第372話 16歳のイングリス・お見合いの意味24
「もークリスじゃないわよ! 別にいいけど!」
「だってラニが可愛いし!」
「クリスもね!」
「ははは、そうよね。お互いに可愛いわよね……」
「ええ、できればわたしが元の姿で小さいラニを抱っこもしてみたいですが」
「あ、それあたしも思うー! おっきいあたしでちっちゃいクリスを抱っこしたい!」
「先に戻った方が役得だね」
「うん、恨みっこなしだから!」
こちらはこちらで元に戻る気配がまだ無い。
そろそろ真剣に考える必要があるかも知れないが。
だがとりあえず今は――
「お邪魔しました、エリスさん」
「どうぞ、抱っこして下さい!」
エリスを元気づけるためにも、抱っこされておく。
「二人も……可愛いわね」
イングリスとラフィニアを二人抱っこして、エリスは微笑む。
嬉しそうで何よりである。
「……このまま武器化が出来ない状態を続けるわけには行かないし、私は明日にでも王都に戻る事にするわ。もう体の方は問題ないから」
「エリスさん。やはりセオドア特使に申し出て、天上領で治療を?」
「ええ、せっかく武公自ら段取りをしてくれたのだし、好意に甘えましょう」
「天上領……だ、大丈夫よね? クリス?」
「少なくとも、ジル様は純粋に好意で言ってくれたと思うよ? 次に手合わせする時にわたしの武器が不完全だったら、戦い甲斐がないって思ったんだろうし……そういう人だから、あの人は」
「……本当に男版のあなたみたいな人物だったわね。呆れるくらい馬が合っていたわ」
「ジルさんが降りて来てから十秒くらいでもう戦ってたしね……」
「エリスさんには申し訳ありませんが、とても楽しかったです! 虹の王の時のように負けたら大勢死者が出るという状況でもありませんでしたし、純粋に楽しめました! 再戦が楽しみですね!」
イングリスは戦いを思い出して目を輝かせる。
どちらが勝つとも言い切れない、拮抗したいい戦いだった。
やはりああいう戦いを数多く経験してこそ、自分の成長に繋がるのだ。
しかも武公ジルドグリーヴァはイングリスと同じく、力に大義や理想を求めないタイプだ。理由などない、単に楽しいから純粋に力を突き詰めるのだ。
だからお互いの手合わせを心から楽しめる。
好きこそものの上手なれ、である。
「だけど浮気はダメだからね、クリス! ジルさんがいくら偉い天上人でも、あたしはクリスの恋人はラファ兄様しか認めないんだから! だから次も絶対負けちゃダメよ!」
めっ! と注意するようにラフィニアは言う。
「い、いやあ……わたしは恋人とか要らないから、興味ないし」
強敵は産んで増やせばいいというあの説得には一理あったが、やはり心情的には今述べた通りだ。
「……政治的に考えれば、大ありではあるけれどね……地上と天上領の隷属関係は確実に和らぐでしょうし、あなたとあの人の子なら、命を失わずに天恵武姫を扱う才能を受け継いでくれるかもしれない」
「……だ、ダメえぇぇぇぇっ! それでも絶対ダメですっ!」
ラフィニアは手で大きくバツを作って抗議する。
ぷんぷんする表情が可愛らしい。
「ははは……そうね、こういう事は本人達の気持ちが一番大事でしょうしね」
「大丈夫だよ、ラニ。次は絶対勝つから!」
「ホントよ! 頑張ってね!? あとラファ兄様と戦う時は負けてね!?」
「わたしはいつどこで誰が相手でも、戦いには勝つからっ!」
決意を新たにするイングリスだった。
「……じゃあそれまでに私も万全になって、今よりも強くなっておかなくてはね……今度は強度で負けないように。今の身体でより修練を積めば、武器化した時の強度も上がるのかしら……?」
「それは、わたしにも……セオドア特使ならば何か御存知ではないでしょうか?」
「そうね。単に元に戻るだけでなく、より強くなる方法が無いか……天上領で可能性を探ってみたいわね」
「では、わたし達も一緒に王都に向かいます。途中でエリスさんの身に何かあっては大事ですし、わたし達の状況をセオドア特使やミリエラ校長に相談もしたいので」
「そう? 分かったわ、では一緒に行きましょう」
「ラニもそれでいい?」
「うん。もう十分ゆっくりしたし、みんなの元気そうな顔も見れたしね」
エイダから請け負ったアリーナの魔印武具の改造も済ませてあるし、今回の帰省でやり残したことは特にないだろう。
ラフィニアがイングリスの問いかけに頷いた直後、訓練所の入口の方から声が響く。
「ラフィニア様! イングリス様!」
それは若い女性の、エイダの声だった。
振り向くと隣にアリーナも伴っている。
勉強を終え、訓練の時間だろうか。
「エイダさん」
「エイダ、何かあったの? また何か事件?」
「いえ、そうではありませんがお届け物が」
「「お届け物?」」
顔を見合わせるイングリスとラフィニアに、アリーナが何かを差し出す。
「はい、ラニお姉ちゃん、クリスお姉ちゃん、お友達からお手紙だよ!」
便箋の裏側に描かれた綺麗な字の名前は、レオーネのものだった。
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