第378話 16歳のイングリス・レオーネの帰郷6
「レオーネを狙った、刺客だね。でもアールメンとは関係ないと思う」
「刺客……アールメンとは別の……!?」
「どうしてそれが……?」
ラフィニアとレオーネの問いに、イングリスが応じる前に――
「ゴアアァァァッ……!」
「五月蠅いわね、少し静かにしていて欲しいのだけど」
一体の不死者を連れたエリスが、姿を見せる。
不死者は荒縄で念入りに、身動きが取れないように拘束していた。
「「エリスさん……!」」
「エリス様……!」
「良かった、無事見つけられたようね。これ? 証拠に一体くらい拘束して、セオドア特使に引き渡した方がいいと思って……ね」
「そうですね。セオドア特使ならば、これを行った魔印武具や天上人に見当がつくかもしれません」
「……宿題が山盛りだわ。少し申し訳ないわね」
「ふふっ、そうですね。ほらレオーネ、見て。これは不死者……魔印武具や天上人によって人が変えられてしまった状態だよ。ゾンビとか吸血鬼とかって考えればいいよ」
「そ、そんなの怪談とか伝承の類でしか……!」
「それを実際に生み出す力を誰かが使ったんだよ。それでレオーネを襲わせた……最初は普通の騎士のふりをさせて、ね。斬られても全然死んでなくて、倒されたふりをしてレオーネが近づいたら跳び起きて襲うつもりだったんだよ。さっきのレオーネの状態なら、不意打ちをされたら危険だったと思う……そこまで相手は計算してたんだよ」
レオーネは、アールメンの騎士を斬る事になってしまったとショックを受けていた。
そんな茫然自失の状態で近づいたら、即応できずにかなり危険だっただろう。
「……! そんな……! だ、誰がそんな事……!」
「誰かは分からないけど、これまでアールメンにいた時はこんな事無かったでしょ?」
「も、勿論よ……!」
「だったら、アールメンの人達の仕業じゃないと思うよ? 元々こんな事が出来るなら、先にやってるはずだから」
「…………」
「不死者の元にされた人達も、アールメンの人じゃないね、きっと……これだけの人数の騎士が行方不明になったら目立つし、外にいる人達にそんな素振りは無かったし、多分アールメンの外から連れて来たと思う。調べてみたらわかるよ」
「そうね、それも調べて貰いましょう」
イングリスの言葉にエリスが頷く。
「ね? きっとこれは、レオーネの思ってるような事じゃないと思うよ?」
「ほ、本当……? 私がアールメンの人達を斬ったんじゃないの……?」
「そうそう、そうよ! じゃあ外にいる人達に聞いてみましょ!」
「そうだね、論より証拠だね」
彼等がオルファ―亭に詰めかけていてくれて、助かった。
すぐにレオーネに彼らの話を聞かせてあげることが出来る。
そして彼等が、微妙に憶病で外でまごまごしていてくれて助かった。
積極的にレオーネと会おうとして中に入っていたら、異変に気付いて館に踏み込んでしまったかもしれない。
そうなると不死者の餌食になっていた所だ。
そうなればレオーネは深く傷つく事になってしまっただろう。
レオーネを引き連れて外に出て、詰めかけていた騎士や住民達に話を聞いてみると、皆首を横に振った。
「最近行方知れずになった騎士などはいません……!」
「ああ、私も聞いた事は無い……!」
「この顔に見覚えのある人はいませんか? かなり人相も変わっているかもしれないけれど……危険だから、あまり近づかないようにしてください」
エリスが縛り上げた不死者を指差す。
「いいえ、ありません」
「私も」
「俺も」
「あたしもだよ……!」
これにも皆首を振る。
「では、答え辛いかも知れませんが……レオーネが戻った事を知り、過剰に反応していたり、襲撃を企てていたような人物に心当たりは……?」
そのイングリスの質問には、一番強い否定が返って来た。
「馬鹿な……! そんな者はいない! アールメンの騎士仲間は皆、これまでの自分の言動を恥じたんだ……!」
「そうだ……! 我々はオルファ―家の事に拘り過ぎて、彼女自身を見ていなかった……! だが、それにもかかわらず彼女はこのアールメンを守る戦いで、皆の先頭に立ってくれた! 命を救われた者も少なくないんだ……!」
「ああ、だからこれまでの非礼を詫び、先日の戦いの感謝をしこそすれ……! 襲撃をして傷つけようなどと、とんでもない! そんな者は我々アールメンの騎士には一人もいない……!」
それを聞き、イングリスはレオーネに微笑みかける。
「だって、レオーネ。刺客とこの人達の言う事と、どっちを信じる……?」
「み、皆さん……」
レオーネが声を震わせて涙ぐむ。
これは地下室で震えていた時とは別の意味を持つ、涙と震えだろう。
「済まなかった、レオーネ殿……!」
「我々の仕打ちを、どうかお許し頂きたい……!」
「そしてありがとう、君のおかげで我々はあの戦いで命を救われた……!」
皆が勢ぞろいして、一斉にレオーネに頭を下げていた。
「い、いえ……! いいんです、頭を上げて下さい……! ありがとうございます、私の事を見てくれて……! ありがとうございます……」
声が詰まって、涙があふれていた。
「良かったね、レオーネ……!」
ラフィニアも嬉しそうだった。
「良くないけどね、街の人のふりして刺客が襲って来たんだから」
そう言ったイングリスを、レオーネがひょいと抱き上げて抱きしめる。
「良くなかったけど、良かったあああぁぁぁ……っ!」
まるでぬいぐるみ代わりのように、顔を埋めて泣かれた。
普段落ち着いているレオーネにしては大げさな動きだ。それだけ嬉しかったのだろう。
ただラフィニアに言った通り、喜んでばかりはいられないが。
レオーネの命を狙うような刺客を放ってくる輩が現れたのだ。
アールメンの騎士達の仕業でないことはほぼ確実だろう。
こんな事をするつもりがあるならば、レオーネが騎士アカデミーに発つ前に行っているはずだ。
彼等はレオーネを邪険にはするが、直接危害を加えるようなことはしてこなかった。
それが急にこんな過激な行動に出るの不自然だ。
外部からの力が加わっているとなると、その動機がオルファ―家にまつわる事情かどうかすらも判断できない。
全く別の理由である可能性も大いにある。
イングリスとしては、別の理由があるような気はしている。
レオーネとオルファ―家に関しては、レオーネは見直されるようなことはしても、これまで以上に怒りを買うような行為はしていない。
となると、この襲撃の意図は何だ? 襲われるのはレオーネだけで済むのだろうか?
ここアールメンが新たな騎士団の拠点化されようとしているのにも、何か関係があるのだろうか?
そうなってくると、権謀術数や陰謀の類になって来るか。
ともあれ、不死者を産み出し操る力だ。
魔印武具か天上人かは分からないが、これは特筆すべき力だ。
特筆すべきという事は、強く、そして目立つ。
これを追えば詳細は明らかになるだろう。
どこの誰の仕業かは知らないが、もっと上位の不死者、不死王と呼ばれるような極上の不死者でも繰り出して貰えれば、戦いとしては楽しめる。
不死王の力は神竜にも匹敵するはずだ。
武公ジルドグリーヴァとの戦いに備えて、今のイングリスには更なる実戦経験を積み力を高める事が急務である。
強敵の影が見え隠れするのは、必ずしも悪い事ではない。
「ふふ、良かったね。ふふふ……」
イングリスは微笑みながら、自分を抱きしめて顔を埋めて来るレオーネの髪を撫でる。
「何か怪しい笑顔ねえ……」
流石ラフィニアは、とても鋭かった。
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