第379話 16歳のイングリス・新学期と新生活
そして、騎士アカデミーの休暇明けの日の朝。
「ん~♪ 戻って来たぁ、あたし達の食堂! 今日からまた心機一転して、まずはメニューを最初から一周しちゃおうかな~!」
ラフィニアは笑顔で食堂へと足を踏み入れる。
「おはよ~! みんな!」
その挨拶に、振り返る生徒達が多数。
「「おはようございます!」」
「「おはよう!」」
にこやかな朝の光景である。
「おっ……! 出たねラフィニアちゃん! こっちの準備は出来てるよ、さぁかかって来なさい!」
すっかりラフィニア達の顔と食事量を覚えている食堂のおばさんも、顔を覗かせて戦いの前の挨拶をしてくれる。
「はい、おばさん……! 今日からまたよろしくお願いします! 取りえずメニュー最初から全種類ひとつずつ!」
ラフィニアはぺこりと頭を一つ下げ、無茶な注文をおばさんに投げつける。
「あいよっ!」
だが慣れたものだった。
あっさり受け入れられて、おばさんは腕まくりしてフライパンを手に取っていた。
「おはようラフィニア君、イングリス君はどうしたんだ?」
朝食を終えたシルヴァが、ラフィニアの近くを通りかかった。
「あ、おはようございますシルヴァ先輩。クリスならいますよ?」
「? いや、姿が見えないが……?」
「いえ、下に……」
と、イングリスはラフィニアの後ろからひょこんと顔を覗かせる。
別に隠れていたわけではないが、身長差があり過ぎて見えなかったのだろう。
「おはようございます、シルヴァ先輩」
たおやかに微笑むイングリスは、5、6歳の幼児の姿のままである。
ラフィニアだけが元の大きさに戻り、イングリスはまだ小さいままだったのだ。
騎士アカデミーの制服は、子供用をミリエラ校長が用意してくれた。
「な……!? そ、その姿は……!?」
「「「か、可愛い~~~~~~~っ!」」」
男女入り混じった絶叫のような歓声が、食堂中に鳴り響いた。
「まあ、少々事情がありまして……自作していた魔印武具が暴発してしまったんです」
「それでそんな姿に……!? ま、まあ怪我が無さそうなのは何よりだが……」
「暫くしたら元に戻るでしょうし、今のうちにちっちゃいクリスを堪能しようかなあって! シルヴァ先輩も可愛いって思いますよね?」
言いながらラフィニアはイングリスを後ろから抱き上げて、ぐりぐりと頬ずりしてくる。まるでぬいぐるみ扱いである。
先に戻れた方が、通常の身体で小さい方を抱っこするのを堪能すると話していたが、先に戻ったのはラフィニアだった。
セオドア特使やミリエラ校長によって何か手を打って貰ったわけではなく、自然とだ。
魔術的現象に対する耐性はイングリスの方が高いはずなのだが、ラフィニアの方が先に戻ったのである。その理由は良く分からない。
暴発した魔印武具により近い位置にイングリスがいたからだろうか? それによって効き目が違うという可能性はある。
が、イングリスとラフィニアの魔術的対耐性を覆す程の物だろうか?
こちらは霊素を身に纏っているのだ。
イングリスだけ無事で、ラフィニアだけ幼児化していても何ら不思議は無い。
魔印武具の改造に、試しに霊素を流し込んでいたりもしたので、神騎士にも通る奇蹟の威力になっていただけかも知れないが。
そして効果時間については、威力によって伸びるような性質ではない、と。
そう解釈すれば説明が成り立つだろうか。
ともあれイングリスのこの姿は、自然と治るだろうという事で特別な対応はしない事になった。
レオーネのオルファ―邸を訪れた後に、アールメンの街でセオドア特使やミリエラ校長を訪ねて話をしたが、その途中でラフィニアの姿が戻ったからだ。
「あ、ああ……可愛いな。とても……」
そうシルヴァが言った時、イングリスの目の前ににゅっと手が伸びて来た。
その手はラフィニアに抱っこされたイングリスの頭をぐりぐりと撫でる。
「かわゆす」
無表情なので、その口ぶりから感情を読み取る他は無いが、ユアとしても幼女のイングリスは可愛いらしい。
「ユア先輩! おはようございます、お久しぶりです」
「ちっこいおっぱいちゃん、おっぱいちゃんじゃなくなったね?」
「ははは、そうですね……」
「ユア先輩もクリスを抱っこしてみますか?」
「いいの? わーい」
台詞だけは喜んでいるが、表情が少し動いたくらいだ。
ともあれユアがイングリスを抱っこする。
「おー。やわらけー。いい匂いがするね?」
くんくんとイングリスの匂いを嗅いでいる。
「そ、そうですか? ありがとうございます」
「たかいたかーい」
ユアの力なので、幼児のイングリスを頭上に持ち上げることなど簡単だ。
「ははは、それはもっと小さい子にやるものですね?」
「あ、そう? もっと高く?」
ユアがイングリスの体をひょいと上に投げる。
ぽーん。ぽーん。ぽーん。
天井あたりまで飛んだイングリスの体をまた受け止め、また投げ上げる。
「楽しい? ちっこいおっぱいちゃん?」
「いや、そういう意味では……そもそも小さいのは姿だけですし」
「こら、そんな小さい子をそんな風に扱うな、ユア君! 危ないだろう!」
「……メガネさん、羨ましい?」
「そ、そんな事を言っている場合じゃないだろう……!」
「ほい、どぞ」
と、イングリスをシルヴァに差し出そうとする。
「いや、そういう事を言っているのでは……!」
「抱っこしなくていいの?」
「いや、そう言っているわけでは……!」
「じゃあ、どぞ」
「ははは……」
完全にぬいぐるみや小動物の扱いだ。イングリスは思わず苦笑する。
「むぅ……し、仕方ないな……」
シルヴァが手を出そうとして――
「やっぱだめ」
ユアがひょいとシルヴァの手からイングリスを引き離す。
「……!」
「セクハラ、よくない。小さいのは姿だけだから」
「そ、そんな事は分かってる……!」
「がっかりした? やーい」
「こ、このおおぉぉ……っ!」
「ははは……構いませんよ、シルヴァ先輩さえよければどうぞ?」
「ほ、本当かい、イングリス君!?」
シルヴァの顔がぱっと輝く。
どうやらラフィニアやユアが羨ましかったらしい。
「はい、どうぞ」
「お、おお……! で、では失礼する!」
シルヴァがユアからイングリスを奪い取る。
「ははは、思い出すよ。うちは兄さんと男兄弟だから、妹が欲しくってね」
「あははは、シルヴァ先輩がそんなに嬉しそうなのって始めて見たなあ。さっすがちっちゃいクリスの破壊力は凄いわね~♪」
ラフィニアがうんうんと頷いている。
だが嬉しそうなシルヴァの前に進み出る人影が一人。
「シルヴァ先輩! 次はわたくしに! わたくしにも抱っこさせて下さいませ!」
物凄く目をキラキラさせてそう言うのは、リーゼロッテだった。
休暇で暫く顔を見ていなかったが、元気そうで何よりである。
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