第347話 15歳のイングリス・虹の王会戦25
カーラリア王国、王都カイラル。王城――
爽やかな早朝の空気に満たされる中、客室の扉が勢いよく開く。
「よーし、今日もいっぱいごちそうを食べるのよ!」
ラフィニアは元気よく伸びをする。
「そうだね。せっかくだから、とことん楽しまないとね」
イングリスも笑顔でラフィニアに応じる。
アールメンにおける虹の王撃破の戦勝の祝宴が、連日王城で催されているのである。
虹の王の復活は国の一大事。
そしてその完全な撃破は、歴史に残る偉業である。
国中の王侯貴族が祝いのために王都へと集い、勝利の立役者であるイングリスとラフィニアは、連日宴に引っ張りだこだった。
そのためアカデミーの寮の部屋に帰る間も無く、ここ数日は王城の客室を借りて寝泊まりしている。
同じような内容のご機嫌伺にお愛想する行為を繰り返すのは面倒だが、宴席のごちそうをお腹一杯食べ尽くす行為を繰り返すのは全く飽きない。
今日は肉か魚かどちらを中心に攻めようか――実に嬉しい悩みである。
「おはよう。今日も元気ね――」
客室を出てすぐの所に、エリスが立っていた。
イングリスとラフィニアが出てくるのを待っていた様子だ。
エリスにしては柔らかい笑みで、こちらを迎えてくれる。
「「おはようございます」」
イングリスもラフィニアも笑顔で挨拶を返す。
その後、ラフィニアがきょとんとした顔をする。
「エリスさん――もう三日も続けて……クリスの事心配してくれてるんですね!」
「え、ええ……怪我もしたみたいだし、何より私とリップルを使った反動が出ないかは、まだ心配だから――」
「ありがとうございます、エリスさん。ですがわたしはこの通り元気ですし、後遺症もありませんよ。安心して下さい」
「分かっているのだけど――ね。どうしても……ごめんなさいね、迷惑だとは思うけど――」
「そんなことは――」
と、イングリスが言う前にラフィニアが前に出た。
「そんなことないですよ! あたし、毎朝エリスさんの顔が見れて嬉しいです!」
「そ、そう――?」
その勢いに、若干エリスも押され気味だ。
「はい! エリスさんってキレイだし、前より表情が明るくなった気がするから――そういうの、見てて嬉しいです」
ラフィニアの屈託のない笑顔がイングリスには何より輝いて見える。
人を見ていないようで、見ている。自然と寄り添っている。
イングリスにとっては、自慢の孫娘だ。
「エリスさん、わたしもラニと同じ気持ちです」
「そ、そう――? ありがとう」
確かに前より、エリスの笑顔が増えた気がする。
「よし、じゃあレオーネ達と合流しに行こ!」
「うん、そうだね――」
レオーネ達は寮にいるが、今日は王城の宴に参加する予定だった。
アルカード方面での戦いを終え、レオンからアールメンが戦場になりそうだという事を聞き、すぐに駆けつけて来たらしいのだが――
イングリスが虹の王を撃破した後の、残存していた魔石獣の大軍の掃討戦に間に合い、そこで目覚ましい活躍をしたようだ。その戦功を認められたのである。
その戦いの途中でラファエルも目を覚まし、結果的には魔石獣を一番撃破したのはラファエルだったようだ。
虹の王を撃破した手柄は、イングリスとエリスとリップルの天恵武姫二名に、それを指揮したラフィニアに。
魔石獣を最も多くした手柄は、聖騎士のラファエルに。
上手く手柄を分散出来て、ラファエルやエリスやリップルの立場を悪くすることはないだろう。
イングリスとしてはあくまで独力で虹の王を倒したかったのであって、天恵武姫を使わざるを得なかったのは想定外だが、事後の状況においては、この方が良かったかも知れない。
それにレオーネ、リーゼロッテ、ラティやプラムの騎士アカデミーの面々も大活躍を認められたようだ。無論それを指揮していたミリエラや、シルヴァにユアも。
レオーネはアールメンの街のために戦って守る事が出来て満足そうだったが、意外と重要なのはラティの行動である。
あちらの状況を置いてこちらに来たのは反対も多かっただろうが、ここで手柄を立てておいたのは政治的に大きいと思われる。
