第413話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》22
「よし……!」
飛空戦艦が落ちて来るあたりの、イルミナスの海岸。
イングリスは先回りして、身構えていた。
「おい何をしている……! 落ちて来るぞ! 逃げるんだ……!」
そう呼び掛けて来るのは、全身黒い鎧を着こんだ天上人の女性騎士、ヴィルマだ。
機竜達に指示を出しているのも彼女だ。事態の把握は出来ていたのだろう。
「ヴィルマさん? 大丈夫です、受け止めますので……!」
「馬鹿を言うな……! 潰されるぞ!?」
「自分で投げたのですから、受け止める事も出来ますよ。任せて下さい」
イングリスはニコッとたおやかに微笑んで、ヴィルマに応じる。
「……来ます! ヴィルマさんは離れていて下さい!」
「いや、いくら力があろうとも、子供だけにこんな事をさせるわけには行かん……! それに、イルミナスの警護を任されているのは私だからな……!」
ヴィルマに退くつもりはないようだ。
ならばこれ以上は言うまい。それにもう、問答している時間もない。
「本当に危ないと思ったら、逃げて下さいね……!」
「要らぬ世話だ……!」
イングリスとヴィルマは落ちて来る飛空戦艦を受け止めにかかる。
「はああああああぁぁぁぁぁぁっ!」
「ぐうううぅぅ…………っ!? 重い……! こんなものが受け止められるとは……!」
その重量と勢いは凄まじく、イングリス達の足元は引き摺られて、大きく後ろに押し込まれて行く。
「いえ、まだまだあぁぁぁぁぁっ」
「……! 少しずつだが……!?」
イングリスとヴィルマが押し込まれる勢いが、少しずつ和らいでいく。
「もう少しいぃぃぃぃぃぃ……っ!」
「す、凄い、この子は本当に何者……っ!?」
ズウウゥゥゥゥゥゥゥン……ッ!
最終的に飛んできた勢いの大半を減じられた飛空戦艦は、鈍い音を立てながらその場に不時着をした。
何もしなければ、陸地に激突して爆発四散してもおかしくなかった所だ。
「ふう……よし、なかなかいい訓練だったなあ……」
イングリスは満足気な笑みを浮かべて、額に滲んだ汗を拭う。
バリイイイィィィンッ!
同時に、身に纏っていた竜氷の鎧が粉々に砕け散った。
霊素殻を全開にした霊素の負荷にこれだけ耐えたのだから、かなり良く持ったと言えるだろう。性能的にも申し分ない。
「よくやってくれたな……! おかげでイルミナスへの損害はほぼ無い。こんな状況だ、新たな損害は避けねばならないからな」
「いえ、自分で投げたのですから、自分で受け止めるのが筋ですし……ヴィルマさんは大丈……うっ……!?」
大丈夫ですか? と尋ねようとしたが、その途中でイングリスは固まってしまった。
ヴィルマの方を見て気づいたのだ。明らかにあり得ない方向に腕が曲がっている。
いや、右の足首もだ。そちらはかかとが前を向いてしまっている。
「ヴィ、ヴィルマさん!?」
やはり無茶だったのだ。
彼女の意思に任せて止めはしなかったが、強制的に突き飛ばしておいた方が良かった。
「ああ、心配をするな。大丈夫だ」
しかしヴィルマは涼しい顔をしている。
「これはもう駄目だな……」
曲がってしまった腕や足に触れると、そこが身体から切り離されてぼとりと落ちた。
だが血が流れたり肉が見えるわけではない。
切り離された断面は、機甲鳥や機甲親鳥と同じ、機械のものだった。
「……! 機械の身体……」
ラティの友人の、アルカードのイアンと同じだ。
ヴィルマの方がもっと洗練された、最新式と言った感じがするが。
「ああ。天上領の騎士として外に出て活動するには、その方が便利だからな。虹の雨の影響を受けずに済む」
「な、なるほど……イルミナスの騎士の方は皆そうなのですか?」
「ああ。機竜や飛空戦艦への指揮を無理なく最小限の人数で済ますには、その方が効率的だからな」
「効率的、ですか」
それはいいが、ヴィルマの元の身体はどうなったのだろう?
地上の人間から天上人になったという、ランバー商会のラーアルやファルスの事を思い出す。
彼等は恐らく、天上領の騎士としてヴィルマと立場が近いはずだ。
いやヴィルマの場合は飛空戦艦を指揮し、今イルミナス全体の警備も担っている様子なので、もっと立場が上かも知れないが。
権限の大きさから大戦将のイーベルに近いのかも知れない。
いずれにせよ特使ではなく、天上領から外に出て任務をこなすという点では同じなのだが、彼等は生身だったはずだ。
イーベルの場合は、ヴィルキン第一博士と同じ上級魔導体なる身体らしいが。
だがヴィルマの口ぶりでは、イルミナスの騎士は皆機械の身体であるようだ。
こちらは三大公派であり、あちらは教主連合であるから、勢力が違えば文化も異なるという事だろうか。
もっと言うと、同じ三大公派の中でも、武公ジルドグリーヴァのリュストゥングとこのイルミナスでも違うだろう。
彼の天上領がここと同じようであるとは思えない。
武公ジルドグリーヴァならば、機械の身体は鍛えて強くなれないから嫌だ、と言いそうである。
いや間違いなく言うだろう、何故ならイングリスも全く同意見だから。
彼とイングリスの性向は非常に近い。単純に言うと気が合うという事だ。
それにイングリス独自の楽しみとして、瑞々しくも艶めかしい自分の体を鏡に映して眺めたり、あるいは自分で自分の柔らかな手触りを確かめたり、自分で自分を楽しめないのは辛い。
どうも天上人というのは、それぞれの指導者によってその勢力下の様相がかなり違っていそうである。地上の国々の違いなど些細なものと感じる程に。
「そんな顔をするな。元々望んでこうなったのだ……難病でな、こうせねば生き永らえることが出来なかった。イルミナスの騎士達は、皆同じような境遇だ」
「ああ、なるほど……」
それならば納得が行く。生きるためにはそれが必要だったのだから。
命を救う手段でもあり、イルミナスを護る騎士を確保する手段でもあると。
このイルミナスという天上領は、何かにつけて効率的だ。
「さあ、それよりもこの船の中身を改めねばな」
ヴィルマは横たわる飛空戦艦に視線を向けた。
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