第396話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》5
「はあぁぁっ!」
氷の足場を蹴り跳躍し、飛び込んで来る魔石獣に竜氷剣の刃を合わせる。
蒼い刃は魔石獣の顔面に易々と食い込み、そのまま左右真っ二つに全身を両断する。
魔石獣の亡骸は、水没しながら途中で消え失せて行く。
「うん。いい切れ味……!」
ただの氷の剣の魔術ならば、多少傷がつく程度だっただろうが、竜理力のおかげで耐性の影響を殆ど感じさせなかった。
霊素の戦技には及ばないだろうが、単なる魔術よりは格段に上である。
我ながら、なかなか良い発明なのではないだろうか。
血鉄鎖旅団の黒仮面は霊素の剣を生み出す事も出来るが、この竜氷剣でそれと斬り合ってみたいものだ。
そんな事を考えながら、どんどん迫って来る魔石獣を切り倒して行く。
「クリスー! それで最後よ! やっちゃって!」
ラフィニアの言う通り、楽しんでいるうちにいつの間にか残り一体になってしまっていた。
「ああ……もう終わりですか。名残惜しいですが、仕方ありませんね……!」
竜魔術の実戦訓練に付き合ってくれた事には、感謝する。
最後なので念入りに、細切れになるくらい念入りに斬撃の具合を確かめよう。
そんな事を思いつつ、イングリスが剣を構えた時――
バシュウウウウゥゥゥン!
後方からいくつもの閃光が、イングリスの背を向けて飛来して来た。
「……っ!」
それを察知したイングリスは、踊るような細かな足捌きで身をかわして見せる。
だが、イングリスと対峙していた魔石獣はそうは行かなかった。
いくつもの光に撃ち貫かれて光の串刺しのようになり、ビクビクと身を震わせて消滅して行く。
「ああ……! 勿体ない……!」
全部自分が相手したかったのだが。
が、攻撃が飛んできたという事は新手がいるという事。
イングリスは後方に注意を向ける。
閃光を放って攻撃をしてきたのは、天上領から飛び立っていた機竜達だ。それが一斉に、先程の攻撃を放ったのである。
数は六体ほど。
それが居並んで、イングリスのほうを見ている。
「……」
イングリスも機竜達の様子を窺う。
一瞬その場に静寂が流れる。
あの魔石獣を仕留めた攻撃は、魔石獣だけを狙っていたものなのか、それともイングリスも攻撃対象として認識しているのか。
あれだけでは、どちらとも判断が付かない。
だからあちらの出方を待つ必要がある。
どう出て来るのか。
願わくば――
「クリス~! ほらこっちこっち! 戻って来なさいよ!」
「下手に近づかない方がいい、離れましょう……!」
エリスが操縦する星のお姫様号が、イングリスを引き上げようと近づいてくる。
グオオオォォォォォンッ!
