第355話 16歳のイングリス・お見合いの意味7
「おおおお……! そんな事出来るようになったの……!?」
「うん、校長先生やセオドア特使に教えて貰ったり、技術書を読ませてもらったから。折角だからやってみるね? 魔印武具を強く出来れば、アリーナちゃんの訓練にもいいだろうし」
「わあ……ありがとうクリスお姉ちゃん!」
「助かります、イングリス様!」
イングリスとしては、これまで魔印武具自体にはそれほど興味を持って来なかった。
主な注目点は、魔印武具の奇蹟で再現可能な便利そうなものを見て学ぶ、という事だった。
物理的な本体については、自分が霊素を込めてしまうと破壊されてしまうため、頼りにはならないと考えていた。
一度レオーネの黒い大剣の上級魔印武具に霊素を浸透させた時に破壊されてしまったので、それ以上は興味を失っていた。
それが変わったのは、やはり究極の魔印武具たる天恵武姫を手にして虹の王と戦ってからだ。
エリスとリップル、天恵武姫の性能はイングリスが思っていた以上に凄まじかった。まさに究極という名が相応しい存在だった。
天恵武姫は他と大きく存在が異なるとはいえ、魔印武具はそこまでの力を持てるという事だ。
となれば既存の魔印武具に調整や改造を施すことで、イングリスの霊素に耐え得るものが出来ないかを試してみたくなったのだ。
だから機会を見つけては、ミリエラ校長やセオドア特使に魔印武具の構造について教えを乞うている。
目指すは神竜フフェイルベインの竜鱗の剣と同等の強度である。
あれはフフェイルベインの鱗をまとめて叩いて剣の形に成形しただけの急ごしらえだったが、イングリスの霊素を受けきってくれて、とても良い武器だった。
残念ながら虹の王との戦いで失われてしまい、代わりも無い。
新しい武器が欲しい所なのだ。
霊素を受け切る強度と、奇蹟の一つでも持たせられれば万々歳という所だろう。
無論エリスやリップル達天恵武姫には及ばないだろうが、イングリスとしては天恵武姫を単なる武器だとは思えず、どうしてもエリスやリップルの力を借りるという印象になってしまう。
それは自分自身の武を極めるという事とは、少々違う気がするのだ。
竜鱗の剣やまだ見ぬ強化型魔印武具は、自分の武器として受け入れる事は出来るが。
という事でイングリスはエイダから受け取った魔印武具を受け取って、一度生家であるユークス邸に戻り、母セレーナと水入らずの時間を過ごした。
ラフィニアも伯母イリーナと水入らずだ。
きっと、お見合い相手の誰がいいとか、色々話したのだろう。
が――その件に付いてはこちらから手を打つ……!
夜になって、イングリスはもう一度エイダの元を訪ねた。
エイダはユミルの城内にある詰所で、書類仕事をしている様子だった。
アリーナはもう眠っている時間だろうか。
「エイダさん。失礼します」
「あら、イングリス様……! どうなさいましたか? あ、ひょっとして魔印武具の改造がもう終わったのですか?」
「いえ、それはまだ……エイダさんにお願いがあって」
「はい、どういったお願いでしょうか?」
にこにことエイダは応じてくれる。
「これを王都におられる侯爵様に届けて頂けませんか? 申し訳ありませんが、出来るだけ早くお願いします」
内容は勿論、ラフィニアのお見合いを止めてくれるように願い出るものだ。
理由についてもきっちり述べている。
今はまだ、虹の王撃破後の国内の情勢が固まってはいない。
例えば、今後のアルカードとの関係改善の程度をどうするか?
