第375話 16歳のイングリス・レオーネの帰郷3
「え……? どうしたんですか、エリスさん?」
「危険とは!?」
「こらクリス、喜ばない!」
「可能性、だけれどね……二人だけでいらっしゃい。他の皆さんはここで様子を見ていて下さい」
そう言うエリスの後に続いて、イングリス達はオルファ―邸の庭を館へと近づいて行った。途中にエリスが着陸させた星のお姫様号が置いてあり、そこに差し掛かると、イングリスとラフィニアにもエリスの言葉の意味が分かった。
「……! これは、血の匂い……!?」
「ホントだ……な、何かあったのかな……!? レオーネは……!?」
「確かめるわよ、行きましょう」
三人は館の扉の前まで進む。
扉は僅かに開いていて、すぐに押し開けそうだった。
イングリスが先頭に立ち、扉の取っ手に手をかける。
「開きます……!」
大きく扉を開き、中に踏み込む。
そこは広間で、突き当りにすぐ大階段が見える。
そこに何人かの人間が、血を流して倒れているのが見えた。
格好からして、騎士風の男達である。
「人が……!?」
「何があったというの……!?」
外から感じた血の匂いから、予想できた光景ではある。
いや、予想可能な最悪の出来事はレオーネが倒れている事だったので、それに比べればましと言えなくも無いかも知れない。
が、いずれにせよ只事ではない光景であるし、レオーネの安否が非常に気がかりになってくる。
「た、大変……! だ、大丈夫ですか……!?」
ラフィニアが倒れている騎士達の安否を確認のために駆け寄ろうとする。
「待って、ラニ!」
イングリスはその腕を掴んで止める。
「で、でも無事なら早く治してあげないと、大変な事に……!」
「大丈夫。無事かどうかは分かってるから」
「え……? じゃあもうダメなの……?」
ラフィニアの顔が曇る。
もう皆事切れているのかと、そう思ったようだ。
イングリスは首を振って、ラフィニアに応じる。
「ううん。そうじゃないよ、見てて」
ぴっと指を一本立て、倒れている騎士風の男へと指先を向ける。
「お芝居は止めて、起きて下さい」
霊素穿!
イングリスが放った光線が倒れている男に向かう。
掠めるように狙ったが、それが着弾する前に――
「ガアアアアァァッ!」
唸り声を上げた男が飛び跳ねて、霊素穿の軌道を躱して見せる。
その動きは俊敏で、血を流す程の怪我の影響は微塵も感じさせない。
見た所足の腱を斬り裂かれているように見え、無論血も流れているのだが、それが無かったかのような動きだ。
そして顔つきや目も尋常ではなく、異様に目を剥き、爛々と輝かせている。
更には歯が異様に鋭く、肥大化し、特に犬歯が刃のように研ぎ澄まされていた。
「な……!? 何これ……!?」
ラフィニアが驚いて声を上げる中、男は剣を腰だめに、真っ向からイングリスに突撃してくる。
我が身を顧みない、捨て身の戦法である。
常人離れした俊敏さと言い、かなり恐ろしい刺客だと言えるだろう。
「速い……!」
その動きはエリスすら、そう漏らす程だった。
だが――
ぴたり。
男の剣先はイングリスの眼前でぴたりと止まる。
二本の指で挟んで止めたのだ。
その力で男が押しても引いても、剣は全く動かなくなる。
「ふむ……中々の力です。やはり動きといい常人離れしていますね」
イングリスはにやりと笑みを見せる。
割と悪くない手応えだ。
もう数十体ほど追加して頂けると中々楽しめそうではある。
「魔石獣でもないし、魔印武具も使っていない……! これは一体……!?」
エリスにも見覚えのない現象のようだ。
「魔印喰いって怪人とも違う……! ね、ねえクリス、何なのこれ……!? この人達、変よ……!? どうしちゃったの!?」
「不死者だよ」
「不死者?」
「うん。ゾンビとか、吸血鬼みたいな」
「ええっ……!? そんなの、お伽噺とか怪談の中の話でしょ……!?」
「でもほら、実際目の前にいるし。竜だって物語の中だけの存在だと思ってたのが、実際にいたでしょ?」
「そ、そうだけど……」
「世の中、不思議でいっぱいなんだよ?」
とはいえこれは、竜のような超自然の異世界生物ではなく、人の手の届くものだ。
すなわち魔術的に生み出すことが出来るものである。
イングリス王の時代にあった、禁呪法の類だ。
人をこのように変化させる魔術は余りにも人の道に外れると判断したゆえ、イングリス王は魔術の普及には努めたものの、不死者を生んだり操るような魔術は邪法、禁呪法として厳しく禁じた。
強力な魔術ではあるが、後の世には必要ないと判断した。
それが、どれほどの時が過ぎたかは分からないが、こうして使われて目の前にその犠牲者がいる。
魔印武具によるものか、あるいは天上人の魔術によるものか、それは分からない。
「……でも、ちょっと憂鬱だね」
イングリスはため息を吐く。
人が良かれと思って禁じたものを。
つくづく、時間というものは残酷だ。
前世の自分が行った事は全てどこかへ消し去られてしまった。
ここでもまた一つ、それを感じさせられた。
やはり時間が経てば消え失せる大義や理想よりも、自分の楽しみを突き詰めて生きて行こう、改めてそう思わされる。
イングリス・ユークスとしての人生は、最後の瞬間に後悔を残さない。
ああ楽しかった、やり尽くしたと笑って大往生を遂げるようにしたいものだ。
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