第337話 15歳のイングリス・虹の王会戦15
――少々惜しい気はするが、こればかりは仕方ないだろう。
天上人ならともかく、地上の人間を魔石獣化するような攻撃を広域に撒き散らすほどに進化した虹の王だ。
他の完全体の虹の王を知っているわけではないが、恐らく虹の王の中でも頂点に近いくらいの実力の持ち主だっただろう。
地上の人間を魔石獣化する技など、どんな文献でも伝承でも見た事も聞いた事もない。
つまり未知の能力だ。
こんなものが多数存在していれば、地上の人間自体が滅んでしまうだろう。
流石にこれを生かして飼うわけには行くまい。危険にも程がある。
竜理力と規格外の剛剣である竜鱗の剣を神竜フフェイルベインから授かって来たイングリスですら、一歩間違えばこちらがやられるような状況だった。
それに何より、ラフィニアの願いだ。
ラファエルの命を救いたいという純粋な思いを叶えるためには――
虹の王を生かしておくわけには行かないのである。
可愛い孫娘のためならば、己の楽しみは脇に置いてでもその願いを叶えて見せるのが親心――もとい、祖父心である。
「虹の王が倒れた――! 倒れたぞッ!」
「天恵武姫を使わずにか……!?」
「す、凄まじい――! なんて壮絶な戦いぶりだ――!」
「さ、さすが、国王陛下が王命を下されるわけだ……!」
「よし、俺達もやるぞ――! 残った魔石獣を殲滅すれば、俺達の勝ちだ!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」
地鳴りのような歓声と雄叫びが鳴り響く中――
「クリス~~~~! やったわね、流石よ! ありがとう~~~~!」
ラフィニアが遠くで呼んでいる声は、しっかりと聞き分けて見せる。
嬉しそうな笑顔だ。不安と緊張から解放されて、表情が輝いていた。
――とても可愛らしい。どんな苦労も吹き飛ぶかのようだ。
その隣にはユアも同乗していて、まるで無関心そうにぼーっとしているが。
とにかく、戦い自体も極上のものを堪能できたし、ラフィニアにも喜んで貰え、言う事はない。
イングリスもラフィニアの方を向いて、笑顔で手を振った。
「でもまだ敵はいるから、気を付けて――」
ラフィニアに向けたはずのイングリスの言葉。
だがそれは、直後に自分に降りかかって来る事になった。
ヴヴヴヴゥゥン――
異様な音と振動を、後方から感じる。
「!?」
振り向くとそこには――
虹の王の下半身が輝き蠢き、異様な音を発しているのだ。
「……! まだ生きている――!?」
異変は倒れた虹の王の下半身だけではない。
青い色をした何かが、視界の中を飛んで横切って行くのだ。
「あれは――!?」
戦場のあちこちに転がっていた、氷の塊――
その中には、人の原型をした魔石獣が封じ込められていた。
それがいくつも虹の王の元に飛来し、ぶつかって消えて行く。
虹の王だったものはウネウネと蠢いて形を変え、もはや何なのかわからない虹色の塊になろうとしていた。
「魔石獣を取り込んで、蘇ろうと……!?」
ならば今のうちに、追撃を加えて消滅させ止めるべき――!
人型の魔石獣を凍らせている経緯は分からないが、意図は分かる。
以前ノーヴァの街で、魔石獣と化してしまったセイリーンを救おうとしたのと同じだ。
あの時の経緯を知る者が、これを提案していたのかも知れない。
その意図は汲んで然るべきだろう。
だが――
「きゃああああぁぁぁ~~~~!」
「ふぬううぅぅぅぅぅぅ……」
悲鳴。
見上げるとラフィニアとユアが乗る星のお姫様号が、虹の王の元に引き寄せられようとしていた。
「ラニ! ユア先輩!」
他の機甲鳥がそうなっている様子はない。
何故星のお姫様号だけが――!?