アルカード側からの謝罪を受け入れ、穏便に済ませようという者もいれば、カーリアス国王への暗殺未遂を理由に、アルカードへ攻め入り領地を奪い取る事を望む者もいるだろう。
ヴェネフィクに関しても同じだ。
ロシュフォール率いる騎士団が王都を急襲してきたことを理由に、ヴェネフィクに攻め入ってもいいし、向こう側からの謝罪とそれなりの賠償を前提に、和睦をしてもいい。
こちらもどうするべきか意見の割れるところだろう。
今後王家の方針がどうなって行くのか明瞭でない時に、虹の王の討伐で手柄を立てたラフィニアを迎えたいというのは、発言力を増すために政治的に利用する意図が全く無いとは言い切れない。
それに今後の情勢に関してラフィニアの相手側の家と、ビルフォード侯爵とで方針に関する考え方に違いが出る場合、政治的対立相手にラフィニアを取られるような事態になりかねない。
今は縁談をする場合ではなく、慎重に様子を見るべき――
というような事を滔々と書き記してある。
これはつまり、ビルフォード侯爵に対してこう言えば止められるという入れ知恵をしているわけである。
イングリスが言うのとビルフォード侯爵が言うのとでは、話はまるで違って来る。
同じ言葉でも、誰が言うかによってその重さは全く変わって来るのである。
最も効果的な人に言って貰うのだ。
あとは一言、わたしはラニがもう縁談だなんて寂しいし嫌です、と本音を書き記しておいた。
同じ父性を以てラフィニアを愛する者同士、ビルフォード伯爵はイングリスの気持ちを分かってくれるはずだ。そう信じる。
これで上手く行かなければ、その時は実力行使も検討せねばなるまい。
「はい、分かりました。ではさっそく人を向かわせますね。我々にも少数ですが機甲鳥を与えて頂きましたから、昼夜を問わず進めばかなり早く侯爵様の元にお届け出来ます。本当に便利になったものですね」
イングリス達の星のお姫様号を使って貰う手もあるが、それをすると、ラフィニアが星のお姫様号を使おうとした時に気づかれてしまう。
ここはユミルの騎士団の機甲鳥をお願いするしかない。
「そうですね、ではよろしくお願いしますね?」
「ええ、お任せ下さい」
エイダは笑顔でイングリスを見送って、そして呟く。
「良かったわ。もう少し遅ければ、ラフィニア様のお手紙とバラバラに届けなければいけなかったわね」
イングリスが訪れる少し前に、ラフィニアも手紙を置いて行ったのである。
10分前――ラフィニアは詰所のエイダを訪れていた。
「エイダ! お願い、この手紙を王都にいるはずのラファ兄様に届けて欲しいの! 出来るだけ急いで……!」
「火急の知らせですか……!? 分かりました、すぐに機甲鳥の支度を致しますね」
「うん、ありがとう! ふふふ……これでクリスも……!」
ラフィニアは如何にも怪しげな含み笑いをしていた。
「ど、どういう事ですか、ラフィニア様……?」
「ほら、さっき言ったでしょ? クリスがわたしを倒せたら結婚してやる! って言って、お見合い相手と戦おうとしてるって」
「ええ。そうですね」
「ふっふっふ……クリスってば絶対自分が勝つからって安心してるけど、世の中に絶対なんてないのよ……!」
「と言うと?」
「ラファ兄様よ。ラファ兄様を呼ぶの……! お見合いでクリスを出来るだけ疲れさせて、最後にラファ兄様に飛び入りして貰ってクリスを倒すの! そしてラファ兄様とクリスが婚約する! だってクリスが自分で言ったんだし、武士に二言は無いはずよ!」
「まあ、それは……いいですね! そうなればこのユミルの将来も安泰です!」
「でしょでしょ? クリスはあんなだし、ラファ兄様も奥手だから、これは考えようによってはいい機会なのよ!」
だからこそ、イングリスがイングリス流のお見合いをすると言い出した時、ラフィニアもそれは強く止めなかった。自分のお見合いを邪魔されるのは勘弁だが。
やはりラフィニアとしては、イングリスが恋をするならその相手はラファエルがいい。
将来的には結婚して、ユミルを継ぐラファエルの侯爵夫人になって欲しい。
本音を言うと、イングリスがラファエル以外の人間とお見合いをするのは嫌だ。
自分はお見合いに興味があるため、イングリスにするなとは言い辛いが。
「では、このお手紙は重要ですね!」
「うん! そうよ! しっかり頼むわね!」
「承知致しました!」
そして、ラフィニアは詰所を後にして行った。
翌日から、イングリスとラフィニアは久しぶりの故郷ユミルを満喫した。
久々に城下町で食べ歩きをしたり。
馴染みの仕立て屋に顔を出して、新作の服を着させて貰ったり。
騎士団と一緒に魔石獣討伐に繰り出してみたり。
それらにアリーナも一緒について来て貰うと、また別の楽しみがあった。
遊ぶだけでなくアリーナの勉強を一緒に見たり、お城の書庫からアリーナが読める本を探したりもした。
そして夜は、イングリスは自室で一人で魔印武具の改造である。
そんな日々が、数日間。ゆったりと流れて行った。
――お互い、エイダに託した手紙については伏せたまま。
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