第404話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》13
「あ、そう言えばヴィルキン博士。せっかくですから、ついでに使い手の命を削り取る天恵武姫の副作用を取り払う事はできませんか……!? それが出来れば一番ありがたいのですが……?」
もしそれが可能であれば、レオーネやシルヴァにエリスを武器化して貰って、常に武器化した天恵武姫が出来るというものだ。
「いや~それはね~技術的に難しいかな~? 天恵武姫の構造上不可避と言うかね~? それにそんな事したら、流石に技公様に粛清されちゃうよ~。このイルミナスだけでなく、天上人全体の大問題だからね~」
「そうですか……」
柔らかくだが、完全に断られてしまった。
イングリスが天恵武姫を使ってみた感想としては、技術的には必ずしも不可能でないように思うのだが。
特級印を介して魔素を吸い上げる回路と、使用者の生命力を吸い上げて拡散する回路は別々に独立しているのだ。
だからこそイングリスが霊素で生命力を吸い上げる回路を塞いでしまっても、天恵武姫は問題なく武器化した。
天恵武姫の性能をただ食いする事が可能になったのだ。
血鉄鎖旅団の黒仮面が、システィアを使って同じ事をしていたのを見て盗んだ技術だ。
「となると、ここはやはりエリスさんの意思が重要なのではと……新機能は結構ですが、エリスさんと一、二年もの間訓練できないのは痛いですし……せっかく最近ようやく、相手をして下さるようになったというのに……わたしとしては痛し痒しです」
「やれやれ、普通ここは国や世界のために、より強い力を求めて備えておく……みたいな事にならないのかしら?」
「わたしは、そういう事のためには戦いませんので」
イングリスはたおやかに微笑みながら、きっぱりと言う。
イングリス・ユークスとしての人生は、力を大義や思想と結びつけることはしない。
それは逆に大義のために力を利用する事にもなり、力を追い求める者にとっては純粋な姿勢ではない、と思うのだ。
ただし、ラフィニアの望みとあればその限りではない。
それもまた、イングリス・ユークスとしての人生である。
「まあ、あなたはそうよね……最初に会った時からそうだし。あの時から全く変わらないわね」
エリスはふうとため息を吐く。
「お褒め頂き、光栄です!」
「褒めてるわけじゃないわ」
冷静にそう言い切られた。
「……まあいいわ。ラフィニア、あなたはどう思うの?」
エリスはラフィニアに視線を向ける。
「あ、あたし……?」
「だってこの子、あなたの言う事なら何でも聞くわけだし」
「エリスさん達を使うわたしをラニが使うから、実質ラニが一番だね?」
「うーんまあそれは、それとして……あたしは新機能、賛成かな! エリスさんと暫く会えなくなるのは寂しいけど……今度武公のジル様と戦う時にクリスに負けて貰ったら困るし……! クリスが天上領にお嫁に行っちゃうなんて嫌だし! やっぱりクリスはあたし達のユミルで、将来の公爵夫人よね……!」
「いや、わたしは結婚する気はないんだけど……」
「勿論、もっと強い敵が現れた時の備えにもなるし……だから賛成!」
「ならわたしも賛成です!」
「……そう。私もそれに賛成よ。強い力があるに越したことはない……セオドア特使に報告して許可を取った上で、そうしましょう」
エリスが年単位で不在となれば、カーラリアや特に聖騎士団の活動には影響が大きいだろう。報告して承認を得ておくことは必要だろう。
聖騎士団ではないが新しくアルルをカーラリアに迎えている事を考えると、恐らくは認められるだろうが。
「ヴィルキン博士、聞いての通りです。あなたの言う新機能……私に組み込んで下さい」
「おっけ~! いや~久しぶりに面白くなりそうだね~。ささ、じゃあ早く許可を貰っておいでよ~。こっちも準備するからさ~!」
ヴィルキン第一博士が嬉しそうに椅子から立ち上がる。
その後ろ姿に、イングリスは声をかける。
「ヴィルキン博士。済みませんもう一つ……」
「ん~何だい~?」
「その前にお聞きしたいのですが……その、ここでのお話は、上の方は聞いておられるのでしょうか?」
セオドア特使に託されたもう一つの任務、リンちゃんこと魔石獣化したセイリーンの事だ。
「上……? 僕の上って言ったら、このイルミナス本島では技公様だけさ~。今は君達も見ての通り、『浮遊魔法陣』の不具合で海に落ちて沈黙しちゃってるから、聞きようもないと思うよ~?」
「ええ、皆さんが大騒ぎになっているのは見て来ましたが……技公様が沈黙されているというのは?」
今一つ、ヴィルキン第一博士の言う事の真意が掴めない。
「つまり、このイルミナス本島が、技公様そのものだってことさ~。正確にはイルミナスの各種制御を担うシステム中枢~。色々自動化されててとっても便利でしょ~、このイルミナスって~。自動的に戦艦が組み立てられてたり、言ったら扉が開いたり、機甲鳥が好きな所に運んでくれたりするでしょ~? それみんな、技公様が一つ一つ判断して処理してくれてるんだよ~。肉を捨ててシステムの中枢になって、僕達を導いて下さってるんだね~」
「なるほど……確かに凄まじく進んだ技術だと思いましたが、そういう……」
つまりこの高度に発展したイルミナスという天上領は、技公という一人の最高級の天上人を中枢として組み込んで成り立つ天上領である、という事のようだ。
武公ジルドグリーヴァの話によると、人格を有し意思疎通も可能なようだが、今は『浮遊魔法陣』に何らかの障害があり、それが出来ない状態のようだ。
だから皆大騒ぎになっているのだ。
ヴィルキン第一博士はどこ吹く風、という感じで飄々としているが。
ともあれ見られる事がないというのであれば、好都合ではある。
「……そうですか、ならば好都合です。実は内密にご相談したい事が……」
イングリスはそう言いながら、レオーネに目くばせをして促した。
「ええ……リンちゃん、リンちゃん出て来て……!」
いつもならリンちゃんが身を隠すのはイングリスかレオーネの胸元である。
ふるふるふるっ!
「もぉ……! だ、ダメリンちゃん、そんなに暴れないで……! ひゃんっ!?」
今はイングリスが子供の姿な分、レオーネが一手にその役割を引き受けているのだ。
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