第406話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》15
「目の前まで来たはいいですが……入口がありませんわね……?」
「ああ、これはね~管理者たる資格があれば~入口を開くことが出来るんだよ~? 見ててね~?」
ヴィルキン第一博士が右手の白い手袋を取り、石棺の表面に手を触れさせる。
「……!」
その手自体に、違和感を覚える。
ヴィルキン第一博士の外見は、教主連合の大戦将イーベルと酷似している。
上級魔導体と博士は呼んでいたが、少年の身体だ。
だが露になった右手は、華奢な少年のものではなく、しっかりした成人男性のそれだった。手だけが一回り大きく、それが違和感を醸し出しているのだ。
そしてその大人の右手は、ほんのりと光に包まれている。
狭間の岩戸と同種のものだ。つまり、遊離する霊素である。
となるとあの手は、神あるいはそれに準じる神騎士の体の一部。それを切り取って上級魔導体に移植した、というように見える。
現在のこの世界には、神の気配を感じない。
神騎士も、イングリス自身と血鉄鎖旅団の黒仮面以外には見当たらない。
その理由は、天上領や天上人の仕業なのだろうか?
彼等が神や神騎士を滅ぼして、こうして利用している、と?
「ふふふっ……」
イングリスの頬が思わず緩む。たおやかに、花のような可愛らしさで。
もし天上領が神や神騎士を滅ぼしたのなら、それに足る力があるはず。
武公ジルドグリーヴァならば、確かにイングリス以下の力の神や神騎士を討ち滅ぼす事は可能だろう。
だが、全ての神や神騎士を滅ぼせるかというと、そうではないだろう。
勢力としての総合力で上回るとなれば、つまり、武公ジルドグリーヴァの他にもまだまだ彼に匹敵、あるいは上回るような戦力があるに違いない。
それを炙り出して戦っていくのは、何とも楽しそうだ。
まだまだこの世界には不思議と楽しみが一杯である。夢がある。
「ん~? どうかしたか~い?」
「いいえ……中々いいご趣味をしていらっしゃいますね?」
「そうだよね~? ぽわっと輝いて綺麗だよね~?」
にこにこと言うヴィルキン第一博士。
石棺の外壁に触れた部分から渦を巻くように霊素の文様が広がり、それがそのまま渦を巻くように、外壁をくり抜いて穴を穿って行く。
「穴が開いた……! すごーい……!」
「こんな分厚い岩なのに……」
「この中に天恵武姫になれる設備がございますの……?」
石棺の石壁は分厚くて、奥まではよく見えない。
何か沢山の円柱のようなものの影だけは見えるが。
「おっと、ここから先は僕とエリス君だけでね~? 君達はここで待っててくれる~? 何か事故ったらまずいから~。一度入り口が閉じちゃうと、中からは開けられないんだよね~これ。下手したら干乾びるまで出られなかったりするから~」
「う……っ?」
「干乾びるまで……!?」
ラフィニアとレオーネの顔が引きつる。
「中にさぁ~、ミスって出られなくなった白骨死体とか転がってたりね~?」
「お、穏やかではありませんわね……」
リーゼロッテも同じくだった。
「入口が開いてる間は外部と繋がってるけど~、閉じちゃうと中は完全に外界から隔絶された別空間……時間の流れすら全然違うんだよね~。だから間違って閉じ込められたりすると~こっちの時間ではあっという間でも、中では白骨化しちゃったりね~」
「え、え~とじゃあこっちの時間が……で、中が……」
「外に比べて中は凄い時間の速さだ、という事ですね……」
「ええ。レオーネの言う通りですわね」
「そうそう、そうね!」
ラフィニアがこくこく頷いている。
「ラニ……? ちゃんと分ってる?」
「わ、分かってるわよ!」
保護者代わりとしては、そうであることを願いたい。
「そうそう~天恵武姫って言うのは長くて地道な作業でもあるからね~そう言う場所で処置しないと、待ってるこっちの寿命が尽きるくらいにね~?使う側が死んでも完成しない兵器とか、さすがに待ってられないでしょ~?」
「……なるほど、通常であれば遠大で時間の掛かり過ぎる魔術的処置が、この石棺の中であれば実用に足る水準で利用出来る……という事ですね」
魔術的処置の詳細は分からないが、狭間の岩戸の上手い利用方法かも知れない。
女神アリスティアをはじめとする神々は、これを訓練場と見做していた。
が、そうでない利用法を編み出した者がいるという事だ。
明らかに神々のそれとは違う発想である。
どんな魔術的な処置がされるかも見学してみたいが、それは難しいようである。
詳しく見ることが出来れば、後学のためになりそうなのだが。
「そうだね~。この石棺自体が凄い貴重なんだよ~。僕達の技術でも新たに生み出す事の出来ない、旧時代の遺物だよ~? 管理者以外でこれを無理やりこじ開けられる者なんて未だかつていないし~。僕ら天上人の魔術や、魔印武具による簡易的な異空間なんかとは次元が違ってて~。ある意味この中は、完全に独立した別世界なんだよね~」
そしてこの、彼等の言うグレイフリールの石棺は、教主連側にも少なくとももう一つあるという事だろう。
エリスは三大公派、リップルやアルルは教主連合と、二大勢力がそれぞれに天恵武姫を生み出して地上に下賜しているようだから。
「さ、解説はここまでで~。行こうか、エリス君~」
「ええ……じゃああなた達、私がいない間リップルの事をよろしく頼むわね。アルルやラファエルや、カーラリアの国の事も……」
エリスはイングリス達を振り向いて、そう呼びかける。
「はい、分かりましたエリスさん!」
ラフィニアが真っ先に、はっきりと元気よく返事をする。
「全力を尽くします、エリス様……!」
「どうかご安心なさって下さい……!」
レオーネとリーゼロッテも、背筋を正してそう答える。
一番しょんぼりしているのは、イングリスである。
「はあ……仕方のない事とは言え、やはりエリスさんと1、2年も手合わせできないのは重大な機会の損失ですね。ああ、勿体ない……」
「やれやれ……あなた本当っっ当にそればかりね。まあ、無事に戻ったらその分訓練に付き合ってあげるわよ。だからそういう顔はしないで頂戴。気になるから」
エリスは困ったような顔をして、ラフィニアに抱っこされているイングリスを見る。
「エリスさん、子供好きですもんね。はい、どうぞ……!」
と、ラフィニアが笑顔でイングリスを差し出す。
「流石に1、2年経ったら元に戻ってると思いますし、最後にだっこでも!」
「え、ええ……ありがとう」
微笑んでイングリスを受け取るエリスだった。
「約束ですよ、エリスさん……! 戻ったら暫く訓練できない分、たくさん訓練して下さいね……!?」
「はいはい、分かっているわよ。あなたこそ、更に腕を上げておくように……ね? まあ言わなくてもそうするだろうけど」
エリスにぎゅっと抱きしめられると、母セレーナともラフィニアともまた別の、高貴な花のような香りがする。
「……行って来るわ。元気でね、あなた達」
少し間を置いて、エリスはイングリスを下ろすと颯爽と身を翻す。
ヴィルキン第一博士と並び、その姿が狭間の岩戸改め、グレイフリールの石棺の奥へ。
「「「「はい……!」」」」
イングリス達は強く頷いて、その後ろ姿を見送る他は無かった。
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