欲しいか、あるいは最低でも知られても構わないと思っていたはずだ。


「……セオドア特使はみんな知ってたって事?」

「うん。技公様の息子さんだし……もしかしたらセオドア特使が次の技公様になるかも知れないでしょ? そんな人が知らないはずないよ、きっと」

「次の技公様……って事はセオドア特使がイルミナスと一つになっちゃうって事!?」

「将来的にはそうなのかも知れないね。セオドア特使がそうしたいのかどうかは分からないけど……ね? 戻ってよく話を聞いてみるのもいいんじゃないかな?」

「うん……あ! でもじゃあ、リンちゃんも……いやセイリーン様も最初から全部知ってたって事よね、多分……!」


 ラフィニアはイングリスの頭に乗っていたリンちゃんをじっと見つめる。


「そうかも、ね……セイリーン様も技公様の娘さんだし、セオドア特使の妹さんだし」

「そっか……あの時のあたし達にそんな事言っても上手く伝わらないだろうし……言いたくても言えなかったわよね、きっと」


 ラフィニアはリンちゃんの小さな頭をよしよしと撫でる。

 気性の荒いリンちゃんはこういう事をすると嫌がって噛みついたりするのだが、今は大人しく受け入れていた。


「うん、そうだねラニ」

「……セイリーン様も何かを変えたくて、必死だったのかな……?」

「多分……ね。セイリーン様が本気だったのは、わたしも見てて思ったよ?」


 最終的に何をどうしたいのかは、見えなかったが。

 ただ天上人(ハイランダー)にも関わらず、地上の人々のことを本気で考えていたのは間違いない。

 足元がおぼつかない印象はありながらも、確かな心の清らかさ、善性。


 そう言った面では、ラフィニアに似ている所はあるだろう。

 だからだろうか。僅かな時間ではあったが、二人はとても意気投合していたと思う。


「……もう一回。今のあたし達で、セイリーン様とお話してみたいな……ねえ、リンちゃん?」


 ラフィニアは少し潤んだ瞳を細めて、リンちゃんに頬ずりする。

 リンちゃんも噛みつかずに、ラフィニアに寄り添うようにしていた。

 何となく今のラフィニアの気持ちが通じているのかも知れない。


「……よし決めた!」

「ん。どうするの、ラニ?」

「やっぱり、リンちゃんを見て貰うまでもう少しイルミナスにいるわ! 早くセイリーン様とまた話してみたいのよ、あたし……!」

「うん、分かった。じゃあもっとお魚一杯取らないとね?」

「そうね……! ってあ~でもそこは飽きるわよね。普通のお肉が食べたいわよ。せめてお野菜とか!」

「うーんでもここ海の真ん中だし……? ああ、海藻くらいだったら獲れるかも?」

「よーしワカメワカメ! ワカメ獲って来て、クリス!」

「えぇ? わたしだけ行くの?」

「だってクリスは海の上走って探せるでしょ?」

「ラニだって星のお姫様(スター・プリンセス)号で低空飛行すれば……」

「やだー! あたしは色々考え事して疲れちゃったし、リンちゃんと待ってるから行って来て、クリス!」

「もう……はいはい、分かった。ちょっと行って来るね?」


 まあ、そんなワガママを言えるくらい元気にはなって来たという事だろう。

 イングリスはラフィニアの膝の上から立ち上がると、竜魔術を発動させるべく魔素(マナ)竜理力(ドラゴン・ロア)を同時に練り上げる。


「よし……っと!」


 竜氷の鎧を発動させ、ぴょんと水面に飛び降りる。

 ピキンと凍り付いた氷が、イングリスの軽い体重を支える。


「うーんでも暗いから、あんまり見えないなあ……」

「大丈夫よ、クリスが光ればいいじゃない!」

「ああ。それもそうだね」


 霊素殻(エーテルシェル)の輝きを纏えば、漁が出来るくらいには水面を照らしてくれるだろう。

 神の力たる霊素(エーテル)は、どう考えても夜中にワカメを探すための明りに使われるためのものではない。

 が、ラフィニアのためならばそれも許されるのである。


「じゃあ……はああぁっ!」


 その瞬間――


 ドガアアアアアアアアアアアァァァァンッ!


 静まり返った夜の空気に、巨大な轟音が轟いた。

ここまで読んで下さりありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱりクリスさんとラニさんの関係はとても尊いです〜 確かにラニさんが物凄く優しいお人好しですけど、これは普通にこの世界観が八方塞りほどにダークですね…
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