第34話 15歳のイングリス・天上人が支配する街5
その夜――
イングリスとラフィニアは、領主の城の中にある浴場を訪れていた。
「う~ん気持ちいい! ここの領主様って太っ腹だよね~! あたし達もここ使っていいなんて♪」
あちこちに装飾された、石造りの立派な大浴場である。
ちょっと熱めの湯加減が、疲れた体に心地良い。
ラフィニアが機嫌よく鼻歌を歌っている。
ここは昔は領主一家専用の浴室だったらしいが、今は城の者は皆使っていいそうだ。
城にやって来たばかりのイングリスとラフィニアも例外ではない。
今は夜が遅いせいか二人の外に誰もおらず、貸し切り状態だった。
「そうだね。これだけゆったりお風呂に入れるのは久しぶりだね」
「ご飯も食べ放題だし、女の子だからっていい客室も使わせてくれるし、自分達で宿に泊まるより全然いいよね~」
「それだけ期待されてるって事だよ。さっきは頑張ったからね」
お城の中は、数十の魔石獣をたった二人で撃破したイングリスとラフィニアの話題で持ちきりのようだった。
素晴らしい活躍だったという事で、今日の日当もかなり上乗せして貰っていた。
領主の天上人の女性は今日は忙しいそうで挨拶できなかったが、明日にはお目通りが叶いそうだとの事だった。
「どんと来いだよね! また『囮ごとどっかん!』作戦でぶっ飛ばしてやればいいし!」
「もうちょっといい名前が欲しいな……」
「分かりやすくていいじゃない♪」
と、ラフィニアは機嫌が良さそうに湯船から立ち上がった。
「行こ? あたしがクリスの背中流すよ?」
と、広い洗い場を指差す。
「うん、いいけど……ちょっとは前隠したら?」
ラフィニアはお湯から出ても、頭に載せたタオルで体を隠そうとはしない。
イングリス相手には全く恥じらう事無く生まれたままの姿を晒すのだ。
こうして見ると、随分女らしくなった――もう胸の膨らみも控えめだがちゃんとある。
水を弾く絹のような肌は、既に十分艶めかしくもある。
――などと思ってしまい、罪悪感を感じてしまったりする。
なので、出来れば隠して欲しいと思う今日この頃である。
当然イングリスの方は、お湯から上がると同時にタオルで自分の身体をしっかりと隠すのだが。
「クリスが恥ずかしがり過ぎなのよ。どうしてあたし達の間で隠す必要があるの?」
「ちょ、ちょっと引っ張らないで……!」
「せっかくいいモノ持ってるんだから、見せないと損だよ~? だから恥ずかしがらずに見せてごらん? へっへっへっへ――」
「も、もう……! いいから、背中流すんでしょ!?」
「おっとっと。クリスの身体があんまり綺麗だから、つい見たくなるのよね。胸もおっきくて形もすごい綺麗だし、おしりもキュッとしてるから」
「あ、あんまりそういう事言わないで、恥ずかしいから……」
確かにラフィニアの言う事は当たっていて、15歳だが人並より発育のいいイングリスの肢体は、十二分過ぎる位に女性の色気というものを備えていた。
見栄えは確かに抜群なのだが、胸に関してはちょっと肩が凝るので困る。
まあ、着飾る上では胸のサイズというのも重要で、程よい大きさがあった方が、より服も自分も映えるという面はある。
そう言う意味では、悪い事ばかりでもないのだが――
「理想的だよねぇ……あたしなんて幼児体型だから、憧れるのよね。あ、はいそこ座ってね。背中流すわよ」
イングリスはラフィニアに背を向けて座りながら、応じる。
「そんな事無いよ。ラニも成長してるから、まだ胸も成長してるでしょ?」
「一生懸命自分で揉んでるからね。揉めば大きくなるんでしょ?」
ラフィニアが泡立てたタオルが、イングリスの背中をごしごしと擦る。
「知ってるよ、いつも見てるからね」
「クリスは自分で揉まなくてもおっきくなったのよね?」
「うん」
「いいなぁー。不公平だなぁ……!」
そう言うラフィニアの目が怪しく輝くのは、背を向けているイングリスには見えない。
「えいっ!」
ラフィニアは、イングリスの脇の後ろから手を突っ込んだ。
そして、その大きなものをぎゅっと掴んでみる。
「ひゃああぁぁっ!? ちょ、ちょっとラニ!? 何してるの!?」