その理由は、ユアが手に持っているものだった。
氷の塊――その中には小さくなった魔石獣の姿が。
あれができる技術を持つのは、イングリスの知る限り血鉄鎖旅団の黒仮面だけだ。
だとすれば彼もこの戦場にいるのかも知れない。
ともあれ、ユアは魔石獣の入った氷の塊を離すまいと必死に握り締めている。
それで、乗っている星のお姫様号ごと虹の王の方向に引きずられている。
それを見過ごすわけには行かない。
「はあっ!」
イングリスは星のお姫様号に飛びつき、力任せに地面に引きずり下ろす。
そして虹の王へと引き摺られないよう、踏ん張って組み止める。
「クリス! ありがと! 助かったわ!」
「うん――!」
「おっぱいちゃん、感謝。腕ちぎれそうだった――」
その名前で呼ばれるのも久しぶりだ。相変わらず調子が狂う。
「ははは――ユア先輩、それは……!? そちらが虹の王に引き寄せられているようですが……?」
イングリスはユアの握る氷の塊に目をやる。
「――モヤシくん。捨てろって言っても、捨てないよ」
ユアは珍しく真剣な表情をする。
いや、むしろ初めて見たかもしれない。
イングリスは自分も、ユアが握る氷に手を添える。
「言いませんよ――! 手伝います!」
そこに、ラフィニアの手も伸びてくる。
「あたしも! ふんっ!」
「二人とも――意外にいい奴?」
ユアは意外そうな顔をする。
「意外じゃないと思うんですけどっ!?」
「意外ではないつもりですが!?」
「だってすぐキレる鬼怖い奴と――すぐ人と殴り合おうとするやべー奴――」
ユアはラフィニアとイングリスを交互に見る。
「「心外ですっ!」」
二人で声を揃えて抗議する。
「――ならお願い、ちょっとモヤシくんを持ってて」
ユアはこちらに氷の塊を託す。
そして虹の王の方を向いて立ち上がる。
「ユア先輩……!?」
「どうするんですか――!?」
「――ぶっとばす。反抗期だ」
そこの言葉の意味の半分は分からないが――
ユアは鋭い視線を蠢く虹の王に向ける。
両手を指鉄砲の形にし、組み合わせる。
一つの大きな指鉄砲を構え、腰を落とす。
いつの間にかリップルに似た、耳や尾が出現していた。
それは淡く虹色に煌めき、ゆらゆらと揺れていた。
そしてユアの構えた指鉄砲――
その前に光弾が現れ、見る見るうちに膨れ上がって行く。
「す、すごいわ――ユア先輩……! クリスみたい――」
「是非また手合わせお願いします――!」
「馬鹿な事言ってないで、モヤシくんをちゃんと持ってて――」
こちらは真剣だが――
ともあれ、ユアの生み出したこの光はただ事ではない。
この規模、感じる力――
イングリスが放つ霊素弾と同じ、いやそれ以上――
霊素弾はイングリスの持つ霊素の力を十とすれば、一気に十を出し尽くすような戦技ではない。
十のうち二、三程だろうか。
一気に十を出し尽くすには、武器に――竜鱗の剣に頼らざるを得ない。
霊素壊のような霊素弾を交えた複合戦技で破壊力を引き上げる手もあるが――
それらを除いた完全独力のイングリスの戦技の中では、一番威力は出る。
それを超えうるこの威力は――一見の価値ありだ。
「超すごいばっきゅん――!」
ズゴオオオオオォォォォォッ!
気の抜けた名前はさておき――
ユアの放った光弾は唸りを上げて、地面を抉りながら虹の王へと突き進む。
そして直撃――! 爆発的に広がった眩い光が、辺りを包み込む。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
『面白かったor面白そう』
『応援してやろう』
『イングリスちゃん!』
などと思われた方は、ぜひ積極的にブックマークや下の評価欄(☆が並んでいる所)からの評価をお願い致します。
皆さんに少しずつ取って頂いた手間が、作者にとって、とても大きな励みになります!
ぜひよろしくお願いします!