第340話 15歳のイングリス・虹の王会戦18
「では――」
黒仮面がイングリスの肩に触れる。
その身を包む霊素の波動は、イングリスと同じ波長、色合いに調整されていた。
そしてそれが、イングリスに浸透して行くのが分かる。
失われた霊素が急速に満たされて行く――
あっという間に、万全に近い状態にまでイングリスの霊素は回復していた。
黒仮面は自分も完全ではないと言っていたが――
イングリスにとってはほぼ万全な状態だ。
つまりイングリスにとって十の霊素の量は、黒仮面にとっての十ではなくそれ未満――という事になる。
霊素の量、つまり持久力だけが決定的な戦力の差ではないが――
まだまだ自分も未熟という事だ。目指すべき相手が相手がいる事は、いい事である。
「うむ。これでいいだろう――」
黒仮面の体から霊素の輝きが消える。
「――凄いですね。あなたは万全ではないと仰いましたが、わたしはほぼ万全です」
「過度な期待をして頂いても困る。こちらも限界に近い――次はないと思って頂きたい」
「ええ――分かりました。ありがとうございます……! この借りはいずれ別の戦場でお返しします――!」
「うむ。ならば一度のみでも、戦場で我を見つけても襲わずにいて頂けるとありがたい」
「えぇ……!? それは――」
それでは、つまらない。
これを機会に更に修業を積み、成長した自分を見せる事で恩返しに変えようと思ったのだが――
「では後は頼む――健闘を祈らせて頂く……!」
黒仮面はそう言い置くと、方向転換して高く跳躍。こちらから遠ざかって行く。
少々話し合いたいことはあったが、この状況では致し方ない。
今は目の前の虹の王を――
もっと言うと、この一方的に光線に押し込まれる状況を打開しなければならない。
そのための力は――今受け取った!
「霊素弾っ!」
イングリスの目の前に、巨大な霊素の光弾が形成される。
ゴオオオォォォッ!
それが虹の王の光線を逆に押し返し、遡り始めた。
「よし――!」
押し込まれ続ける状態から解放されたイングリスは、進む霊素弾の真後ろを追走しはじめる。
このまま、押し返す――!
後方には、アールメンの街がある。
まだ完全に地下への退避は済んでおらず、無数の魔石獣との戦いも継続中だ。
そこにこの虹の王の光線が着弾したら、相当な被害が出る。
それは、させない――! 押し込んで潰す……!
だが虹の王もすんなりとそれを許してくれない。
両目に加えて両手からも、同じ光線を重ねてくる。
霊素弾が逆に押し返され始める。
進行方向が変わり、こちらに向かって進み始めた。
「! 押し返される……!? なるほど――!」
流石完全体の虹の王が更に進化した強化型は、想像を絶する。
こんなにもあっさりと、霊素弾を押し返して来るとは――
「ですが、これでどうでしょう――!」
身を覆う霊素殻の波長を変更。
迫って来る霊素弾と反発する、正反対の波長に。
霊素弾を反射させ、任意に軌道を操る霊素反を使う時と同じだ。
「はあああぁぁぁぁっ!」
ドゴオオオオオォォンッ!
イングリスは竜鱗の剣で、霊素弾の光弾を殴りつける。
反発する波長の霊素を纏った剣圧は、光弾を更に逆に押し返す。
すかさずその分前進し、止まったところでもう一度剣を叩き込む。
また推進力を得た霊素弾は虹の王へと前進。
もう一度前進。止まったところで剣撃。
もう一度。もう一度。もう一度――!
霊素弾に力が足りないならば、別の手段で力を加えればいいのだ。
イングリスは押し込まれた距離を取り戻し、虹の王の間近まで肉薄していた。
そこで、力を失った霊素弾と虹の王の光線が互いに相殺して消え失せる。
「――!」
イングリスは霊素弾の背中を押すために振りかぶっていた剣の軌道を即座に変更。地面に強く剣を打ち下ろす。
衝撃で地面には大穴が開き、盛大な土埃が巻き上がる。
これは煙幕。目晦ましだ。
イングリスは土埃の中から飛び出して、虹の王の右手から背後に回り込むように走る。
街を背にした位置取りでは、虹の王の攻撃を避けられない。
流れ弾で、街に目を覆いたくなるほどの大被害が出るだろう。
実質、回避するという選択肢が無くなり、受けるか弾くしか無くなるのだ。
まずそれを防ぐ――そのための動きだ。
無論霊素殻を発動した全速力だが、背後に回りきる前に――
虹の王とイングリスの視線が合った。
それは攻撃の照準でもある。
直後に目から発射された光線が、イングリスを追いかけて来る。
「なるほど……! 反応速度も上がっていると――」
進化前は全速力のイングリスの動きに、一歩反応が遅れていたはず。
今は全速力のイングリスを正確に目で追い、視線の閃光が追いかけてくるのだ。
更に、イングリスの進行方向にも先回りするかのように光が。
虹の王の両指からの攻撃だ。
方向を急転換して、寸前で回避。
同時に、足を止めずに竜鱗の剣の剣先だけを地面に触れさせた。
高速で走っている勢いのおかげで土埃が巻き上がり、それがイングリスの体を隠す。
切り返しの方向を先読みさせないためだ。
一歩でも足を止めたり、動きを読まれれば、直撃して無事には済まないだろう。
事実、イングリスから狙いの逸れた光線は、遥か遠くまで尾を引いて――
地面に巨大な轍を残したり、山の峰や丘陵を丸ごと吹き飛ばしている。
とてつもない破壊行為だ。
それをぎりぎりで避け続ける、紙一重の攻防――!
「ふふふ――緊張感が違いますね……ふふふっ――」
思わず口から言葉が漏れる。
自分でも自分がどんな顔をしているか分からない――
きっと、とてもたおやかで可愛らしく、花のほころぶような笑顔のはずだ。
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