「うわー! おっきくて重くてぷるぷるしてる! クリスはこういう感じなんだね……すっごーい! あたしと全然違うね? いいなぁ」
「も、もう分かったでしょ? もう止めて離して……!」
「ん~? まだまだ♪」
「も、もう……! ダメだって、はいもう終わり! 今度はわたしが背中流すから!」
などと騒いでいると――
「あら、ご先客ですね? ふふふっ随分楽しそうですね?」
と、浴場に入って来た女性に声をかけられた。
長い亜麻色の髪は緩やかにウェーブがかかり、その少し目尻の下がったつぶらな瞳と共に、非常にたおやかな印象を受ける。
額には魔印に近いような、いわゆる聖痕というものがあった。
驚いたことに、年齢はこちらより少し上程度で、十代の後半程度に見える。
「こんばんは。あなた達が噂の女の子の傭兵さんですね?」
「「こ、こんばんは……」」
「ご挨拶が遅れて、ごめんなさい。私がこのノーヴァの街の執政官、セイリーンです」
その天上人の少女は、笑顔でぺこりとお辞儀をしてくれた。
城の主自ら丁寧にお辞儀をされ、イングリスもラフィニアも少々恐縮して挨拶を返す。
「イングリス・ユークスと申します。騒がしくて申し訳ありません」
「ラフィニア・ビルフォードです! 騒いでごめんなさいっ!」
「いえいえ、いいんです。普段のお風呂の時はもっと騒がしいので」
と、セイリーンはぱたぱたと手を振る。
何だかごく普通の、優しげな美人といった感じである。
その事に、逆にラフィニアは戸惑っている様子だ。
「ねえどうしようクリス……天上人なのにいい人っぽいよ?」
こっそり耳打ちされる。
「それは、いい事じゃない」
街の食堂の女性や、城の人に聞いても彼女の評判は良かったのだ。
それが本当なのだ、と一見して思える雰囲気である。
――ただし、その笑顔の裏に何かが隠されている可能性は否定しないが。
「どうかしました?」
「「い、いえ! 何でもありません……!」」
イングリス達は口を揃える。
「よろしければ、一緒に浸かりながらお話を聞かせて貰えますか? せっかくですから」
と、セイリーンが言った時、浴室の外からバタバタといくつもの足音が聞こえた。
「セイリーンさまぁ!」
「あたし達も一緒にお風呂入るっ!」
「寝ないで待ってたんだからっ!」
四歳から六歳くらいの女の子が三人、服を着たままで浴室に入って来た。
見ていると昔の自分自身やラフィニアを思い出す。可愛らしい子達だ。
「あら? リノ、ミユミ、チコ。まだ起きていたのね?」
と、セイリーンは子供達の名前を呼ぶ。
「ああもうダメじゃないの……! せっかく着替えた寝巻が濡れちゃうじゃない――! ほら早く寝室に戻って……」
やや恰幅のいい中年の女性が、それを追って入って来た。
「いいのよ、ミモザ。じゃあみんな、服を脱いでらっしゃい。一緒に入りましょ? あと、あまりミモザを困らせないでね」
子供達は飛び上がって喜んでいた。
「わぁい!」
「脱ぐ脱ぐ!」
「あたしがいちばーん!」
またバタバタと、足音が浴室の外に出て行った。
「やれやれ……ちっとも言う事聞きやしないんだから」
「ごめんなさいね、ミモザ。苦労を掛けるわね」
「いえいえ。苦労だなんて、そんなこと思ってやしませんよ。うちは男の子でしたが、亡くなった子供の事を思い出させてくれますからねえ」
ミモザと呼ばれた女性はにっこり笑うと、子供達の着替えを手伝うために後を追って行った。
「ね? 賑やかでしょう? 普段は男の子たちもいて、もっと騒がしいですよ」
そう言って、セイリーンは慈愛に満ちた笑顔を浮かべた。
そして――子供達がパタパタと走り回ったり、お湯を掛け合ったりして賑やかな中、イングリス達は自分達の身の上話をした。
城塞都市ユミルの出身である事。ラフィニアは侯爵の娘であり、イングリスは騎士団長の娘であること。
二人で王都の騎士学校に入学するため上京中であること。途中で路銀が怪しくなり、傭兵に志願したこと――
「あはは――可笑しい……! 美味しいものの食べ過ぎで路銀が足りなくなっただなんて――」
「いやあ、この街の料理もなかなかで……ねえクリス?」
「うん。そうだね」
