第349話 16歳のイングリス・お見合いの意味
故郷ユミル。領主ビルフォード侯爵家の城。
ビルフォード侯爵家におけるお茶請けの規模は、世間一般のそれではない。
母娘水入らずの和やかな空気の中、テーブルの横に並ぶのは、まるで結婚式に出されるかのような、多重構造のケーキである。
そして山のようなそれが、今日は二つ――それが既に消え失せていた。
「それにしても、我が娘達が国の危機を救っただなんて、鼻が高いわね~♪」
伯母イリーナは見るからに上機嫌だった。
「クリスちゃん。あなたが天恵武姫のお二人と一緒に虹の王を撃破したって聞いたけれど……?」
「ええ、まあ――」
「あ、疑うわけじゃないのよ? ただ、驚いて……確かにあなたは、何だか私達に見えないものが見ているような子だったけれど、昔から自分に力があるって分かっていたの?」
「い、いえ……何だか違和感のようなものはありましたが、騎士アカデミーの指導がとても良かったのだと思います」
と、イングリスは言葉を濁しておく。
前世の事、霊素の事、色々な事情はあるが、それを詳しく説明するわけには行くまい。
混乱させてしまうだろうし、何より、得体の知れないもののように思われるのは辛い。
母セレーナの前では、純粋にその娘イングリス・ユークスでいたいのだ。
「そう……本当に凄いわね。偉かったわよ、クリスちゃん。私とお父さんの誇りだわ」
「ありがとうございます、母上」
自分には前世の記憶があり、そこから受け継いだ力もある。
が、この人の娘として、母を慕っている。それもまた事実なのだ。
その関係が壊れるような事は言いたくないし、したくない。
「ねえお母様、叔母様! それで、さっき言ってたお見合いの話って?」
ラフィニアがイングリスの様子を察してか、話題を変えてくれる。
だが変わった先の話題もそれはそれで難ありだった。
「う……忘れてたのに……」
「そうそう、それよリこっちよね……! それでね、王都での戦勝記念の宴で二人を見染められたっていう方が何人もいらしたみたいで、縁談の申し込みを沢山頂いて……」
「それに、アールメンの戦場であなた達に助けられたという方もいるみたいよ?」
伯母イリーナに続き、母セレーナもにこにこと嬉しそうに言う。
「だからね、つまり……あなた達がいくらお転婆で沢山食べても問題ないの」
「そういう姿を一度見た上で、お話を頂いているんだから……ね?」
「いい、ラフィニア……」
「よく聞いて、クリスちゃん」
「「これはチャンスなの!」」
母セレーナと伯母イリーナの声が揃った。
「「この里帰りの間に、お見合いよっ!」」
「お母様、叔母様……! はい、分かりました!」
ラフィニアは目を輝かせて頷いていた。
まあラフィニアの場合本気で結婚がしたいとかそういう話ではなく、単なる興味本位なのだろうが。
それでも――それを認めるわけには行かない!
「ダメッ! ラニにはまだ早いから……! それにわたし達騎士アカデミーの生徒なんだよ? 学業に専念しないと! 母上、伯母上! どうか考え直して下さい!」
「クリスちゃん……」
と、伯母イリーナがイングリスを見つめる。
「クリスちゃんもラフィニアも、もうすぐ16歳よね? ユミルに帰っている間に誕生日になるわよね?」
「え、ええ。そうですが……」
ちなみにイングリスとラフィニアの誕生日は、二日違いでイングリスの方が早い。
もう数日後には16歳だ。早いものである。
「だったら何も早くないわ。私……ラファエルを産んだのが16歳だもの」
「う……っ!?」
不純異性交遊どころか妊娠に出産まで……!
完全に上手というか、次元が違った。
「わぁ、そっかあ。もうそんな年なのよねーあたし達も。それを考えたらお母様って凄いわ。あたし達と同じくらいで、結婚して子供がいたなんて……そこから見たら、あたし達ってまだまだ子供だなぁ」
ラフィニアは尊敬の眼差しでイリーナを見つめる。
「そうよ、ラフィニア。だから決して早過ぎるという事は無いのよ? クリスちゃんはいい子だから、うちの人の言う事をしっかり守ろうとしてくれているけど、気にしなくていいのよ? 確かなお家から正式にお話を頂いているんだから、全然悪い虫じゃないし。それにあの人、本音を言えば娘を取られるのが寂しいだけなんだから」
「うぐ……っ!?」
それは、分かっている。分かっているのだ。
分かっているからこそ、イングリスはビルフォード侯爵を言いつけを忠実に守るのだ。
自分も全く同じだから。ラフィニアを誰かに取られるのは寂しいから。
むしろビルフォード侯爵の命を後ろ盾に、やりたいようにやっているというのが本当の所なのだ。
「で、ですが伯母上……! わたし達はまだ学生です! 騎士になるための勉強なのですから、お国のためにもなりますし、これを止めてしまうのは……!」
「何もすぐ結婚しろだなんて言わないわよ? 確かに、騎士アカデミーは卒業しておいた方がいいものね? だけど将来のお相手をね、今のうちからお話しできておければ安心じゃない?」
「つまり婚約とか、許嫁とか、そういう事でしょうか……?」
「そう! だったらあの人もお許しになるわ。今すぐ娘を取られるわけじゃないもの」
「う、うーん……」
不味い。これは不味いと思う。
上手い反論の手段が見つからない。
まだラフィニア本人が嫌がってくれていれば別だが――
「ねえお母様! それよりどんな人が申し込んできてくれたの? 早く教えてよ~!」
本人はすこぶる乗り気なのである。
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