第339話 15歳のイングリス・虹の王会戦17
「竜理力っ!」
白い半透明の竜鱗の剣とイングリスの腕が出現。
それが、拳打を打ち込んだ姿勢の虹の王の、腕の関節部分を内側から叩く。
それにより虹の王の力が逸れ、姿勢を崩す。
イングリスにかかっていた負荷も、一気に無くなる。
「今ッ!」
この隙は、見逃せない――!
正直言って、殆ど余裕は無いのだ。
霊竜理十字に殆どの霊素を注ぎ込んで、吹き飛ばしてしまっている。
もう霊素弾を撃てる程の余裕は無く、霊素殻を維持するのが手一杯だろう。
竜理力にも余裕は無いが、今虹の王の攻撃を捌くために使ったのは、そうせざるを得なかったからだ。
霊素殻を発動した状態でも、あの拳打は受けるのが精一杯。
少し気を抜けば押し潰されてしまいそうだった。
力任せに押し返すことは出来ず、竜理力で腕を撃つことで、虹の王の姿勢を崩す事しか出来なかったのだ。
この虹の王に対してそれは、竜理力への耐性を高めてしまう事にもなるのだが――それも止む無しだった。
こういう状況ならば、攻撃は――
相手の弱点を狙い澄まし、そこを突く――!
イングリスは虹の王の太い腕を駆け上がり、顔面に肉薄する。
その瞬間、イングリスの身を包む霊素殻の波動の色合いが変化する。
当然、竜鱗の剣の輝きも同じように変わる。
霊素殻の波動が浸透しているからだ。
霊素反を使う時に扱う、霊素の波動の変調である。
霊素の波長の違いは、奇蹟や魔術の属性の違いに等しい。
氷に耐性が付いた虹の王に、炎で攻撃するようなものだ。
ただ、霊素の波動の変調は、技術的には難しい。
そう何種類も変更できるものではない。
少ない手数で、最大の効果を――!
「そこですっ!」
イングリスは虹の王の右目に向けて、竜鱗の剣を突き出す。
が――
ビシュウウゥンッ!
寸前で、虹の王の瞳から、虹色の光線が発射される。
「――っ!?」
こちらを誘い込んでいたのか――!
半人半鳥の姿になる前からだが、戦の駆け引きにも長けている印象だ。
こういう所でも、他の魔石獣とは一線を画している。
回避は間に合わず、竜鱗の剣の剣の刀身で受ける。
咄嗟の反応で、踏ん張りは効かず――
光線に引き摺られて、体は大きく後方に吹き飛んで行く。
「やりますね……っ!」
虚を突かれて追い込まれるのもまた、戦いだ。
不利かもしれないし、苦しいかもしれないが――
これを超えてこそ、最大の成長がある!
大きく吹き飛ぶイングリスの背中の方向には、アールメンの街の防壁がある。
このままでは防壁に叩きつけられ、大きな被害を
イングリスが空中で姿勢を立て直そうとしていると――
ふと、イングリスを押し込む勢いが弱まる。
「――!?」
いや、逆だ――誰かがイングリスを支えたのだ。
見るとそれは、血鉄鎖旅団の首領の黒仮面である。
システィアがここにいたという事は、彼がいるのも不思議ではない。
「……手出しはご遠慮頂きたいのですが――」
イングリスは少々不服そうな顔を黒仮面に向ける。
「ふむ――では」
黒仮面はイングリスの背から手を放す。
だが、勢いが弱まったおかげでイングリスの足は地に着いていた。
そのまま、光線の勢いを受け止めて踏ん張る。
が、更に追加で虹の王の左目から光線が発射された。
「っ!?」
倍加した勢いが、地に足の着いたイングリスを再び押し込み始める。
地面に轍を残して後ずさりして行くこちらの真横に、黒仮面は走って付いて来た。
「何をされているのですか……?」
「こちらの用は終わっていないのでな――」
だが手を出すなとは言われたので、大人しく手出しを控えてついて来ている――と?