「じゃあこの街の料理に感謝しないといけませんね。おかげで凄く腕利きのあなた達が来てくれたんですものね?」
「お世話になる以上はがんばりますっ!」
「それ程長くはいられないと思いますが、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
たおやかな笑顔が返ってくる。
「あの、聞いていいですか?」
と、ラフィニアが切り出す。
「何でしょう?」
「あの子達――ってお城で引き取ってるっていう子達ですか?」
「ええそうですよ。あの子達は身寄りを無くして――路地裏で飢えて震えていた子達です。そんな子を放っておけませんから」
「天上人なのに……ですか?」
「天上人だから、かも知れませんよ」
「どういう事ですか?」
「天上領にはあの子達のように、飢えて震えている子なんていないんです。食料は地上の方々から頂いて潤沢にありますから、誰にでも分け与えられるんです」
「……へー。そうなんですね」
「私、この街の執政官になる前にも地上に下りる機会があって、その時に地上にはそういう子がいるって知ったんです。私たちの当たり前が当たり前じゃないんだって、その時に分かりました。それからずっと、何かできる事は無いかなって思っていて……だから、地上に派遣される執政官に志願しました。私の出来ることで、あの子達を救ってあげたかったから……病気や怪我で動けなくなった人たちも同じですね」
「セイリーン様のような考え方の天上人の方は、少数派なのでは?」
と、イングリスも質問した。
「そうでしょうね――でも大事なのは、他の多くの天上人がどう考えるかじゃなくて、私がどうしたいかです。私はあの子達の笑顔が見たいんです」
セイリーンの普段温和な表情に、今は強い意志の輝きが見て取れた。
「え、偉いっ! あたしも大賛成です! もうめちゃくちゃ頑張りますから、何でも言って下さい!」
ラフィニアは目を輝かせ、セイリーンの手をぎゅっと握っていた。
本人の正義感が強いため、他人の好意や善意に敏感なのだ。
そして大局ではなく、目の前の人を見る。だから、セイリーンに素直に賛同を示す。
要は純粋なのだ。それは決して、悪いと言い切れはしないが――
もしセイリーンが執政官として派遣された街がここではなくユミルだったとしても、ラフィニアは同じ事を言えるのだろうか?
ここがそうなった以上、ユミルもそうなる可能性だってあるのだが。
セイリーンが悪いわけではない。
天上領への領地貸与はもっと高い所で決まっているのだ。
彼女は決まったそこに、たまたまやって来たに過ぎない。
――彼女なりの志と問題意識を持って、だ。
「そう言ってもらえると嬉しいです! ありがとうございます!」
セイリーンも嬉しそうに笑っていた。この二人は、結構気が合っているかも知れない。
「あの、わたしも一つ聞きたい事があって……」
イングリスはそう申し出た。
「はい。どうぞ?」
「この街、魔素の流れが変な気がするんですが――何かあるんですか?」
それはこの街に入ってからずっと感じていた違和感なのだが、人々の魔素が足元に引っ張られているように見えるのだ。吸い取られている、とも言える。
今現在の地上の人々に魔素への認知力を持っている者はほぼいないようなので、皆気が付いていない。
またその効果は微弱なもので、体調に影響の出るような強さではないようだ。
ラフィニアの体調に何かあってはと思い、イングリスはラフィニアが働こうと言い出した時には次の街を勧めた。
が結局こうなっているので、正体が知れるものなら知っておきたいと思う。
そこに強者が眠っているかも知れないのだから。
そうであれば叩き起こして、手合わせを願いたいのだ。
思えば12歳の頃に天恵武姫のエリスや聖騎士のレオンにラーアルの変化した魔石獣と、充実した戦いを経験させてもらってから、これといった強敵とは巡り合えなかった。
もう三年も待ったのだ。
いい加減次の強敵が自分の前に現れてくれてもいいだろう。
「ごめんなさい、私には何も――」
と、セイリーンは首を振る。
「そうですか……」
「何だかよく分からないけど、クリスの気のせいじゃないの?」
