第41話 15歳のイングリス・天上人が支配する街12
魔石獣と化した、変わり果てた様子のセイリーンが宝玉のような塊が現れた掌をかざすと、そこから真っ白い閃光が迸る。
それが城壁に当たると、焼けつくように真っ赤に変色させ、破壊していた。
かなりの高熱の熱線――という事だろうか。
セイリーンの放つ閃光があちこちに火の手を上げ、城は炎に包まれようとしていた。
それを止めようと向かっていく騎士達も、熱線の中に消えて行く。
このままでは――!
「……セイリーン様が魔石獣になっているなんて――まさか……!」
一体どうしてこんな事に――そう思考を巡らせると、過去に見た出来事に辿り着く。
三年前の、元聖騎士のレオンが、ラーアルを魔石獣に変えてしまった事件だ。
確か虹の粉薬という名の秘薬。
それ使ってレオンはラーアルを魔石獣に変えてしまったのだ。
それと同じ事がここでも?
レオンは血鉄鎖旅団という反天上領のゲリラ組織からそれを入手したと言っていた。
「これは、血鉄鎖旅団の仕業……?」
「レオンさんがラーアルにやったのと同じ……!?」
「うん。多分――でもいつの間に……」
その時イングリスの耳に、眼下の中庭から響く女性の高笑いが聞こえた。
「あっははははは! ざまぁないねえ! 天上人なんて消えちまいな! あたしの息子は天上人に殺されたんだッ! 絶対に絶対に絶対に許すもんかッ! 地獄に落ちろーーーーッ!」
そう半狂乱の叫び声を上げるのは――
「ミモザさん……!?」
「そんな、あの人がセイリーン様を……!?」
彼女が、血鉄鎖旅団の内通者――?
「という事はあれだ……! ミモザさんが出してくれたハーブ入りのお茶。あれに虹の粉薬が入ってたんだ……」
「えええっ!?」
虹の粉薬は人間には効かない、とレオンは言っていた。
その事をイングリス達は身をもって証明したことになる。
人を信じやすいセイリーンは、ミモザの心の内に気が付かず、側に置いてしまったのだろうか。
――いや、危なっかしく見えても、セイリーンは聡明な女性だ。
気づいていてなお、彼女の心を解きほぐすために、近くに置いたのかもしれない。
必ず分かってくれると、信じたのだ。
そういう意味では、やはり彼女は人を信じ過ぎたのかも知れない。
それがこうやって、裏目に出ているのだから。
「あははははははっ!」
哄笑を続けるミモザに対し、セイリーンの熱線が照射される。
それがミモザの上半身を焼き消し、腰から下だけがその場に転がった。
――あっけない幕切れだった。
「ど、どうしてあんな事するの……!? 自分まで死んじゃって――何の意味があったのよ……!?」
ラフィニアは涙目になって、そう叫んでいた。
「理屈じゃないんだろうね――恨みってそう簡単に消えないんだよ」
「セイリーン様がやったわけじゃないのに!?」
「うん……天上人全部に恨みが向いたんだね、きっと……」
「そんなの不毛だわ! 間違ってる!」
「……今は取り合えず、セイリーン様を止めよう! わたしが止めるから、ラニはほかの魔石獣を倒して」
「う、うん……! ねえクリス、何とか――何とかならないか考えてみて! お願い!」
「うん……できるだけやってみるよ。じゃあ行こう」
イングリス達は、屋根から低い屋根へと飛び移って行き中庭に降り立つ。
「皆さん逃げて下さい! ここはわたし達が引き受けます!」
言いながら、イングリスは変わり果てたセイリーンの前に躍り出る。
「騎士の皆さんも構わず逃げてください!」
ラフィニアは呼びかけながら、他の魔石獣に光の矢を射ち込んでいた。
恐らくは、城に生息していたネズミに虹の粉薬を与えて誕生したものだろう。
残りの数はさほど多くはない。ラフィニアに任せておけば大丈夫だ。
オオォォォォ――
苦しんでいるようにも悲しんでいるようにも聞こえるような声を上げ、セイリーンの掌がイングリスを向く。
イングリスは下手に避けずにその場に留まる。
自分が避けてしまうと、熱線がどこに当たるかわからない。
被害を最小化するには、自分が受けて弾くほうがいい。
「はああぁぁぁっ!」
霊素殻を発動。イングリスの体が青白い光に覆われる。
直後、セイリーンの熱線がイングリスに向けて照射される。
「止めて下さいっ!」
イングリスは迫る熱線に拳を叩きつける。
それにより白い閃光の軌道がガクッと変わり、夜空に向かって打ち上がっていった。
流石に生身の状態でこれをまともに受けては怪我を負うだろう。
が、霊素の波動で身を覆えばこのような芸当も可能になる。
二度、三度。セイリーンはイングリスに向けて熱線を放つが、すべてが夜空に消えていく。
オオォォ!
今度はイングリスを直接狙わず、壁や木を狙って熱線が放たれる。
それにより瓦礫や倒木で攻撃しようと言う事か。
「させませんっ!」
着弾前にイングリスが回りこんで弾いた。
「セイリーン様! もしわたしの声が聞こえるのならば、止まってください!」
しかし今度は、セイリーンの掌の熱線が拡散して放射される。
「――! はあああぁぁぁっ!」
その無数の光線さえも、イングリスは全て弾き返してしまう。
超高速、かつまるでダンスを踊るような流麗な動き。
それは見ている者には、月明かりの中で舞う麗しい女神のように思えた。
逃げねばならないはずが――思わず足を止めて魅入ってしまう。
「す、凄い――! 彼女、なんて凄いんだ……」
「まるで何人もいるように見えるぞ……!」
「き、綺麗だ――夢を見てるのかな、俺――!」
イングリスはそちらを見て、もう一度促す。
「見ている場合ではありません! 早く逃げて!」
そう警告し、すぐにセイリーンに視線を戻す。
その時――彼女の肩口に、黄金の槍が突き刺さるのが見えた。
長い赤い髪の美しい女性――天恵武姫のシスティアだった。
彼女が飛び降りざまに、セイリーンに対し槍の一撃を加えていたのだ。
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