第346話 15歳のイングリス・虹の王会戦24
「……ふう、さすがに疲れたなぁ」
イングリスはぺたんとその場に座り込む。
さすがに限界だった。
元々の重傷、それに武器化した天恵武姫を使った全力の戦いは、負荷が大きかった。
言葉通り、究極の力に酔いしれる事は出来たが――いい経験だった。
だが――
「戦いには勝ちましたが――勝負には……あなたの力量には感心しましたよ」
もう跡形もない虹の王を、そう称賛する。
イングリスとしては、エリスやリップルを単なる武器とは思えない。
つまり、二人を使って戦うという事は、三対一で戦ったという事。
自分の感覚としては、正々堂々の手合わせとは少し外れる。
出来るだけ避けたかった事だ。
その前までの一対一の戦いでは――正直言ってこちらが追い詰められていた。
やはり一対一の正々堂々の勝負で頂点に立たないと、武の極致に至ったとは言えない。
ラフィニアのためなら信念を曲げるのも辞さないが――
如何に究極の魔印武具の力にも酔いしれて、いい経験だったとはいえども、少々苦いものも残る勝利だった。
まだまだ未熟――
天恵武姫抜きの虹の王単独撃破に向けて、これからより一層修行に励まねばならない。
身に着けた双剣と双銃身の長銃が輝きを発し、その形を変化させる。
エリスとリップルが、元の人の姿に戻ったのだ。
『はは――ボク、あんなに凄かったっけ……見た事もない弾が飛んで行ったけど――』
『ええ、驚きよ――もう虹の王の跡形もないわね……』
「エリスさん、リップルさん。お疲れさまでした。ありがとうございます」
イングリスがぺこりと頭を下げると、二人とも満面の笑みで応じてくれる。
「こちらこそ――本当によくやってくれたわね……!」
「ありがとう! 本当にありがとね! イングリスちゃん!」
リップルはあまりの興奮で、イングリスに飛びついてくる。
それを受け止めきれず、イングリスは大の字に寝転んでしまった。
元々座っているのも辛かったところだ。
「わ……! だ、大丈夫!? イングリスちゃん――」
「はい、ですが――さすがに少し疲れてしまったみたいです……」
そんなイングリスの頭を、そっと持ち上げる手――
「エリスさん――?」
エリスがイングリスに膝枕をしてくれたのだ。
「こんなことくらいしかできないけど――ゆっくり休んで頂戴」
「はい、ありがとうございます……」
疲労感と急激に襲ってきた眠気で、イングリスは目を閉じた。
「イングリスちゃん……!? だ、大丈夫だよね……!?」
リップルは慌ててイングリスの胸元に耳を当て、鼓動を確かめる。
武器化している際の自分達の感覚としては、イングリスの命が失われて行く様子はなかったが――それが勘違いであったらと心配になったのだ。
「え、ええ……! 大丈夫、息はあるわ……! 本当に眠っているだけみたい――」
エリスもイングリスの呼吸を確かめ、ほっと一息。
「よかったぁ――でも何か、こんな可愛い寝顔見てたら、ボクも眠くなっちゃう――」
「そ、そうね……私も――」
武器化はエリスにもリップルにも疲労にはなるのだが――
二人ともかつてない程の激しい消耗を感じていた。
イングリスが自分達を使って叩き出した力は、余りに強力過ぎて――その影響かも知れない。
エリスとリップルの意識もそこで途切れてしまい――
イングリスが穿った大穴の底で眠る三人の元に駆けつけたのは、ラフィニアだった。
「クリス――! エリスさん、リップルさん……!」
折り重なるようにして眠る三人の様子を、ラフィニアは確かめる。
「よ、良かった眠ってるだけみたい――でも……!」
問題が一つある。
穴の外、アールメンの街の方向からは――
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「虹の王は倒れたんだ――! こんなとこで死ねるかッ!」
「ああ! これを凌げば俺達の勝ちだ――!」
戦いの喧騒がまだ、響いてくるのだ。
虹の王が消えても生み出された無数の魔石獣の大軍はまだ健在。
決してここで油断は出来ない状況である。
だがイングリスもエリスもリップルも、深く寝入っていて起きそうにない。
それからイングリスが昏倒させたラファエルも、まだ起きてくれそうにない。
――ならば自分が、皆の分までやるしかない。
「クリス……! 本当にいつもありがと――! 後はあたしが頑張るからね……!」
ラフィニアは眠るイングリスを一度ぎゅっと抱きしめると、穴を駆け上がって外に飛び出す。
アールメンの目地の方向に視線を向けて、戦場へと駆け出した所で――
ふと頭上に、大きな影が差すのを感じる。
「ラフィニア------!」
「ラフィニアさんっっっっ!」
「ラフィニアちゃ~~~ん!」
上から響く声がする。よく聞き覚えのある声だ。
「レオーネ! リーゼロッテ! プラム!」
見上げるとそこには――大きな竜の背に乗っている、三人の姿が。
「りゅ、竜さん……!?」
姿形はよく似ている。
が――神竜フフェイルベインは天上人のイーベルに体を乗っ取られ、機神竜に変化して天上領に帰って行ったはず――
それに、フフェイルベイン本人? に比べればかなり体は小さい。
大人と子供――といったところだ。
「大丈夫かよ――!? 遠くから見てなんかとんでもねえ光が空に飛んでったぞ――!?」
竜がそんな言葉を発する。
「ええぇぇぇぇぇぇぇっ!? ラティ――!?」
その声は、確かにラティのものだった。
一体何がどうなって――!?
「おう、そういう事だ……! あっちは片付いたんで、飛んで助けに来たぜ――!」
「な、なんでそんな事になっちゃって……!? いえ、それより――! クリスがエリスさんとリップルさんと一緒に、虹の王を倒してくれたの!」
「さっき見えた物凄い光は、それだったのね……!」
「光が滝のように――空に逆流して行くみたいでしたわね――!」
「じゃあちょっと、遅かったんですかぁ――」
「ううん、遅くないわ! その後、三人とも疲れて気を失って――! 見て、街の方! まだまだ魔石獣がいるの! あれを倒さなきゃ! クリス達は寝てるし、手伝って!」
「よし、任せろ――! お前も乗れよ! まだまだ乗れるぞ!」
「ありがと! クリス達もお願い――! それからラファ兄様も――!」
「ラファエル様も……!? 大丈夫なの!? まさか虹の王の攻撃で……!?」
「い、いや――兄様は、そのぉ――クリスが……」
「えぇっ!? な、仲間割れをなさったのですか……っ!?」
「し、仕方なかったなのよ――! とにかく急ぎましょ! せっかく虹の王を倒すところまで来たんだから! 後はあたし達で何とかするのよ――!」
「ええ、勿論よ――! ここまでアールメンを守ってくれて、感謝しかないわ……! 今からだけど、私も全力を尽くすわ――!」
レオーネはラフィニアの言葉に強く頷き、表情に闘志を漲らせる。
「気合いが入っていますわね、レオーネ!」
「ええ……! この街には、いい事も悪いことも沢山あったけど――生まれ育った場所だもの……! 少しでも何か、役に立ちたい! レオンお兄様の分まで――!」
レオーネがそんな事を言うという事は、レオンとはちゃんと話せて、少しは仲直りできたのだろうか。そうであることをラフィニアは祈る。
「よしじゃあ行くわよ! みんな!」
ラフィニア達を乗せた竜のラティは、アールメンの街中の戦場へと突入して行った。
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