第368話 16歳のイングリス・お見合いの意味20
「ええ、では――」
イングリスはじりじりと、摺り足で慎重に間合いを詰める。
武公ジルドグリーヴァの間合いのギリギリ一歩外まで、このままで近づくつもりだ。
武器の破壊力や強度、剣速の優劣は実際にお互いの物をぶつけてみないと分からない。
だが一つ確実に言えるのは、攻撃の間合いではこちらが圧倒的に劣る。
腕の長さでも獲物の長さでも、完敗だ。
こちらの斬撃を武公ジルドグリーヴァに当てようと思うなら、相手の攻撃を一度は捌く事が必須になるだろう。
反応不可能な速度で間合いを駆け抜け、攻撃を叩き込めればその限りではない。
が、武公ジルドグリーヴァはこれまでのイングリスの霊素殻を全開にした動きにも対応してきた強者である。
恐らく望み薄であるし、逆に反応してくれないと期待外れで面白くない。
お互い特に理由も打算も無く、手合わせに興じる事が出来る同好の士である。
願わくば極めて近いギリギリの戦いを、何度でも楽しみたいものだ。
更に言うと、武公ジルドグリーヴァに一切反応させずに間合いを侵略する有効打は、存在するには存在する。
神行法だ。
あれは早さがどうこうの次元の話ではなく、距離を跳んでそこにいる事にする神の業だから、いきなり最接近する事は出来る。
それで彼の背後に跳べば、迎撃する事は不可能だろう。
が、無粋だ。
それで相手の全力を出させずに勝つことは、単に勝つための行為であって、己の武を極めるための行為ではない。自分のためにならないのだ。
やはり、ここは――!
武公ジルドグリーヴァの剛剣の間合いの、丁度ぴったり一歩外。
イングリスは身を屈め、思い切り地を蹴って駆け出す。
イングリスの小さな足に蹴られた地面は激しくひび割れ崩れ落ちるが、その音は武公ジルドグリーヴァの耳に届かない。
その前にイングリスの小さな体が、超高速で迫って来るからだ。
武器の間合いで劣るのを理解しながら、なお真っ向から踏み込んで来る。
清々しいくらいの豪胆さだ。
気に入った。とにかく気に入った。
イングリスが将来は絶世の美女になりそうな美しさを秘めているからとか、そういうわけではない。何なら少年でも、枯れた老人でも構わない。
とにかく同じ武人として、人間的に気に入ったという事である。
「いい度胸だ! そらあああぁぁぁぁぁぁっ!」
イングリスの予測通り、こちらの動きに反応した武公ジルドグリーヴァは、超巨大剣を叩き下して来る。
捉えられたのは、剣の間合いの半分と一歩内側か。
ほんの少しだけ、こちらの速度が勝ったかもしれないが、誤差の範囲である。
真っ向から振り下ろされ、目の前に迫る分厚い黄金の刀身。
これを見たら、受けてみたくなるのが武人の性というものだ。
「はあああああぁぁぁぁぁっ!」
イングリスはエリスの双剣を交差させ、頭の前で交差させる。
そこで全力で足を踏ん張り、老紳士カラルドの変化した超巨大剣の刀身を受ける。
ガキイイイイイイイイイイイイィィィィィィンッ!
ここだけでなく、ユミル中に響き渡りそうなほどの大音声。
体が幾分か縮んでしまいそうなほどの衝撃が、イングリスを圧し潰そうとする。
イングリスは堪えたが地面の方は堪え切れず、更なる崩壊を起こす。
元々のクレーターが、更に何倍にも広がってしまった。
「よく受けたなぁ! イングリス!」
「お褒めにあずかり、光栄です……!」
イングリスはこちらを圧し潰そうとする剣を、力で押し返そうとする。
少しずつ超巨大剣のほうが押されて行く。
イングリスは両手の双剣で受けているが、あちらは片手で剣を振った。
その違いである。
「ぬううぅぅっ!? なんて馬鹿力の幼女だよ……! こんにゃろめぇぇぇっ!」
嬉しそうに笑いながら、剣に両手を添える武公ジルドグリーヴァ。
これで互角のせめぎ合いに。
しかし――
ピシッ……!
僅かに刀身にヒビが入ったのは、エリスの双剣の方だった。
あちらの剣を組み止めている個所から、左右両方とも。
「エリスさん……っ!?」
『うぅぅぅぅぅ……っ! だ、大丈夫、私は大丈夫だから……!』
そうは言うが、頭の中に響いてくる声は明らかに辛そうだ。
双剣が傷つくと、エリス自身も痛みを感じている様子だ。
もし完全に破壊されてしまったら、どうなってしまうのだろう。
流石に、とても試してみる気にはならない。
完全体、かつ人を取り込んで進化までした虹の王を易々と斬り裂いた
エリスの双剣を破損させるとは、この超巨大剣の威力は驚愕すべきものだ。
ビシビシッ……!
更に広がる刀身の亀裂。
『あうぅぅぅぅぅっ!?』
「……いけない!」
これ以上は鬩ぎ合いを続けていられない。
イングリスの方はまだしも、エリスの方が持たない。
これ以上戦いを強要する事は出来ない。
とは言えこの力比べの態勢をすぐに脱するのは容易ではない。
ならば、打つ手はこれしかない!
――神行法!
次の瞬間、イングリスの姿はその場から消え、武公ジルドグリーヴァのすぐ背後に出現していた。
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