第416話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》25
「勝手にお邪魔しまーす!」
先頭に立って橋を駆け上がり、船内に踏み込むラフィニア。
だがそれに応える声はない。あくまで声は、だが。
ジャキンッ!
船内に踏み込んだ直後の所、そこに歩哨が左右に一名ずつ立っていた。
手に持った長銃には、銃口の下に槍のような刃が取り付けられている。
確か銃剣という武器だ。
それを左右から交錯させるように×の字を作り、ラフィニアの道を塞いだのである。
言葉は何も発せず、無言で。
完全に顔まで隠れた全身鎧は、ヴィルマの率いていた天上領の兵だ。
監視役兼警備役として、こちらに回されたのだろう。
「あ、あの……! すいません、中に入れて貰えませんか!?」
ラフィニアの訴えにも、二人の兵士は無言で通せんぼをしたままだ。
「だめって事ですか……!? じゃあ教えて下さい、この中に無理やり連れて来られた人達はまだいるんですか……!?」
質問を変えるラフィニアだが、それにも天上領の兵士は無言だ。
「さっきヴィルマさんが連れて行った子が、ヴェネフィクの皇女だって言うのは本当ですか……!?」
「彼女をどうなさるおつもりなのです……!?」
それらの質問全てに、二人の兵士は無言である。
「何かちょっとくらい答えてくれてもいいじゃないですか……!? ねえねえ、ねえ!」
それでも無言。
怒鳴って追い返そうとしても全くおかしくないのに、そのあたりは紳士的と言えるかも知れない。
「ねえクリス、どうしよう……!?」
「うーん……」
殴って強行突破も勿論可能なのだが、その後の事を思えばあまり望ましくはない。
こちらはセオドア特使の命を受け、カーラリアの国としてやってきている立場である。
何かしでかせば、それはこのイルミナスとカーラリアの国の問題となりセオドア特使の立場も悪くなるだろう。
それに何より、今はエリスがグレイフリールの石棺に入って処置中だ。
裏を返せば、それはエリスを人質に取られている状態であるとも言える。
立場的にはこちらが弱いのは間違いない。
さてどうするか、と言った所である。
「運んで来た者達は、もうすでに引き渡してしまいましたよ? 天上人の騎士様が連れられた少女が、ヴェネフィクの皇女というのは本当です。皇女メルティナ様ですね。彼女は天恵武姫となる適性があるようで、連れられて行きました。名誉な事ですね?」
そう答えたのは、先程ヴィルマに挨拶していたアゼルスタン商会の代表、ユーバーだった。こちらの騒ぎを聞きつけたのか、兵士が封じる先の船内通路に姿を現していた。
温和で良く通る低い声が、ラフィニア達が投げかけていた質問に全て答えて見せた。
「あ、あなたはさっきの……!」
「ええ。彼等は命令に忠実で、恐れも疲れも知らない夢の兵士ですが、あまり融通は効きませんのでね。私が代わりにお答えを、と。船を助けて頂いたお礼もしていませんでしたし……知りたい事のお答えになりましたか?」
「あ、ありがとうございます……」
とお礼は言うものの、ラフィニアの顔から警戒の色は消えない。
このユーバーの率いるアゼルスタン商会が人身売買のように人を運んで来たのだから、それは当然だろう。
イングリスとしては、下手に仲良くなられるより余程いい。
「でもじゃあ、皇女様以外の人達はどこに……!? あの人言ってました、私と一緒に連れて来られた人たちを助けて欲しいって。きっといい人なんだと思います……! そんな人を売り渡すなんてひどい! どうしてそんな事……!」
「まあまあ、落ち着いて。私共はお助け頂いたあなた方と事を荒立てるつもりは御座いませんし、可能であれば今後とも良いお付き合いをさせて頂ければと思います」
「そう思うなら、あたしの質問に答えて下さい!」
「ええ勿論。ですがここで立ち話も何ですから、中にお入り頂いてお茶菓子などいかがでしょうか? 皆様、こちらお客人ですのでお通し頂きたく」
ユーバーがそう呼び掛けると、二人の兵士は道を開けてくれた。
流石に船の所有者の言う事くらいは、多少聞いてくれるようだ。
そして船内に通され、大きめの応接室のようなところでお茶を出して貰った。
中々いい香りの、上等なお茶だ。上品な味がする。
一緒に付いて来たお茶菓子のクッキーも美味しい。
「これ美味しいね? ラニ」
「うん……美味しい……」
と言いつつも、ラフィニアは仏頂面に近いような緊張状態だ。
美味しいものに遭遇した時の、いつもの輝くような笑顔がない。
状況が状況だけに、仕方がないだろうが。
「失礼ながらアゼルスタン商会という名は、カーラリアではあまり耳にしたことが無いのですが、主にどちらで商売をなさっているのですか?」
「私共は主にヴェネフィクやその南東部の友好国の方で商売をしておりますよ。カーラリアにはあまり近づきませんので、ご存じないのも致し方ないでしょうね」
小さな六歳の姿のイングリスにも、ユーバーは非常に丁寧に答えて来る。
「ヴェネフィクの国から請け負う商売も多いから、カーラリアまで手を広げると今ある仕事を失ってしまいかねない……という事でしょうか? 確かにヴェネフィクとカーラリアの関係は悪化していますから、下手に手を出すと内通を疑われてしまいますね」
「ふむ……? どうしてそう思われるのです?」
「皇女を奪って天上領に差し出しに来るなんて、一介の商人が望むような事ではないでしょうから。そんな事をすれば大罪人として商会ごと潰されて終わりです。ですからヴェネフィク内で内紛があり、それに敗れた皇女様の身柄を、アゼルスタン商会がお預かりになったのかなと考えました。それを任されるくらいなのであれば、御用商人というべき程の立場なのかな、と」
そう言う立場であれば、ヴェネフィクと敵対するカーラリアで商売を行うのは危険だろう。ヴェネフィクの国に対する義理を通しておいた方がいい。
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