中々律儀な事だ。こんな場面だが、思わずくすりとしてしまう。
「では、何の御用でしょう?」
「何。あの進化した虹の王と戦うには、君はあまりにも消耗し過ぎている――それでは公平な戦いとは言うまい? 戦いは正々堂々互角である方が、より楽しめるというもの……そうだろう?」
「それはそうですが――どうするおつもりですか?」
黒仮面はイングリスに向けて手を翳す。
「君に我の霊素を。こちらも消耗して、万全とは言えぬが――下手に手出しをして目立ち過ぎるのも、我々としては避けねばならんのでな」
「わたしに手柄を押し付けるつもりですか――?」
「近衛騎士団長次席殿にそのつもりがないとは思えぬが?」
イングリスの味方の騎士達への呼びかけも聞いていたようだ。
確かに、黒仮面の言う通りではある。
大軍が集まる戦場で虹の王と一対一で戦い撃破をしたら、手柄は避けられないだろうし、今回は避けるつもりもなかった。
ゆえに近衛騎士団長への就任も受けて来た。
無名の騎士アカデミーの生徒が虹の王を撃破したとなれば――
聖騎士団や聖騎士、天恵武姫は何をしていたのか、という話になってしまう。
こういう時は、手柄を取られた側の立場が高ければ高い程、手柄を取る側の立場が低ければ低い程、取られた側が貶められてしまうものだ。
低い立場の者が、高い者の鼻を明かす――
いわゆる下剋上的な痛快な物語として、人々に捉えられてしまう。
イングリスとしては、当然それは望まない。
ラファエル達の立場を悪くするつもりなどないし、もし貶めてしまったらこちらにいらぬ期待がかかる。
何より――次から虹の王が現れた時に呼んで貰えなくなってしまうのが恐ろしい、大変な機会の損失である。
当然エリスやリップルにそんなつもりはないだろうが、二人の意思が全てにおいて優先されるとは限らない。
聖騎士団の中心はラファエルと、エリスやリップルだが――
その上にはウェイン王子やセオドア特使がおり、彼らの周りにも様々な人物がおり、それぞれの立場というものもある。
その点、近衛騎士団長が聖騎士団に協力して虹の王を撃破したという事であれば、聖騎士と近衛騎士団長は同格であるから、下剋上的な痛快さは発生しない。
結果、聖騎士団への影響は少なく済み、イングリスへのいらぬ期待の度合いも少なく、虹の王との戦いにもまた呼んでもらえるだろう。
「――その方が最終的には都合がいいと判断しましたので」
「こちらも同じなのだよ。下手な活躍を伝聞されて、この国の秩序を揺るがすつもりはない。我等の敵は、地上を食い物とする天上人のみ」
表立って活躍し名声を得てしまうと、当然人々はそれを喝采し期待を寄せる。
血鉄鎖旅団という組織にとっては、それはつまり、既存の支配体制への挑戦とも受け止められかねない。
これまでこのカーラリアでも血鉄鎖旅団の存在は知られていたが、国を挙げてそれを討伐しようという動きはなかった。
名声が意図せず高まってしまうと、その危険性が増すのは事実だろう。
黒仮面としては地上の国を盗る意図は無く、あくまで天上領を敵として叩くのみだ――と。
確かに、初めて顔を合わせた時から黒仮面はこれを言っている。
ただ、虹の王が動き出し、この国を滅亡に追いやるかも知れない状況で何もしないのは忍びなかった――という事だろうか。
そもそも、ノーヴァの街でセイリーンに虹の粉薬を盛ったミモザのように、カーラリア国内にも血鉄鎖旅団の仲間は存在する。
虹の王から自分達の仲間を守る行動と考えれば、自然でもある。
「あなたは、いつ顔を合わせても同じ事を言いますね――」
「それが信念というもの。君も同じだろう? おかげで今、無駄に走らされている」
こうしている間にも、イングリスの体は地面に跡を残しながら後方に押されて行き、黒仮面は走ってそれについて来ているのだ。
「ふふっ。ではありがたく頂戴します――腹が減っては戦は出来ぬと言いますし、これは戦の前に腹ごしらえをする行為と解釈します」
せっかくならばこれ程の強敵、万全の状態で力比べをしてみたい――
そう思ってしまうのも、武人の本能である。
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