第343話 15歳のイングリス・虹の王会戦21
「「「えっ――――?」」」
ラフィニアもエリスもリップルも、一瞬何が起きたか分からず――
目を真ん丸にして、崩れ落ちるラファエルを見つめていた。
「済みません、ラファ兄様……説明している時間は無さそうでしたので――」
イングリスは昏倒しているラファエルに深々と頭を下げる。
ラファエル程の相手を確実に気絶させるには、完全に無防備になってもらう必要があった。
それを誘発するために、色仕掛けめいた事までしてしまった。
逆に言うと、出来てしまった。自然とそういう発想が出たのだ。
色々な意味で、少し恥ずかしい――イングリスは少々頬を赤らめていた。
「な、な、な、ななな――何をしてくれるのよあなたはあああぁぁぁぁぁっ!?」
一応三人の中で最も早く我に返ったのはエリスで、見たことがないくらい慌てていた。
いつも物静かで大きな声は出さないのに、声が裏返るくらいの動揺ぶりである。
「今がどういう状況か分かっているでしょう!? ラファエルがいなければ、誰が私達を使ってあの虹の王を倒すのよ!? ああああああ……! こんな――! もう、どうすればいいのよ――っ!?」
エリスはイングリスの襟元を掴んで、がくがくと揺さぶって来る。
「ラファエル! ラファエル――っ! 起きて! 起きてよおぉぉっ! ダメだ、完全に伸びちゃってる――!? ラフィニアちゃん、治癒の奇蹟をラファエルに使ってくれる!? 早く起こさないと――!」
リップルは倒れたラファエルを何とか起こそうと、ラフィニアに助けを求める。
「は、はい――! 分かりました……!」
「ラニ、待って――!」
イングリスはそれを制止する。
今起こされては、わざわざ止めた意味がない。
「エリスさん、リップルさん――勿論、わたしも考え無しにこんな事はしません。わたしに考えがあります――」
「あるの? あるのね!? じゃあ早く言いなさい! 時間がないのよ!」
「イングリスちゃん――どうするの!?」
「はい、わたしがお二人を使います――わたしに力を貸してください」
イングリスはたおやかに微笑みながらそう言った。
「「……!」」
動揺していたエリスとリップルの顔が、一気に冷静な、沈痛なものになる。
ラファエルの代わりにイングリスが天恵武姫を使うという事は――つまり、イングリスがラファエルの身代わりになるだけなのである。
エリスはとても辛そうに、伏し目がちにイングリスに応じる。
「今更言っても仕方のない事だけれど……あなたがラファエルの代わりになればいいというものではないと思うわよ――? いいえ、むしろ犠牲が避けられないなら、それはラファエルが……常に使命と覚悟に向き合って来たラファエルが果たすべきものだわ――」
「イングリスちゃん――ボクもエリスの言う通りだと思うよ? でも、うん……仕方ないね、こうなっちゃったら……」
「いえ、そうではないんです」
「「え?」」
二人が声と表情を揃える。
「わたしは死にませんよ? 天恵武姫を使っても」
再び、にっこりと笑顔を浮かべるイングリス。
「「ええぇっ!?」」
二人は驚いた後――やはりすぐに疑いの表情になる。
「そ、そんな気休めは言わなくていいのよ――」
「うん。ボク達なら大丈夫だから……」
「いえ、本当です。実戦練習は済ませてきましたから――ね? ラニ?」
イングリスが呼びかけると、ラフィニアはピンと来たようだ。
「あ――そうだ……! お、思い出したわ! ほ、ホントですエリスさん、リップルさん! あたし達がアルカードに行った時、ティファニエっていう天恵武姫と戦ったんですけど、その時クリスはティファニエが変化した鎧を着たんです! でも、今も元気でここに――!」
「天恵武姫のティファニエ……!? あの子が――!?」
「エリス、知ってるの……!?」
「ええ。古い知り合い――本当に古い、ね……」
「あの時、ティファニエさんはわたしをあえて武器化をしてわたしに装着し、殺そうとしました――ですがおかげで、それを回避して、天恵武姫の力だけを使う方法を覚えました」
霊素を使って天恵武姫の機能を一部狂わせるという事である。
武器化した天恵武姫は使用者の生命力を吸い取り、無為に拡散してしまうが――
技術的にはその放出する穴を霊素で塞いでしまうというイメージだ。
それにより、副作用を無視してその強大な性能のみをただ喰い出来る。
以前血鉄鎖旅団の黒仮面がイーベルを仕留めた時、システィアを武器化して使い、平気な顔をしていた。
それを見て、そういう事も可能なのだと学んでいたのが大きい。
ティファニエがイングリスに装着してきた際、命を失う前に即応することが出来た。
「……本当かも知れない、ティファニエがそういう攻撃を仕掛けたのなら、自分から容赦はしないと思うから――」
「イングリスちゃん――本当にそうなら、どんなに……」
イングリスは戸惑う様子の二人に、諭すように言葉を続ける。
「エリスさん、リップルさん……お二人のこれまでのご苦労は、わたしに測り切れるものではありません――とても、お辛かったと思います。共に戦うに足る、信頼の絆で結ばれた方ほど、あなた達の前から消えて行く――しかもそれは、一度や二度ではなかったかと……わたしにはとても耐えられない事です。ラニを失うなど考えられませんから」
エリスもリップルも、天恵武姫としての経験は長い。
恐らくロシュフォールと共にいたアルルのように、自分を扱う事になる騎士に惹かれてしまうような事もあっただろう。
だがそんな相手や信頼できる仲間との死別を繰り返し、今の二人の、どこか諦めにも似た達観が形成されて行ったのだと推察する。
見た目こそそう変わらない年齢に見えるが、まだ少女のようなあどけなさを失っていなかったアルルに比べ、エリスとリップルは明らかに雰囲気が違う。
それが長い経験の積み重ねを感じさせるのだ。
そして、そんな中でもこのカーラリアの国と人々を守るために、天恵武姫であり続けているのは賞賛すべき事だ。
いくら肉体が超人的で年を取らないといっても、心が壊れてしまっては別なのだ。
二人は心を折らず、壊さず、地上の人々のために耐え続けている。
まさに天恵武姫は人々を護る女神――二人の生き方とあり方は、それを体現していると言っていいだろう。
真似は出来ないしするつもりもないが、尊敬はする。せざるを得ない。
自分は天寿を全うするまで使命と責務に殉じ、今は生まれ変わって楽しく過ごしているが――エリスとリップルは、恐らくイングリス王の天寿よりも長い間、ずっと天恵武姫として運命に殉じているのだ。
「お二人の天恵武姫としてのこれまでに、最大限の尊敬と御礼を
――」
イングリスは一度、深々と頭を下げる。
そして頭を上げると、笑顔で手を差し伸べた。
「これまで――よく頑張って下さいましたね? そろそろ少し楽をしましょう? わたしがお二人の前にいる限り、もう心配はいりません。悲しむ必要も、傷つく必要もありません。今からそれを証明して見せますので――どうぞ何も心配せず、わたしの手を取って下さい? ラニもラファ兄様もお二人の心も、全てわたしが守ります――」
ぽたり。
地面に零れ落ちた涙は、少し前まで泣いていたラフィニアのものではなく――
「エリス――!?」
「あっ……!? ご、ごめんなさい……っ! 私、まだ戦ってもいないのに……!」
エリスは慌てて目元を拭いつつ、恥ずかしそうに後ろを向いた。
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