その時、一斉に機竜達が咆哮を上げた。
開いた口の中に閃光が生まれ、膨れ上がって行く。
先程の魔石獣を撃った光だ。
それをイングリスに向け放とうとしている。
「よし……!」
つまり敵認定である。
良かった。まだ戦いは終わっていないのだ。
「「よし、じゃないでしょ!」」
ラフィニアとエリスが全く同じことを言った。
「大丈夫だよ、ラニ! 壊さなければいいんですよね、エリスさん!?」
「そうだけど……!」
こちらから攻撃は出来なくとも、相手が攻撃して来てくれるのであれば、やりたい事は沢山ある。
どんな状況、どんな戦いでも、少しでも自分の成長に繋げていくことが重要だ。
イングリスは竜氷剣を消失させて、再び竜氷の鎧に切り替える。
「エリスさん、ヴィルマさんの所に戻りましょう! 機竜を止めて貰えるかも!」
ラフィニアがエリスを促す。
「そうね、そうしましょう!」
「クリス、壊しちゃダメよ!」
「うん、分かった……!」
イングリスは頷いて、機竜達の攻撃に備え身構える。
「いや、その必要は無い……!」
その場に割り込む声がする。
同時に、星のお姫様号の上方から、別の機甲鳥の機影が近づいて来ていた。
「迎撃指令を強制解除。出撃待機状態へ移行……! 鎮まれ、機竜達よ……!」
それはヴィルマの声だ。
現れた機甲鳥の機上にある彼女が身に纏う黒い鎧に光る文様が浮き上がり、輝いている。
あの魔術光のような輝きが、機竜を操作する魔術的な効果があるのだろうか。
ともあれヴィルマの呼びかけで、機竜達はぴたりと攻撃を止めてしまった。
そして回れ右をして、海上の天上領のほうに飛び去ってしまう。
「ああああ……! 待って、帰らないで……! せめて一撃わたしに攻撃を……!」
あの閃光の攻撃を竜氷の鎧で受けてみて、強度のほどを確かめたかったのだ。
「機竜が帰って行くわ……!」
「良かった……!」
「同士討ちをせずに済みましたわね」
「ええ、下手な問題を起こさずに済んだわ」
皆ほっとしたような様子だ。イングリス以外は。
「……機竜は外敵を迎撃するように制御されている。もう大丈夫だ。協力に感謝する、済まなかったな。それにしても遠目に見ても、この子の動きは異様だが……」
「本当です……! せめて一体くらい残してわたしを攻撃してくれても良かったと思います。わたしに悪意があったらどうするのですか? 地上の人間を簡単に信用し過ぎるのは少々考え物だと思います……! そもそも天上人たる者、地上の人間の事など歯牙にもかけず、嬉々として魔石獣への攻撃に巻き込んで頂いて然るべき……」
「……か、考え方も異様だな……?」
ヴィルマが何とも言い難い顔をする。
「こら、クリス! 我儘言わないの! 問題なかったからいいじゃない……! そもそもセオドア特使やセイリーン様はそんな事しないわよ……!」
近づいてきたラフィニアが、ヴィルマに訴え掛けるイングリスの耳を引っ張る。
「い、いたいいたいよラニ……! だってフフィルベインの時は逃げられちゃったから、せめて攻撃くらい受けさせてもらってもいいかなって……! ほら、あっちにとってもいい実験になるよ? わたしは攻撃しないし……!」
「もー! ちっちゃくなっても、天上領に来ても、いつでもどこでもクリスはクリスなんだから……! とにかくダメ! 大人しくしてなさい……!」
「ま、まあ。子供の元気がいいのはいい事だ、そこまで叱る事もないだろう……?」
「いいえ、ヴィルマさんは甘いです……! そもそも小さいのは一時的にそうなってるだけであたしと同い年ですから、クリスは……!」
「……やれやれ、騒がしい事だな。天上領に入ってからは大人しくしてくれよ。まあ、それ所ではない騒ぎになっているかも知れんが……」
ヴィルマは絶海の孤島と化した天上領のほうに視線を向ける。
「ここが海上で良かったですね。陸地であれば大変な事になっていたかも……」
「……ああ、それはその通りだ」
イングリスの言葉にヴィルマは頷く。
「こう言った事は、良く起こるのでしょうか?」
エリスがヴィルマに向けて問う。
「いや。多少の不調はあれど、こんな事ははじめてだ……原因は突き止める必要があるだろう」
「……ややこしい所に来てしまった、というわけね……」
エリスはふうとため息を吐く。
「普段起きない事が起きているのであれば、普段いない者の仕業かも知れませんね。血鉄鎖旅団やあるいは教主連合側の敵でも潜入しているのでしょうか……! 殺戮兵器に魔石獣に敵勢力……! 賑やかでいいですね……!」
「……ふう。一体何をしに来たのかしらね、この子は……」
「おい、天上領に上陸させて大丈夫なのか……? この子は……?」
「い、一応あたしが保護者としてちゃんと見ますから! 大丈夫です、多分!」
ラフィニアが少々不安そうに言っていた。
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