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第342話 15歳のイングリス・虹の王会戦20

「ふう……! ラニ、大丈夫――!?」

「う、うん……! ご、ごめんね、受け止めきれなくて――」

「そんな事ないよ、ありがとう。助かったよ――っ!?」


 そこで全身の激痛を思い出し、イングリスは顔をしかめる。


「――! 動かないでね、すぐに治すから……!」


 ラフィニアが治癒の力の奇蹟(ギフト)を発動し、殆ど抱き着くようにイングリスに触れる。

 すると痛みが和らぎ、徐々に怪我が治って行くのが感じられた。

 気のせいかもしれないが、失った霊素(エーテル)まで、僅かながら回復するような――そんな錯覚すら覚える。

 ラフィニアの献身に、心が満たされたからだろうか。


 彼女の前でこんな重傷を負うことも、治癒して貰う事もなかったため、初めての体験だが――とても心地良い。

 だがそれを、のんびりと受けているわけには行かない。


 虹の王(プリズマー)はまだ健在なのだ。

 右の肩から先や左拳も吹き飛び、全体的にかなり損傷しているが――まだ生きている。

 足を引きずるような動きをしながらも、こちらにゆっくりと迫っている。

 あるいは、勝ちを確認したが故の余裕かも知れないが――


 だがいずれにせよ今のうちに、ラフィニアを逃がさねばならない。

 そもそも近づくだけで魔石獣化してしまう危険がある。


「ラニ! 駄目だよ! 早く離れて……! 虹の王(プリズマー)がこっちに来るから――!」

「何言ってるのよ、こんな怪我じゃ戦えないでしょ? ギリギリまで粘るわよ……!」

「ギリギリなんてもう過ぎてるよ……!? お願いだから我儘言わないで――」

「我儘でも――!」


 イングリスの訴えに、ラフィニアは真っすぐ目を見つめて来る。


「我儘でも、あたしとクリスは最後まで一緒なの! 騎士と従騎士なんだから、それでいいの――!」

「ラニ――」


 ラフィニアも戦況を見て、感じ取っているのだ――

 こんなことを言わせてしまうのは、申し訳ないというか、可哀そうだ。

 己の力の無さを、未熟さを恥じる他はない。

 これはもう、仕方がないだろう――


「いや、最後なんかじゃない――!」


 それは、イングリスの台詞ではない。

 優しい響きながらも、凛として力強い青年の声――

 赤い鎧を纏ったその背中が、イングリスたちの目の前に舞い降りて来た。


「「ラファ兄様――」」


 ラファエルは虹の王(プリズマー)の動きに注意を払いつつ、こちらを振り向く。


「二人とも、後は僕に任せてくれ――ありがとう……もう十分だ。本当によく戦ってくれたね」


 完全に覚悟が固まり切っているのか――ラファエルは穏やかな表情だった。


虹の王(プリズマー)は、クリスのおかげで激しく傷ついている……! あれならきっと、僕達で止めを刺せる――!」


 そのラファエルの横に、もう二人の姿が舞い降りてくる。

 無論、聖騎士と対になる存在――天恵武姫(ハイラル・メナス)だ。

 エリスもリップルも、ラファエルと同じ穏やかとも言えるような表情だ。

 これから何が起きるのか――それを完全に受け容れた心の内が見て取れる。


「正直言って、ここまで奴を追い詰めてくれて、本当に驚いているわ。あれは私達が見たどんな虹の王(プリズマー)より強い――信じられないくらいよ。本当にすごいわね、あなた……来てもらってよかったわ」


 エリスにしては、何の注文もなく全面的にイングリスを誉めてくれた。


「そうそう。最初から僕達だけで戦ってたらヤバかったよ。ホントありがとね? 後はボク達に任せて、ゆっくり休んでてね――」


 リップルはいつもとあまり変わりはないだろうか――

 ただ少し、声が震えているようにも感じる。


「さあ、行きましょうエリス様、リップル様――! 僕にお二人の真の力をお貸し下さい――!」


 ラファエルがそう力強く呼びかける。


「ええ……! あなたと心と力を一つに――私達の力を託します……!」

「うん――お願い、ラファエル……! ここの地上を、この国を、みんなを――助けてあげて……!」

「はい、お任せください……!」


 エリスとリップルの体が、黄金色の輝きに包まれて行く。

 それは気高く、美しく、神々しい。

 見るものを本能的に畏怖させるような、そんな輝きだ。


「ラファ兄様……」


 ラフィニアはイングリスの腕にぎゅっと掴まりながら、ラファエルの名を呼ぶしかできない様子だった。

 他にかける言葉が見つからない――そんな様子だ。

 ただ、目いっぱいに潤んだ瞳が、その感情を如実に表している。


 そんなラフィニアをラファエルは振り返り、微笑みかける。


「ラニ――クリスと仲良くするんだよ? ラニ達の未来は僕が守るから――だから……父上と母上には、よろしくお伝えしておいてくれ――」

「はい、ラファ兄様……!」


 もはや堪えきれずに、ラフィニアの瞳から涙がぽろぽろと零れ落ちていた。


「クリス――」


 ラファエルはイングリスにも微笑みかけてくれる。


「はい、兄様――」

「僕はずっとどこかで、君の事を追いかけてきたような気がする――僕も特級印を授かった身だけれど、君は僕が想像もできない凄い子だって……生まれたばかりの赤ちゃんの頃から、僕が倒せない魔石獣を倒していたんだからね」

「……! 覚えていらっしゃったのですか――」

「うん――ずっと夢かも知れないと思っていたけどね。君の戦いぶりを見て確信したよ。君は僕を超える存在――そんな君を今だけでも守ることが出来るのは、少しだけ誇らしいよ――ラニの事、よろしく頼むね? 君が付いていてくれれば安心だから」

「ええ。これまでも、これからも――」


 イングリスはたおやかに微笑んで応じながら、ラファエルの元に進み出た。


「クリス?」

「兄様、ならばわたしにできる事を――」


 正面から、上目遣いにラファエルを見つめる。

 そして、その頬にそっと手を伸ばして触れさせた。


「ク、クリス……!?」

「せめて、戦いの祝福を……その、できれば目を閉じて頂けると助かります――」

「え……!? あ、う、うん……!?」


 ラファエルは動揺しながら目を閉じて――

 そしてイングリスは――深く腰を落として、グッと拳を握った!


 づどむっっっっ!


 イングリスの拳が、ラファエルの腹部に突き刺さる。


「ぐぁっっ――――!?」


 ラファエルの足は一瞬地面から離れて浮き、体がくの字に折れ曲がっていた。


 こてん。


 そしてそのまま、気を失って倒れ伏した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、この虹の王だけが歴代より超強でしたかぁ。 ラニさん、健気て、勇敢て、クリスさん想いて、最高に可愛いらしいです〜 しかしクリスさん無粋ですよw いえ、気持ちは解るし、お兄様に死なせ…
[良い点] 『イングリスちゃん?』
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