第382話 16歳のイングリス・新学期と新生活4
王都カイラル。王城内の大会議室。
お祭り騒ぎだった虹の王打倒の祝いに一段落が付いた後、王城では連日各地の有力諸侯達を交えた会議が催されていた。
今回の事態でカーラリアを挟撃しようとしたヴェネフィクとアルカードに対する今後の対応を協議するためである。
虹の王打倒の祝いのために諸侯が王都に集まったのは、丁度都合が良かったと言えるだろう。
リーゼロッテは会議に出席中の父、アールシア公爵の護衛役としてその場に随行していた。宰相の地位は辞した父だが、それでもシアロトの街を中心としてカーラリア国内の西部沿岸地域に広大な所領を持つ公爵である。
自前の騎士団を抱え、有能な騎士もいるが、リーゼロッテが自分で願い出たのである。
母は既に他界し、父一人娘一人の家族である故、これも家族水入らずの形の一つだ。
その日の議題は、東の隣国ヴェネフィクへの今後の対応についてだった。
「既に謝罪の使者を遣わし、先の虹の王会戦にも支援を寄越したアルカードはともかく、ヴェネフィクなどに容赦はなりませんぞ! 奴等は過去幾度も我が国を侵し、多くの被害を生み出しております! 今回も王都を直接襲撃しておきながら、謝罪の一つもなし! 聖騎士団の報告によれば、最終的に虹の王を解き放ったのも奴等だというではありませんか!」
そう声高に叫ぶのは、現宰相であるリグリフ公爵だった。
アールシア前宰相からその立場を受け継いだのが彼である。
「しかしながらな、リグリフ宰相……氷漬けの虹の王をヴェネフィクとの国境地帯に移送したのはこちらだ。それが彼等を刺激した可能性は否めぬ。こちらに何も落ち度が無かったわけではない、もっともその責を負わねばならぬのは、あの計画を立案した私だが……」
ウェイン王子が、静かにそう述べて瞑目する。
熱くなるリグリフ宰相を諫めるような形だ。
「氷漬けの状態でも周囲に魔石獣を生み、被害が拡大しつつあった状況では止むを得まい……あれが王都側でなくヴェネフィク領内に侵攻しておれば、共に手を携える機会ともなり得た。結果は凶と出たが、それをイングリスらに救って貰った。お前の責を問おうとは思わぬよ、ウェイン」
今度はカーリアス国王が、ウェイン王子を宥める。
「父上……面目御座いませぬ」
「何もウェイン王子を責めようというわけでは御座いません! ですが我が領内では実際に虹の王の侵攻により、生命財産を奪われた民も多う御座います!」
リグリフ宰相の所領は、ヴェネフィクとの隣接地域も含むカーラリアの東部にある。
その規模は大きく、東部随一の所領を誇る公爵家である。
そしてその領内を虹の王が侵攻したのは紛れもない事実だった。
「これは宰相としてよりも、ヴェネフィクの奴等と隣接する土地を預かる領主としての願いであります! 何卒奪われたものを奪い返す機会を! 幸い対虹の王の戦いは、想定よりも遥かに少ない騎士団の被害で済んでおります! それを以てヴェネフィクへの進撃を! 過去より未来に渡る禍根をこの際断ち切るべきです!」
リグリフ宰相が声高に叫ぶと、それに同意する諸侯達も声を上げ始める。
「国王陛下、ウェイン王子! リグリフ宰相の申す通りです!」
「我が領地も被害を被りました、その分を奴等から取り戻さねば民も納得しません!」
「幸い王都に攻め寄せて来た奴等の軍は撃滅しました! 戦力は低下しているはず! これは好機です!」
「「「そうだそうだッ!」」」
いくつもの声が、リグリフ宰相に同意をする。
顔ぶれを見ると、東部地域に所領を持つ諸侯達が多いだろうか。
東部は過去何度もヴェネフィクからの侵入を受けているし、伝統的にヴェネフィクへの敵愾心は強い。
それが今回の事態で、頂点に達しようとしている。
父の姿を後ろの壁際に立って見つめつつ、リーゼロッテはそう感じた。
もしかして、ヴェネフィクとの戦争になるのだろうか?
リグリフ宰相をはじめとする、強硬意見を主張する者達の気持ちも理解はできる。
ただ、いつ虹の雨が降るかも知れず、いつ虹の王が生まれて人々を襲うかもしれない状況は変わらない。
それなのに地上の人間同士の戦争は、如何なものかと思う。
実際にヴェネフィクの被害を受けて来た東部地域の諸侯達にとっては、魔石獣もヴェネフィクも同じ外敵であるのかも知れないが。
リーゼロッテがヴェネフィク攻撃に素直に賛同できないのも、その被害を受けて来なかった西部の公爵家の人間だからかも知れない。
だが、虹の王会戦で遅れ馳せながらも死力を尽くして戦った身からすれば、想定よりも遥かに少ない被害で勝てたから、その分を転用してヴェネフィクを攻めようという論調には賛成できない。
人間同士で戦争をするために、あの戦いがあったわけではない筈だ。
「わたくし達の戦いは、戦争のためにあったわけでは……」
歩哨に私語など厳禁だが、思わず小さく漏らしてしまう。
共に戦った皆の顔が浮かんでくる。
レオーネもラフィニアもプラムもラティも、みんなそう言うはずだ。
そしてイングリスの顔が浮かんで――
「う……」
少々眩暈を覚えた。
イングリスだけは「やった! ではわたしが先鋒を務めます!」とか言って嬉々として飛び出して行ってしまいそうだ。
まあラフィニアに任せれば何とかなるだろうから、そこは考えないようにしよう。
ラフィニアの凄い所は、騎士としての能力もさることながら、その人間的な魅力でイングリスを完全に従えている所だ。
イングリスは武力でも知力でも、おまけに容姿でも他とは一線も二線も隔す突き抜けた存在である。
性格も別に悪くなく、優しさもあり周囲への気遣いもできる。
だが人間全てが完璧という訳も無く、自分の力を磨く意識がとにかく強過ぎるあまり、善悪の区別を置き去りにする傾向がある。
放っておけば、あっという間に道を踏み外してしまいかねない。
そこをラフィニアががっちりと、イングリスと腕を組んで正しい方向に引っ張っているような形である。
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