「うーん――そんなはずは……」
なら自分で調べてみようか、と思う。
「あの――私からもお二方に聞きたい事があるのですが……?」
と、今度はセイリーンからそう申し出て来た。
「はい、もちろんですよ!」
「ええ。何なりと」
「はい――その……相手が魔石獣ではなく人間だとしても、手を貸して下さいますか?」
セイリーンは真剣な目で、イングリスとラフィニアを見つめるのだった。
◆◇◆
セイリーンの申し出はこうだった。
先代領主時代の質の悪い騎士達が徒党を組み、最近怪しい動きを見せている。
市中の見回りに出た騎士達が襲われるという事件が、すでに何度か起きているのだ。
このままでは、住民を巻き込むような大きな事件を起こされる可能性がある。
――なので、その前に何とかしたい。
領主のセイリーン自ら兵を率いて彼らの討伐に乗り出す、と噂を立てれば、彼らはそれを逆手に、セイリーンを待ち伏せして討ち取ろうとするだろう。
そこには、ほぼ全員を注ぎ込んでくるはず。
――逆に、それを一網打尽にしたい。
そもそも戦力としては、今城に残っている騎士達よりも彼らの方が上で、とても打てるような手ではなかったが……ずば抜けた腕を持つイングリス達ならば出来る。
短期しか滞在できないという事なら、今すぐにそれをしたい。
是非ともこの街のために、協力して欲しい――
如何に腕が立ち、なおかつ年齢も近そうな女性同士とは言え、初対面の傭兵に自分の身も危険にさらすような作戦を要請する彼女に、イングリスは正直驚いた。
向こう見ずというか、豪胆というか――
それだけ余裕が無く、背に腹は代えられなかった。という事かも知れないが……
ただ、ラフィニアはそれに協力する気になったようなので、ある種人を見る目は確かだったと言えなくもない。
人を信じやすい者同士、何か通じ合うものがあったのだろうか?
イングリスとしては、ラフィニアがやるというなら別に異論は無かった。
己の力に大義を求める気はない。
政治的な主義主張には拘らないのが、イングリス・ユークスの拘りだ。
ラフィニアを守りつつ、歯応えのある敵の登場を期待するのみである。
正直このような地方都市のごろつきと変わらない程度の騎士では、大したものは期待できないだろうが――
セイリーンの申し出があって三日後の夕刻――
イングリス達は街外れの廃教会に向かっていた。
こちらの人数は、セイリーンも含めて三十前後と言ったところか。
恐らく敵はこれより多くの数をかき集め、数に物を言わせて襲い掛かってくるだろう。
それを叩きのめして捕縛すれば、仕事は終了の予定だ。
なるべく相手を殺さないようにというのは、セイリーンの願いである。
こちらとしても、皆殺しにしろと言われるよりは、余程いい。
ラフィニアもその方がやりやすいだろう。
「見えて来たね、クリス」
「そうだね――そろそろ待ち伏せしてる敵が姿を現すかな」
廃教会は林に囲まれた見通しの悪い所にあり、近くには自然洞穴の入口のようなものもちらほらと。
身を隠すものはかなり多い。兵を伏せるには絶好の場所だ。
そして、人が身を潜めている気配も、イングリスは感じ取っていた。
「そろそろです。セイリーン様も、皆さんも気を付けて」
イングリスが警戒を呼び掛けると、セイリーンは真剣な顔で頷く。
「はい……! 皆さんの事を信じています――!」
「大丈夫。俺達が身を盾にしてお守りします……!」
今日は元気でいるナッシュ隊長も、セイリーンを励ましていた。
そうしてもう少し進むと――
廃教会の中、周囲の林、自然洞穴――あちこちの身を隠すものの中から、一斉に敵の騎士達が飛び出して来た。
「わっ! 来たね――! 予想通りだね」
「そうだね――」
イングリスは冷静に、敵の数をざっと数える。
百人近くはいるか? こちらの三倍ほどである。
――まあ、大した事はない数だ。
「はっはははははは! 貴様らの計画はお見通しよっ! 我等が故郷を奪おうとする天上人めが! この場で誅殺してくれるわ!」
がっしりとした体格の、壮年の騎士が教会の中から現れ、哄笑を上げる。
「……元騎士団長のホーカーだ! こいつらの首領だよ!」
