第420話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》29
そして、二日後の深夜――
イングリスとラフィニアは二人で、海遊びをした海岸に来ていた。
レオーネとリーゼロッテは既に眠りについているはずだ。
何をしているかと言えば、夜食である。
小腹が空いたので魚を捕って食べているのだ。
星と夜の海を眺めながら食べる焼き魚もまた、いいものである。
「……あーあ。ちょっと飽きて来ちゃったわね~」
とラフィニアは言うものの、既に何匹分もの魚が骨になっている。
「ここ最近、これしか食べてないからね」
「だってあんな事聞かされたら、ここで出されるご飯なんて食べられないし……」
基本的に食事はいつでも出して貰えるのだが、それをする気になれず、四人ともここの所の主食は海で獲れる魚である。
ある意味、海が近くて助かった。やはり最後は自然の恵み、である。
「一旦、カーラリアに帰る?」
まだイルミナスの復旧は終わっておらず、リンちゃんを本格的に見て貰う事は出来ていないが。
「どうしよ。リンちゃんはまだ見て貰ってないけど……」
ラフィニアは横に座ったイングリスをひょいと抱き上げて、自分の膝に入れる。
「でも、イルミナスが空から落ちてるなんてセオドア特使も想定してなかっただろうし、別に怒られないと思うよ?」
「うん。そうよね……マイスくんにまた会った時、何て言ったらいいか分からないし」
と、ラフィニアは縫いぐるみを抱くように、イングリスをぎゅっと抱きしめる。
色々と不安な気持ちを和らげるためだろう。
「そうだね。ちょっと言いにくいね」
イルミナスは地上の人間を奴隷として使う事を悪い事だと位置づけ、友好的に接しているという事になっている。
だがマイスや一般の住民が知らない裏で、目に見えない形で地上の人間を集めては魔素流体と化し、都市の制御中枢そのものとなった技公を中心とした、凄まじく進んだ都市を作っている。
その事をマイスに言ったとして、マイスは信じてくれるだろうか?
いや信じてくれたとしても、彼の価値観を大きく揺さぶる事になってしまいかねない。
それはあの天上人にとって、不幸な事ではないだろうか。
それを考えると、なかなか素直に事実を告げると言うのは難しいかも知れない。
そもそも、こちらとてユーバーの話を聞いただけだ。
魔素流体の製造現場を押さえたわけではなし、ヴィルマやヴィルキン第一博士に確認を取ったわけでもない。
だが、そこは迂闊に踏み込めない。
もしそれをこちらから口に出した時、あちらがどういう反応になるのか?
こちらはエリスの身柄を預けている状態なのだ。下手は打てないだろう。
「地上と天上領に、対等な関係なんてあり得ない……か」
「ユーバーさんが言ってたね」
「リンちゃん……ううんセイリーン様やセオドア特使を見てると、そんな事ないって思ってたんだけど……でも、リンちゃん達の生まれたイルミナスがこうだし……ユーバーさんが言う通りなのかな?」
「あれはあれで、個人の意見だから。ラニはラニなりに考えればいいんだよ? まあ、一番楽なのは何も考えない事だけど、ね?」
「……それはヤダ。なんかそれは違う……って言うか、あたしがちゃんと考えないとクリスが何するか分かんないし」
「そうだね。わたしはラニの従騎士だから。ラニの言う通りにするのが仕事だし?」
「……全く反省してないわね~」
「うん。わたしはラニと一緒にいて、強い敵と手合わせできれば満足だから」
そこに善悪の判断や主義や思想はないのである。
「ほんと、クリスはいつも変わんないわよね。人生ってもうちょっと悩みが多いものだと思うんだけどなぁ……ちょっとくらい神妙な顔したり傷ついたりしてみなさいよね」
うにうにとほっぺたを手で挟まれる。
「ひょふひょほほ……(はははは……)」
「あたし達ってさ、結構頑張ってきたと思うのよ。ユミルではいっぱい魔石獣を倒して来たし、王都に落ちてくる飛空戦艦を止めたり、リップルさんを助けたり、国王陛下の暗殺を止めて、アルカードにも行って、虹の王だって倒したじゃない?」
「うにゅ、ひょうらねりゃにゅ(うん、そうだねラニ)」
「でも結局、あたし達は頑張ったつもりでも……何も変わってないのかなぁ……?」
ラフィニアは細い声でそう言って、星空を見上げる。
「虹の雨は降るままだし、あたし達は魔石獣から身を守って生きて行くために魔印武具が必要でしょ? でもそのためには地上の食べ物とか、人の命の代償が必要で……三大公派の人達でも教主連合の人達でも、どちらでも地上の人間を奴隷にしたり魔素流体にするのは一緒で、じゃあ魔石獣に殺されるのも天上領で殺されるのも一緒かも知れなくて……もしカーラリアだけは天上領に人を売るのを禁止しても、ヴェネフィクではそういう事は普通みたいだし……ユーバーさんみたいに、地上のほうから納得して人を天上領に売るような人がいる限り、何も変わらなくて……」
ラフィニアの手がイングリスの頬から離れて、またぎゅっと抱きしめられた。
気持ちが昂っているのだろうか、声と体の震えが伝わって来る。
「……もし、地上の全ての国と人が、地上の人を天上領に売るのを止めたとしても、それじゃ天上領の生活が成り立たないよね。という事は、天上領の方から人狩りを始めて、それを防ごうとしたら天上領と戦争だね?」
まあそれはそれで、イングリスとしては悪くは無いのだが。
「うん。そんな事しても結局、沢山人が亡くなって、魔印武具も手に入らなくなって困るだけよ……それにもし勝って魔印武具の技術とかを全部奪えたとしても、それはマイスくんたちが犠牲になるって事だし……」
「血鉄鎖旅団がやろうとしてる事って、そう言う事だよね?」
反天上領、反天上人の活動とは、そう言う事である。
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