第399話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》8
中央研究所の中に足を踏み入れると、静まり返った外の様子に比べて、大騒ぎになっていた。
「障害の原因は……!? 何故こんな事になったんだ……!?」
「『浮遊魔法陣』が突然機能不全を起こしたようだ……!」
「何だと、今どうなっている……!?」
「不明だ……! それよりもまず、水没を防がなければ……!」
「ああ、緊急避難的に、降雨検知と都市結界用の魔素を予備浮力に回した!」
「そうか……だがもし虹の雨が降れば……!」
「それは仕方がない……! 今はそうする他は無い……!」
「ああ。衛星島に救援を求める事も出来るからな……!」
天上人の研究者であろう者達が切迫した表情で言葉を交わし、そこかしこの装置や計器を覗き込んでいる。
巨大な施設の中は何層にもなっており、外から機甲鳥でそのまま乗り入れ、空中に光が浮き上がるような決まった順路を通って行くが、流れてくる景色は皆このような感じだ。
かなり、いや極度の緊迫状態と言えるだろう。
「す、すごい状況の時に来ちゃったわね……?」
「そうだね。天上領が空から落ちて動けないなんて、大変な事だと思うよ。もし虹の雨が大量に降ったり、虹の王なんて現れたら逃げられないし……」
「や、止めてよね……本当になったらどうするのよ……!?」
「戦うよ? 久しぶりに虹の王と戦いたいし……ね?」
イングリスはぐっと拳を握り、にこっと可愛らしく微笑んで見せる。
「あたしはやだぁ……! あんなのまた戦うの怖いわよ……!」
「到着したぞ。皆降りてくれ」
と、ヴィルマがイングリス達に呼びかける。
機甲鳥を降りるとすぐそこに大きな扉がある。
「こちらは……?」
「ヴィルキン第一博士の研究室だ。我がイルミナスでも一番の技術者だと言われている……失礼のないようにな。尤も、あちらの方が失礼かも知れんが」
ヴィルマがその前に立つとまた聖痕に光が差し、ゆっくりと扉が開いて行く。
中に入ると、そこは様々な実験器具や書棚などが雑多に積み上げられた広大な空間で、大工廠で見た機械の手の小型のものが、何か見た事のない器具を組み立てたりしている。
「や、やだ何あれ……?」
ラフィニアは透明な管の中にぷかぷか浮かんでいる肉塊のようなものに注目している。
それに機械の手が針を挿して、異様な色液体を注入すると、肉塊が激しくウネウネ蠢き始める。
「ひいぃぃ……!?」
「あ、あまり気持ちのいいものじゃないわね……」
ぱっと肉塊の姿が可愛らしい子犬のようになった。
「あっ……可愛い……!」
「ですわね……ふふふっ可愛いですわ」
ラフィニア達がそちらに引き寄せられた瞬間、また子犬がウネウネと肉塊に戻り、今度は大きな蠅のような虫の姿になった。
「ぎゃああぁぁぁっ!?」
「か、可愛くないっ!」
「な、何ですのこれは……!?」
怯えるラフィニア達に反して、イングリスは興味深そうに管の中を見つめる。
「へえぇ……どんな姿にもなる、生き物……? どうなってるんだろう、凄いなあ……」
「く、クリス近寄るのやめときなさい! 気持ち悪いわ、それ!」
「騒がしいぞ、静かにしてくれ」
ヴィルマに窘められて、イングリス達はさらに奥に進む。
「ヴィルキン第一博士。天恵武姫の輸送指令のほう、完了致しました」
奥には大きな机があり、そこに着席している人物ヴィルマが声をかける。
その相手の後姿は、少年のようだった。
右手にだけ付けた白い手袋が、博士らしいと言えばらしいだろうか。
片側だけなのは、違和感があるが。
「他人行儀だよねえ~、ヴィルマは。真面目なのはいいけど、父さんでいいじゃないか」
「……任務ですので」
少年のような背格好からは、明らかにヴィルマより年下に見えるのだが。
振り向いたその顔は――よく見知ったものだった。
「……イーベル殿……!?」
「ええぇぇぇぇっ!? どうしてあいつがここに……!?」
天上領の大戦将のイーベルだった。
穏やかで柔らかい表情は、イーベルの雰囲気とは似ても似つかないが。
「うん……? イーベル?」
イーベルにそっくりなヴィルキン第一博士が、きょとんとする。
よく見ると髪色の濃淡が少々違うだろうか。
「え、ええ。天上領の大戦将の……」
「大戦将? ああ、教主連側かあ。そうだね、あちら側にもこの上級魔導体を使っている者がいるかもね? 素体はいくつか、献上したこともあったしねえ~」
イングリスに応じる間延びしたゆるい口調が、緊張感を打ち壊して来る。
「い、イーベルじゃない……って事ですか?」
ラフィニアがそう問いかける。
「そうだよ~。ヴィルマも言ってたでしょ? ヴィルキン第一博士って」
「博士はご自身の本来の身体ではなく、上級魔導体? という人為的に作られた体を使用されている……という事ですか? それがこの世には複数あると」
「そういう事……! まあ開発したのは僕だから、僕がオリジナルであって他は全部模造であるとも言える……かな~?」
「なるほど……」
と、ヴィルキン第一博士はエリスのほうに視線を向ける。
「で、天恵武姫のきみを修理しろって話だったっけ~? 武公様に壊されちゃったとか……」
「ええ。頼めますか? こちらも何か大変な事になっている様子ですが……」
エリスは静かにそう応じる。
「そうだねえ。どの程度壊れてるかにもよるよね~。あんまりボロボロだと、廃棄して新しいの出した方が早いかも知れないし……?」
「…………」
「そ、そんな事したらエリスさんはどうなるんですか……!?」
ラフィニアが声を上げる。
「それって人格とか魂ってやつの面がどうって事かなあ~? 天恵武姫の機能は壊れちゃってるよね~?」
ヴィルキン第一博士は全く悪びれずにきょとんとしている。
「は、はい……! そうです!」
「ん~? 何か別の器に入れて持って帰れば? ほら、そこのアレとかに入れてあげたりも出来るよ~、サービスで。上級魔導体をあげるってわけには行かないけどさぁ~?」
と、博士が指差すのは、先程色々な姿に変化していた肉塊である。
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