ナッシュ隊長がイングリス達に教えてくれた。
「よっし、じゃああいつを捕まえればいいね!? 行くよ!」
ラフィニアが進み出て、光の雨を引き絞る。
かなり弱めに。殺傷力を抑えて、人を弾き飛ばす程度に。
威力の調整が効くのが、この魔印武具のいいところである。
「ハッハァ! この数相手に敵うものか!」
「数より質! 数なんて的が多いだけなんだから!」
ラフィニアが光の矢を真っ直ぐに放つ。
そして――
「弾けろっ!」
光の矢が拡散し、多数の敵を巻き込んで弾き飛ばした。
「「「うああああぁぁぁっ!?」」」
それだけで十人近くは巻き込まれて地面にうずくまっていた。
「な、何とそれは――!? 上級印の魔印と魔印武具だと!? あわわわわ……!」
救国の英雄とも言える特級印の聖騎士には及ばないものの、一般から見れば上級印の魔印を持つ騎士も十分に脅威の対象であり、こういう反応も頷ける。
「悪いわね! 弱い者イジメみたいになっちゃうけど!」
ラフィニアがもう一度、光の雨を引き絞って放つ。
「そちらがな」
声と共に天から舞い降りた槍が、光の矢を撃ち貫いた。
バシュンと音を立て、光の矢は消滅してしまう。
「なっ……!? 何!?」
舞い降りて槍を繰り出したのは、艶やかな長い赤い髪をした女性だった。
見た所の年齢は、二十歳前後。
すらりと身長が高く、均整の取れた体つきをした美人だ。
何より印象深いのが、意志の強そうな凛とした眼差しである。
「すまんな。潰させて貰う。私が居合わせたのを不幸と呪うがいい」
女性は淡々と言い、地面に深く突き刺さった槍を片手で簡単に引き抜く。
「おおぉぉぉぉっ! システィア殿! さすがですなぁ!」
「黙れ。貴様達は残りの雑魚でも始末しておけ」
システィアと呼ばれた女性は、そちらを見ずに切り捨てる。
ラフィニアに向けて一歩二歩と近づこうとする。
その強烈な存在感、雰囲気――イングリスには覚えがあった。
天恵武姫だ――!
彼女の身に纏う雰囲気は、戦闘時のエリスとよく似ていたのだ。
何故こんな所に、だとか、何の目的だとかはどうでもいい。
今目の前に、敵対勢力として天恵武姫がいてくれるという事。
それだけで十分だ。何という僥倖だろうか……!
ようやく三年ぶりに、己の成長を実戦で確かめられる機会が来たのだ!
イングリスは内心の興奮とときめきを務めて押さえて、ラフィニアの前にすっと割り込んだ。
「ラニ。セイリーン様や他のみんなを守ってあげて。あの人はわたしが引き受ける」
「う、うん……ホントこういう時嬉しそうよね、クリスは」
「……あれ? 分かっちゃった?」
余り物欲しそうにするのもはしたないので、抑えたつもりだったのだが。
「何言ってるのよ。目つきが全然違うし、めちゃくちゃニヤニヤしてるじゃない」
「あ、あれ……?」
つまり全く隠せていなかったと?
いけないいけない、ふざけていると思われてしまう。
「……何のつもりだ? 舐めているのか? 貴様のような無能が私の前に立つとは」
「うふふふっ」
イングリスはにっこりと魅力的に微笑を浮かべ――
身に纏う霊素を魔素へと変換して見せる。
そうすると途端に、システィアの表情が変わるのだった。
「う……な、何だと――!? 一瞬前まで何も――!」
やはり相手に分かるように、力を変換して見せるのは大事だ。
これならはじめから油断なく戦って貰えるだろう。
この技術は習得しておいて良かったと思う。
「あ――う、嘘……イングリスさんに、こんな膨大な……」
セイリーンも気が付いたのか反応していた。
それには触れずに、イングリスはシスティアとの対峙を続ける。
「天恵武姫の方は、自分が一番上だと思い過ぎです。あなた達にも、見えなし分からないものはあるんですよ?」
イングリスの目がギラリと輝く。
刃のような鋭さと、炎のような熱を兼ね備えた武人の瞳だ。
「手加減や慢心はいりません。全力で来てください。さぁどうぞ」
そう言って、イングリスはすっと美しい姿勢で身構えた。
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