第400話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》9
「そ、そんなのダメです……! エリスさんが虫になっちゃうじゃないですか……!」
「あぁ姿ならある程度好きに出来ると思うよ~? 今に近いのも出来るし。責任はとれないけどねえ~ふふふふっ。まあそもそも~、体なんて必要最低限の要求性能を満たしていれば何でもいいと思わな~い? 要は人が生きるための器でしかなくて、幸せを感じるのは人格や魂のほうでしょ~?」
「……う、うーん……そういうのは、よくわからないですけど……」
ラフィニアがだんだん言い返せなくなって来る。
「楽しいよ~? ず~っと好きな事やり続けられるのってさぁ?」
「でも、そんなのエリスさんがエリスさんでなくなっちゃうって言うか……」
「やはり、元の体の、自然なままがいいって~? 天恵武姫なんてとっくの昔に、体中ぐっちゃぐちゃに改造されて~、元の人間とは似ても似つかぬ何かになってるんだけどなぁ~? 保ってるのはホント表面の薄皮一枚だよ~? 君の拘りが良く分からないな~?」
別に不機嫌そうでも無く、ヴィルキン第一博士はにこにことラフィニアに語り掛ける。
「……! でも、変……! 何か変です……」
「僕は新鮮だね~? ここの天上人にとって、上級魔導体や別の器に移る事は名誉だから~。より自分の知や思索を深める機会を得る事に他ならないからね~。技公様自らそれを体現なさってるわけだし? 人は肉体ではなく、その知や魂だってね~?」
「……私は出来るだけ、元の状態に戻して頂ける事を望みます。天恵武姫としてやるべきことがあります。それを他の人間に負わせるのは望みません」
エリスがぴしゃりと言い切って、その場の議論を打ち切った。
「なるほど、それもまた美しい精神だね~。ま、ちょっと調べてみないと何ともだものね~おーい」
と、ヴィルキン第一博士が呼び掛けると、拳大の青黒い球体が、こちらに近寄って来た。全体にびっしりと紋章が浮かび上がっている。
「は~い。サーチサーチ。全身の損傷と機能不全をかくに~ん」
エリスの全身を、薄い緑色の光が照らした。
「……ん~? 損傷の深度はかなり深いが局所的~って感じかな? これならまあ、直した方が早いかな?」
「博士。状況が状況ですが、大丈夫でしょうか?」
ヴィルマがそう尋ねる。
「だから父さんでいいってば~、ヴィルマ」
「……任務ですので」
「ヴィルマの任務は彼女をここに連れて来る事で、それはもう終わってるじゃないか~」
ヴィルキン第一博士が寂しそうにしている。
「まあ、天恵武姫の製造は技公様のシステムとは独立したものだから、大丈夫大丈夫~。サーチを続けるよ? 修理計画を算定するからね~?」
エリスの体を何度も、様々は色の光が照らして行く。
「で~? 他の子達は何の用なのかな~? 天恵武姫にでもなりに来たの? だったら適正とか調べようか~?」
「い、いえあたし達は単なる付き添いで……」
「はい、お願いします博士!」
首を振るラフィニアの横から、興味津々のイングリスが口を出す。
「クリスぅ……!?」
「まあせっかくだから、記念にね……!」
天恵武姫化すれば、イングリスも更に強くなれるだろう。
より高く昇り、武の極致に到達するための有力な選択肢となり得る。
「はいは~い。じゃあ、おーいもう一機~」
と、また別の球体が飛んで来てイングリスの目の前で止まった。
「そいつは手で触れて触ってみてね~」
「はい、分かりました……!」
イングリスは言われた通り、球体に手を乗せる。
ピピピピピ……!
警報のような音が鳴る。
「?」
「あれぇ、計測エラー?」
ヴィルキン第一博士が首を捻っている。
神騎士の身に纏う霊素が、邪魔しているのだろうか。
「うーん、じゃあそっちの君に」
「え? あたし……!?」
一応ラフィニアも、目の前に来た球体に手を乗せた。
ピピピピピピピ……!
「あ~やっぱり壊れちゃってるのかなあ? 技公様が沈黙しちゃった影響が出ちゃってる~? 独立してるはずだけどな~? じゃ、また別の~」
二個目がいなくなり、三個目がやって来る。
「ほい、じゃあ次は君ね~」
ヴィルキン第一博士がレオーネを見る。
「わ、私……!? ええと、はい……」
レオーネが手を触れると、今度は警報は鳴らなかった。
『……結果判定。適性レベルC』
「わ……!? 今これが喋ったの……!? すごい……!」
ラフィニアが目を丸くしている。
「ん~良かったね~。全部壊れたわけじゃないみたいだ。で、君才能あるみたいだよ~? どうする? レベルC判定だから、天恵武姫になれない事も無いと思うけど……?」
「わ、私がですか……!?」
レオーネが吃驚して自分自身を指差す。
「うん。処置にかかる時間は大体4、50年くらいで、成功確率は四分の一くらいだけどね~? お友達は今生の別れになっちゃうかもね~?」
「そ、そんなに……!? それに失敗したらどうなるんですか……?」
「ん~。原形も保ってられないし、途中で停止して精神を別の肉体に逃がす事も出来ないから……まあ、一言で言って死ぬよね~?」
「け、結構です……!」
ぶんぶんと首を振るレオーネ。
「そ、そんな危ない事、勧めないで下さい……!」
ラフィニアがヴィルキン第一博士に文句を言う。
「え~? 十分可能性は高いし、時間も非現実的って程じゃないと思うけどな~? まあ君達は献上されて来た人間とは立場が違うし、命の価値も違うんだろうね~?」
「そ、それはどう言う……!?」
と、ラフィニアが尋ねようとした時、球体がまた声を発した。
『……付加情報。魔印と魔素出力波形の適合不正率71%。再調整を推奨』
「ん~? へえ……じゃあせっかく来たんだし、サービスしちゃおうか~? これはすぐ終わるし失敗も無いから、手を置いたままで、じっとしときなよ~? オーダー。その子の魔印を破棄して再付与を実施~」
ヴィルキン第一博士の指示が下ると、レオーネが手を触れている球体が眩く輝き出す。
同時にレオーネの手の甲の魔印も輝き始めて、そして消えて行く。
「魔印が……!?」
「消えて行きますわ……!」
「落ち着きなよ、一旦消して、新しいものを刻むだけさ~」
「つまり地上にある『洗礼の箱』と同じ事を?」
「そう~。それもこいつの機能のうちの一つって事だね~」
にこにことヴィルキン第一博士が言う中、レオーネの手の甲に新しい魔印が浮かび上がり始める。
それは、レオーネのそれまでの上級印ではない。
虹色に輝く神々しい姿は――
「こ、これって……!」
「と、特級印……!?」
「す、凄い……! 凄いですわ、レオーネ……!」
間違いない。特級印である。
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