アルカードとしての、カーラリアへの誠意を示す行動と見做すことが出来るからだ。
これからカーラリアとアルカードの間では今後の関係について話し合われる事になるだろうが――
少なくとも事を穏便に済ませたい勢力にとっては、ラティの行動と手柄を根拠として、アルカード側に穏便な対応をと主張する事が出来る。
あちらも態度を改め、虹の王との戦いに協力した――と。
ラティがそこまで考えてレオーネ達を運んできたかは分からないが――
ともあれ、状況は良い方向に転がりつつあると言えるだろう。
「ではエリスさん、また宴の席で――」
「ええ、今日も楽しむといいわ――いつもあれだけ食べて、よく平気だなとは思うけど……」
「あ、そうだエリスさん! あたし、いいこと考えました!」
ラフィニアが目を輝かせてぽんと手を打つ。
「?」
「どうしたの、ラニ?」
「エリスさん、宴には出席してるけどずっとその恰好じゃないですか! たまにはあたし達と一緒に、ドレスを着ませんか!?」
ラフィニアの指摘の通り、宴に出席するイングリスたちはドレス姿だが、エリスはいつもの服装と変わりない。
騎士衣装なので別に不自然ではないし、華やかさもあるのだが――
たまには違ったエリスを見てみたいという、ラフィニアの気持ちも分からなくはない。
「えぇっ……!? い、いいわよ、天恵武姫はそういうものじゃ――」
「でも女の子だし、お洒落は大事です! あたし、エリスさんのドレス姿を見てみたいです――! きっとクリスにも負けないくらいキレイですよ……! うんうん!」
ラフィニアの目がどんどんキラキラ輝いていく。
「ラニは人を着飾らせるのが好きですから――お付き合いいただけると助かります、エリスさん」
「で、でも――見世物のようになるのは……」
「いいえ、エリスさん。着飾るのは人に見せるためではなく、自分で楽しむためです! だから、私も着飾るのは好きですよ? 一緒に楽しみませんか?」
「……う、うーん――」
悩む仕草を見せるエリス。
どうやら、取り付くしまもないと言うわけではなさそうだ。
イングリスはさらに続ける。
「天恵武姫とはいえ、少しは楽しんでも良いと思います。少なくとも、わたしがこうしている限りは――」
「……そうね、分かったわ。あなたがそう言うなら――」
と、その右手をぐいっとラフィニアが引っ張る。
「よっし! いいわよ、クリス! じゃあ早速レオーネ達と合流してドレスを見立てに行くわよ!」
「わっ……!? ちょ、ちょっと待って――!」
「善は急げです、行きましょう!」
イングリスはエリスの左手を引いて、王宮の廊下を駆け出した。
そして宴の前の、王城内の支度部屋で――
「こ、こんなの……リップルには見せられないわね――」
淡い水色のドレスに身を包んだエリスが、姿見の前に立っていた。
ドレスを見立てたのも、花飾りを挿して髪を結い上げたのも、ラフィニアである。
「わ~♪ エリスさんやっぱりクリスに負けてないっ♪ 何て言うか凄い気品があって、どこかのお姫様みたいですね」
「本当にそうね――」
「見惚れてしまいますわねえ……」
レオーネとリーゼロッテも憧れの眼差しでドレス姿のエリスを見ている。
エリスの見た目は、年齢的には二人よりも少し上だ。
二人にとっては大人の女性の魅力を漂わせるエリスに、強く憧れるのである。
そういう光景を見ているのは、イングリスにとって微笑ましい。
そして、別の姿見に映る自分の姿も微笑ましい。今日も満足な仕上がりだ。
「あ、ありがとう――あなたも髪を結うのがとても上手ね」
「はいっ! クリスですっごい練習しましたから! でも残念だなあ、これだけ綺麗なんだからリップルさんにも見て貰いたかったのに――」
「いえ、いいわ……今日の事も内緒にしておいて――変に冷やかされても嫌だし」
リップルは戦いの事後処理の都合で、まだ王城に戻ってきていない。
明日には戻るらしいが――間が悪かった。
「え? なーに~? ボクの事呼んだ?」
支度部屋の扉が開いて、リップルがひょこんと顔を覗かせていた。
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