第417話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》26
「ほう……小さいのに聡明なお嬢さんだ。その通りですよ、ヴェネフィクの皇家はじめお国の方々とは、いい商売をさせて貰っていますよ。あ、もっとお菓子を食べますか?」
ユーバーはイングリスに感心したように何度も頷き、お菓子の追加を勧めて来る。
「いただきます!」
せっかくなのでありがたく頂戴しておく。
「となれば、皇女様の他にいらっしゃった方々は、彼女に付き従う派閥の方々ですね? 一言で言えば政治犯という所でしょうか。国内での有力者も多いでしょうから、天上領に身柄を売り飛ばしてしまうと言うのは、下手に処刑を行って反発を受けたり、幽閉なり拘束なりをして逆襲の可能性を残すよりも賢い方法かも知れませんね?」
「ええ、引き換えに国と民を守るべき魔印武具も手に入りますし、ただ処刑するより余程有益です。彼等はヴェネフィクのお国のために殉じたとも言えるでしょう。立派な事です。我々も利益を折半して頂けますので、ね」
「……という事は、ここに来た彼等の命は失われてしまう、という事ですね?」
イングリスはにっこり笑ってそう切り返した。
つまり助けるならば急がねばならない、という事だ。
皇女メルティナは天恵武姫化のために連れていかれたようで、すぐに処刑されるような事はないだろうし、最悪天恵武姫として生き永らえられるかも知れない。
しかし他の者達はどうなのか? それは全く分からない。
「おやおや、喋り過ぎてしまいましたか?」
穏やかに苦笑をするユーバー。
がたん! とラフィニアが勢いよく立ち上がる。
「その人達はどこですか……!? 早く行って助けてあげないと、間に合わなくなっちゃう……!」
「…………」
その様子を、ユーバーは穏やかに見つめている。
だが答えはない。
「何とか言って下さい! 教えられないって言うなら、力づくでも……!」
「その前に伺いたいのですが、それはあなた方にとって本当に必要な事ですか?」
ユーバーの片眼鏡が、きらりと鋭く輝いたような気がする。
「どういう事ですか……!?」
「あなた方は、カーラリアの国の方々でしょう? 彼女らはヴェネフィクの政治犯ですが?」
「敵国の人だからって助けないなんてなったら、ずっと敵同士のままじゃないですか! そんなのあたしは嫌です! 助けられる人は助けなきゃ!」
「……むしろそうしてしまった方が、敵同士である現状が長く続くとしても、ですか? よく考えて下さい、彼女らは政治犯ですよ?」
「…………!?」
ラフィニアは真剣な顔で押し黙りながら、ちらりとイングリスの方を見る。
「皇女様がどういう思想を持ってるか分からないって事だよ? 政治犯って言うからには意見の対立があって、例えばそれが、封魔騎士団の活動に賛同してカーラリアと和平するかどうかみたいな対立で、皇女様達が強硬な反対派だったら……? 下手に助けると和平出来なくなるどころか全面戦争になるかも……って事」
「本当に聡明なお嬢さんだ。私が言いたかったのはまさにその通りです、そこまでのリスクを負って行う人助けなのですか? それは?」
「…………」
ラフィニアがグッと唇を噛み締める。
「では、皇女様がどういうお考えの方か伺っても……?」
「それは邪道でしょう。どうかご勘弁を」
流石に拒否されてしまった。
こうなれば、イングリスが言う事は一つ。
「大丈夫だよ、ラニ。ラニはラニが正しいと思う事をすればいい。後はわたしが何とかするから、ね?」
ラフィニアの後ろから、一人だけに聞こえるようにそっと囁く。
それを聞いたラフィニアは、こくんと頷いてユーバーの微笑みへと立ち向かう。
「助けます! たとえ考えが違ったとしても、自分の事より人の事を心配できる人となら、きっと分かり合えると思うから! 世の中ってそういうものだって、信じたいし!」
凛とした表情で、ラフィニアはそう言い切った。
「くくっ。あなたはさぞかしお美しい世界にお住みのようですね。羨ましい事です。願わくば皆、あなたと同じ世界に住みたがると思いますよ? ですが……先程申し上げたリスクはどうなさいます? あなたのその清廉なる行動が、カーラリアの多くの人々を殺す事になるかも知れませんが……そうなったら、あなたはどうなさるのです? まさか知らぬふりをなさるとでも? 私は警告しましたよ?」
「そんな事しません! もしそうなったら……!」
言ってラフィニアは、イングリスを捕まえてひょいと抱き上げる。
「この子が悪い人達を全部叩き潰しますから!」
「吝かではありません」
また力こぶの仕草でもしておこうか。
全面戦争も、それはそれで望む所である。
つまりそれだけ戦ってよいという事なのだから。
「ははは……! なるほど、我々の船を投げ飛ばして受け止めたあの力であれば、あながち冗談にも聞こえませんね。それに虹の王を完全に撃破してみせたカーラリアとの全面戦争は、如何にもヴェネフィクにとって分が悪いものになるでしょう。商人としては、得意先が無くなってしまうのは歓迎致しかねますね」
「ヴェネフィクの国内では、そういう意見が大勢なのですか?」
それはそれで少々物足りないのだが。
主戦派には気兼ねなく攻めて来て頂いて、良い戦いの相手になって欲しいのだが。
一人で圧倒的な数を相手取る戦いというのも、それはそれで得るものが大きいだろう。
「さて……? 私はあくまで商人。上の方々のご意向は窺い知る事は出来ません。皇女殿下の件についても、詳細は知らされておりません。ただ、虹の王が追い払われたり封印されるではなく、早期に完全撃破されたというのは、ヴェネフィク国内にも衝撃が走っていましたよ。こちらとしてはカーラリアを滅ぼすとは行かずとも、半壊させる程の威力は期待していたようですから。それを確実なものにするために、王都へ特攻を仕掛けたロシュフォール将軍や天恵武姫も帰りませんでした」
ロシュフォールやアルルは、今や騎士アカデミーの教官である。
イングリスとしてはもう返すつもりはない。
あの二人は、今や無くてはならない大切な存在なのだ。
あれだけの実力者が、毎日放課後特別訓練に付き合って手合わせしてくれるのだ。
ありがたい事この上ない環境である。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
『面白かったor面白そう』
『応援してやろう』
『イングリスちゃん!』
などと思われた方は、ぜひ積極的にブックマークや下の評価欄(☆が並んでいる所)からの評価をお願い致します。
皆さんに少しずつ取って頂いた手間が、作者にとって、とても大きな励みになります!
ぜひよろしくお願いします!