第351話 16歳のイングリス・お見合いの意味3
「ええ……そうね。でも今のあなたは……特級印こそ無くても、もしかしたらそうなってしまっているのかも知れない……」
物憂げな表情の母セレーナ。
「い、いえ、決してそんな事は……」
母の言いたいことは分かる。
特級印を持ち人々の英雄たることを求められてしまう生き方。
だがそれが無くとも、同じ結果を残してしまえば、今後もそれが求められると。
そう思えてしまうのかも知れない。
実際の所は違う。
世のため人のためというつもりはさらさら無く、ただ自分の楽しみのために。
武を極めるために強敵を求め続けていたら、虹の王と対決する機会を貰った。それだけである。
今後同じことがあるとしても、それもまたイングリスの望んだ戦いである。
まあ逆に言えば、生き方を縛られているのかも知れない。
強敵にはどんな謀略の限りを尽くしても戦いの機会を作り、良い修行として己を高め続けるという縛りに。
縛られているというより、自ら望んで縛っているのだが。
ただ、やはりそれを母に対して堂々と宣言するのも憚られて、言葉を濁してしまう。
「だったら……そうじゃない所を見せてくれると、お母さんも安心よ? いい人がいるかどうかは分からないけれど」
微笑みながら、まだ見ていない冊子を手渡される。
少し寂しそうな、心配そうな雰囲気もある。
とにかく娘の身を案じて言っている事だけはひしひしと伝わって来た。
それを無下にできないのは、やはり自分がこの人を慕っているからだろう。
「う、うーん……と、取り合えずお話をするだけであれば――」
その位は譲歩しなければいけないのかも知れない。
自分の作戦の失敗がこの事態を招いた。その尻拭いは自分でせねばならないだろう。
まあ今回のこれを乗り切れば、また騎士アカデミーに戻る事になる。
またユミルに戻るのは随分先になるし、そうしている間に舞い込んでくる縁談も減るだろう。
今は国中が虹の王撃破の余韻に浸っているような状況であり、その中心にいたイングリスとラフィニアにとにかく注目が集まっているのだ。
今を凌いで、あとは嵐が過ぎ去るのを待つのみ――である。
「クリスちゃん。誰か気になる人はいるかしら? どういう人が好みだ、とかは?」
「気になる人というか、気になる事なら……全員の方に」
「何が気になるの?」
「う~ん。いえ、この方たちはどのくらい強いのかと……」
「いやいや、それはお見合いには関係ないような――」
「でも母上……! 人生を共にする伴侶とはお互いに助け合い高め合うものでしょう? わたしはまだまだ強くなりたいのです。ですから共に高め合うに足る強さは大事だと思います!」
「う、うーん……そ、そう。そうね……あははは」
苦笑いをする母セレーナ。
それを聞いていた伯母イリーナが可笑しそうな笑い声を上げる。
「あははっ、血は争えないわね~。クリスちゃん、昔のあなたと同じことを言ってるわよ? セレーナ」
「う……ね、姉さん……それはもう昔の話よ」
「どういう事ですか? 伯母様?」
「セレーナが昔騎士団にいた事は知ってる? クリスちゃん?」
「ええ。父上からお聞きしました」
「あの時、騎士団ではセレーナが一番強かったのよ。それで今からは想像できないくらい男勝りでね、自分より強い男にしか興味が無いって言って、言い寄って来る男の人を全員叩きのめしてたのよ」
「そ、そうなんですか……? 母上」
貞淑で物腰が穏やかな母セレーナからは想像できないが――
だが、思い返せば赤ん坊のあの日、イングリスたちが避難していた城の中に魔石獣が突入してきた際は、真っ先に自ら剣を取って戦っていた。
いざという時は勇ましい所があるのは確かだ。あれはその片鱗だったのだろうか。
「む、昔ね。若気の至りというやつよ?」
「それで皆諦めちゃったんだけど、リューク殿だけが何回負けてもへこたれずに挑戦を続けてね? それで何十回目かにようやく勝てて、二人は結婚する事になったのね?」
「へえぇぇ。ホントにクリスがやりそうな事をやってたのね、あのお淑やかな叔母様が」
「今のクリスちゃんなんて、あの頃のセレーナに比べれば可愛いものよ? あの時は髪も短かったし、自分の事はオレだし、とにかくガサツだったんだから」
「や、止めて姉さん……! は、反省はしているのよ? 今はちゃんと、クリスちゃんの母親として、恥ずかしくないようにしているから……!」
なるほど昔を振り返ると、母セレーナからはイングリスの所作については、結構注意をされて来た。
言葉遣いや礼儀作法は元々身に付いていたため何も言われないのだが、女の子らしい所作については結構言われた。例えば、座る時に足を開かないとか。
どうしても元々男性だっただけに所作が男性的になっていたのだが、そこは母セレーナにお淑やかにするように指導を受けた。
その点はいつも優しく寛容な母にしては厳しかったように思う。
それでイングリスの物腰はこうなっているのだが、母セレーナが娘をそう躾けるのは自分自身への戒めの意味もあったのかも知れない。
ともあれ、いい話を聞かせて貰った。
これで、この状況の打開策が思い浮かんだ。
「なるほど……! ではわたしも母上を見習おうと思います!」
イングリスは立ち上がって拳をぐっと握る。
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