第40話 15歳のイングリス・天上人が支配する街11
城のあちこちから悲鳴が上がっているのが、この浴室にも聞こえてくる。
天井の石が一部欠け落ちて、お湯の中にボチャンと落ちていた。
「わ、わああぁぁっ!? な、なに地震……!?」
「かな――大きいね」
二人は身を寄せ合って、しばらく様子を見た。
そして揺れが止まると、今度は――
「ま、魔石獣だっ! 魔石獣が出たぞーッ!」
「出会え出会えっ! 領主様をお護りしろーーッ!」
「女子供は早く地下に避難しろ!」
そんな切羽詰まった声が響き始めた。
「!? 魔石獣……!? 街の外からの知らせは無かったのに……?」
「とにかくあたし達も手を貸さなきゃ! セイリーン様に何かあったら大変よ!」
「そうだね。急いで着替えよう」
イングリス達が立ち上がると同時――
ドオオォォンッ!
浴場の屋根が爆発したかのように弾け飛ぶ。
幸い屋根の石や岩が落ちて来たのは離れた場所だったため、事なきを得た。
しかし――
ギャアアアァァ! ギギギギギ――!
ネズミを基にしたような、地を這う姿勢の魔石獣が屋根の穴から飛び込んで来たのだ。
一体一体が獅子や虎のような大きさに肥大化しており、人など簡単に食い殺せそうだ。
その数は、十前後か。
「……ラニ。ここはわたしが引き受けるから、魔印武具と服を取って来てくれる?」
裸のままで戦うなんて、少々嫌だが仕方がない。
「うん分かった――クリス」
「じゃあ行くよ――!」
イングリスが囮になるべく、敵の前に進み出る。
魔石獣達の手近にいた三体が反応し、縦一列に並ぶような陣形で突っ込んで来た。
「女性の入浴中を襲うとは――マナーがなっていませんね……!」
速度を上げて、こちらから敵に踏み込む。
一瞬で間合いを侵略。
上段蹴りで先頭の個体が弾き飛ばされ、浴場の壁に激突する。
そのままの勢いで、蹴り足を地面に下ろしつつ反転。
今度は裏拳を二体目の横面に叩き込み、寸分違わず同じ場所に弾き飛ばした。
更に体を捻り、三体目は後ろ回し蹴り。
それも魔石獣を同じ場所に叩き飛ばし、都合三体が連なって、壁に叩きつけられる事になった。
「まだまだっ!」
それだけではなかった。
次々とイングリスによって蹴られ殴られ弾き飛ばされる魔石獣達は、全く同じ所にどんどん連なって行く。
その間にラフィニアも浴場から離脱する事に成功していた。
――最終的にはその場の十体近くが全て連なって壁に叩きつけられ、もがいていた。
「うん――」
まあまあ、か。
見る者が見たら神業と驚いただろうが、イングリスにとっては準備運動程度のものだ。
魔石獣も今は動きを止めているが、殴る蹴るでは倒せない。
すぐにまた動き出すだろう。
「……やっておこうかな」
この緊急事態では、ラフィニアを待ってとどめを刺してもらう時間は惜しい。
イングリスは、ぴっと自分の人差し指を立てる。
その指先に青白い霊素の輝きが収束し小さな輝きとなる。
そして連なってもがく魔石獣の群れに、指先を向ける。
「行けっ!」
ビシュウゥゥッ!
指先から細い霊素の光線が発射され、それが全ての魔石獣を貫き、壁に穴を穿って夜空に消えて行った。
それにより魔石獣達は一度ビクンと身を震わせ、そのまま動かなくなる。
霊素穿とでも言おうか、霊素をより凝縮して貫通力を高めた攻撃法である、
霊素を使った戦技というのは、とかく大威力、広範囲になりがちで、細かい制御をつけるのが難しい。
その中でこの霊素穿は、威力範囲共に小さく制御して放出するものであり、小技の範疇だろう。使った時の自分自身の消耗も少ない方だ。
だが、霊素を使った小技を扱えるというのは、その制御技術がかなり向上したという証明に他ならない。
これは前世のイングリス王には全くできなかった技術だ。
イングリス・ユークスに生まれ変わって進歩した証と言える。
出来るようになった時は嬉しかったものだ。
「クリスお待たせ! ってもう終わってる! はやっ!? あたしの出番がないじゃない」
「大丈夫だよ。これからいっぱいあるから。さぁ早く着替えよう?」
「そうだね」
イングリス達は急いで着替えを済ませると、浴室の壁を蹴上がり天井から屋外に出た。
そして眼下の光景に目をやると――中庭に大きな魔石獣が鎮座しているのが見えた。
その犠牲になったであろう騎士達が、周りに何人も血を流して倒れている。
その魔石獣は――人の形をしていた。
背には翼があり、元は女性だったであろう、胸の膨らみのようなものも確認できる。
そして、額には――天上人の証である聖痕も見えた。
「!? そんな――!」
「う、嘘……あれは――セイリーン様……!?」
ラフィニアが、震える声でその名を呼んだ。
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