第354話 16歳のイングリス・お見合いの意味6
「あっはははは! そうよねえ? そうなのよ! でもそれがクリスだから、見習っちゃダメよ~? アリーナちゃん」
ラフィニアが可笑しそうに笑う。
そしてアリーナの頭を撫で撫でしていた。
「あはははっ! そんな事を仰ったのですか、イングリス様。血は争えませんねえ、昔のセレーナ様にそっくりです……!」
エイダも可笑しそうに笑っていた。
「だってそうでもしないと、わたしは楽しめないし! やっぱり何事も楽しまないと!」
「その楽しみ方に問題があるって言ってるんですけど……? あたしは」
「でも、クリスお姉ちゃんが戦っている所を見られるのは楽しみ……! だって世界で一番強い魔石獣を倒した人なら、世界で一番強いんだよね……!? 私も騎士を目指すんだから、凄い人を見て勉強したい!」
アリーナは憧れの瞳でイングリスを見ている。
とても可愛らしい。純粋な子だ。
そんな風に見られたら、期待に応えたくなってしまう。
「わたしなんて、まだまだだよ? だけどアリーナちゃんが楽しみにしてくれるなら、頑張るからね?」
「だめよ、頑張り過ぎたら……早過ぎて見えないんだから、それじゃ見学にならないわ」
「あ、あり得ますね……素手で魔石獣の群れをかく乱している時点で、イングリス様の動きは早過ぎて、目で追うと首が疲れてしまうほどですから……あれからますます腕を上げておられるとなると――」
「そ、そんなに……!?」
「ふふっ……楽しみにしててね? それよりエイダさん、アリーナちゃんの事で何か困り事はありませんか? わたし達に協力できることならさせて頂きたいのですが」
「そうですね。あえて言えば一つ……」
「何でしょう?」
「あたしも協力するわよ!」
「先程もお話ししましたが、アリーナは上級印の持ち主です。下級の魔印武具の扱いは簡単に出来るようになってしまいましたが、この子に渡せる中級以上の魔印武具が無いのです。この素質を一番活かすためには、できれば上級の魔印武具を手に入れてあげられるのが一番ですが……ユミルでは、なかなか……」
これもイングリスの普段の環境のゆえだが、上級の魔印武具は通常そんなに簡単に手に入る代物ではない。
魔印武具は天上人から下賜してもらう必要があるが、その代償に献上しなければならない物資はかなりのものである。
下手すれば村一つ町一つが一年食えるとか、それ程の物である。
ラフィニアの愛用する弓の上級魔印武具である光の雨も、手に入れるのにビルフォード侯爵はかなり苦労をしていた。
「なるほど……それは少々問題ですね」
「お金かあ……騎士アカデミーから魔印武具を借りられればいいんだけど……」
「いや、あれはアカデミーの備品だから。そんな事言ったら誰だって欲しいって言うよ」
「そうよねえ……流石にそれはまずいわよね」
「侯爵様は何と?」
「何とか出来ないか考えるとは仰って頂いていますが……ユミルの財政もあまり良くはありませんから」
「うーん……よし、ならば!」
イングリスはぽんと手を打つ。
「その魔印武具を少々わたしが預からせて貰っていいですか?」
イングリスが指差すのは、アリーナが持つ戦槌の魔印武具だ。
「ええ、同型がもう一つありますから、それをお預けしましょうか?」
「はい、お願いします! それと他にも、余っている魔印武具があればそれを」
「はい、承知しました」
「どうするの、クリス?」
「ん? 改造だよ?」
イングリスはにっこり笑ってそう応じた。
王都では一連の事態への事後処理がまだ続いているのだが――
この一月あまりで、騎士アカデミーのほうに色々と新たな動きがあった。
イングリスが鹵獲したヴェネフィク軍所有の飛空戦艦の修復。
そして騎士アカデミーへの配備。
新たな有力な教官の採用。
それに、魔石獣化した人間を元に戻すための研究の着手。
飛空戦艦の修復や、研究はセオドア特使の協力も得られている。
特に最後は、セオドア特使としては妹のリンちゃん、すなわちセイリーンを元に戻すためのものでもあり、力の入れようが違うだろう。
地上の人間と天上人では、その難易度に差があるのかも知れないが、目指す所は同じだ。
ただこれは、困難を極める事になるとは思う。
イングリスより霊素の技巧に優れる、血鉄鎖旅団の黒仮面がそう言っていたのだ。
魔石獣化した者を元に戻すのは不可能だと。
となると、少なくとも彼の技術力を上回るものが必要になって来るはずだ。
が、果たしてそれが可能なのだろうかと言われると、決して断言は出来ない。
イングリスとしても、もちろん協力するつもりはある。
時折ミリエラ校長やセオドア特使の研究室に出入りしているのだが、そこで魔印武具の構成技術について学ぶ事も出来た。
流石に何もない所から魔印武具を新造する事は難しい。
が、既存のものを調整したり改造したりは出来そうだ、という手応えは掴んでいる。
それを今試してみようという事だ。
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