第330話 15歳のイングリス・虹の王会戦8
「と、とにかく――よろしく頼むよ……!」
言いながら、ラファエルは抱き止めていたユアを地面に下ろす。
魔石獣の群れはこちらを追って、目の前まで迫っていた。
「はい、じゃあ――すごいばっきゅん……!」
ユアの右手の指先から、先程の数倍以上の光線が迸った。
それは大きいだけでなく、虹色の尾を引くような不思議な輝きも発していた。
ボシュウウウゥゥゥンッ!
見た目通りに威力の方も跳ね上がっている。
何体もの魔石獣をまとめて貫通しながら押し流していき、豆粒くらいに遠ざかったところで爆発し纏めて消滅させていた。
「「「おおおお……!? 何て威力だ――!」」」
「ユアさん――!? 本当にすごいな……!」
いつの間にかユアの身体には、リップルにも似たふさふさの耳や尾が現れている。
それが光線と同じような虹色の不思議な輝きを放っていた。
ともあれ自分ですごいと言うだけの事はある威力と射程だ。
神竜の牙に遠距離攻撃する能力はないため比較できないが、先程ラファエルが人型の魔石獣を凍り付かせるために使っていた短剣の魔印武具の威力は遥かに超えている。
「ガンガンやる――」
しかも連射が効く――!
ボシュウゥンッ! ボシュウゥゥッ! ボシュウウウウウウウゥゥゥンッ!
あっという間に目の前の広範囲が掃除され、綺麗になった。
いくつかの建物も見る影もなく破壊しているが、最前線から前に向けて撃っているため味方を巻き込む事もない。問題は無いだろう。
「よし前が開いた――!」
「前線を押し上げろ……!」
「おう! 行くぞっ! 魔石獣どもを押し返してやる!」
ユアが敵を排除した空白に、騎士たちが雪崩れ込んで行く。
「えーと、次は――」
ユアはきょろきょろと辺りを見回す。
一斉に動き出した味方の動きに戸惑っているようでもある。
「ユアさん! 僕に掴まってくれ! 僕が君の足になる!」
ラファエルはユアに呼びかける。
どうにもユアは集団で協調して戦うことは苦手なようだ。
ここは自分がユアと一緒に飛び、最も効果的な位置取りをし、ユアには気兼ねなくその攻撃力を活かしてもらうほうがいいだろう。
再接近してきた敵は神竜の牙で斬り捨てる事により、ユアの身を護る事にもなる。
「掴まる――? おんぶ?」
ユアが小首を傾げる。
「肩車でも、どちらでも――! 僕が君が撃ちやすい場所に飛んで行くから――!」
「わかりました。じゃあ――」
ひょい。とユアはラファエルの肩に飛び乗った。
「わーい。イケメンの神様の肩車――」
「はは……力を貸して貰うんだから、このくらい当然だよ。じゃあ、前に出るよ……!」
「がってんです……!」
飛び上がったラファエルは目の前に飛び出てきた魔石獣を斬り捨てつつ、全体の最前線までユアを運ぶ。
「ユアさん! 今だ正面に――!」
「すごいばっきゅん――」
ボシュウウウゥゥゥンッ!
ユアの放った光線は確実に、大量の敵を巻き込んで撃ち落とした。
「よし次だ――!」
「ういっす――」
位置を調整しもう一撃。
今度も同数程度の敵を巻き込む。
「あちらにも回り込む――! 今だ、ユアさん……!」
「うっし……すごいば…………っ!?」
ユアはびくんと身を震わせ、そのまま硬直してしまう。
当然光線は発射されず、ラファエルは一度その場から下がると、肩に座っているユアを見上げる。
「ユアさん――? どうした、疲れたかい――?」
あれほどの威力の攻撃を連発していたのだから、無理もないことではある。
ユアは無印者であり、その攻撃がどの程度ユアを消耗させるかは、ラファエルには想像がつかない。
元々ミリエラ達と南方向で戦っていた際の疲労もあっただろうし、ひょっとしたらかなりの無理を強いてしまったかも知れない。だとしたら申し訳ない。
「…………」
ラファエルの呼びかけにも、ユアは何も言葉を発しない。
遠くのどこか一点を、目を見開いて凝視している様子だ。
「……おと……う――ちゃん――?」
そんな呟きが小さく、微かに聞こえてくる。
「ユアさん――?」
ラファエルが視線の先を追ってみると――
そこには巨大過ぎる程に巨大な、虹色の姿が夜空に浮かんでいる。
雄大な虹色の巨鳥はゆったりと羽ばたきながら、このアールメンの街を遠巻きにぐるりと回るように飛行していた。
「虹の王……!? とうとう現れたか――!」
まるで様子を窺っているか、何かを探しているかのような動きである。
円弧を描くように徐々に距離を詰めて、とうとうこちらの視認範囲にまで入ってきたのだ。
その虹色の巨体から抜け落ちた羽毛が糸を引くように宙に漂い、街の周囲全体が虹色の光の輪に包まれたような、幻想的な光景を展開していた。
「き、来たぞ――! あれが虹の王だ……!」
「お、恐ろしいが、美しい光景だな……!」
「そ、それだけにな……! 正直震えがくる――!」
周辺の騎士達からもどよめきの声が上がる。
虹の王が真っすぐに突撃してこなかったのは、騎士たちが一拍置いて冷静さを取り戻すためには良かったかもしれない。
だが――
「う……!? お、おいあれを見ろ――!」
「虹の王の羽から、魔石獣に――!?」
虹の王が飛んだ後に残った虹色の残滓が、次々と細切れて飛鳥型の魔石獣へと変化して行くのだ。
アールメンの街の周囲全体を取り囲んでいた幻想的な虹色の光の輪の光景は一転。
恐ろしいほどに大量の魔石獣がひしめき合う、壮絶な光景が展開されようとしていた。
新たに具現化した魔石獣の軍団の数は、それまでこちらが戦ってきた集団の数を遥かに上回っているだろう。
これまでの敵にも総力戦で何とか耐えていたのに、そこに更に数で上回る援軍が現れたという事だ。
「う……!? な、何て数だ――!?」
「ば、馬鹿な……! これまでの何倍だ……!?」
「あ、あんな大量の……! さ、支え切れるのか――!?」
騎士たちの間に一気に同様と戦慄が走る。
圧倒的な光景に士気が崩れかかっているのが見て取れる。
「……無理もない、あんな圧倒的な数を見せつけられては――しかも……!」
ラファエルの視界を横切っていく虹の王の軌跡からは、次から次へと魔石獣が生まれ続けているのである。
こうして見ている間にも、敵の数はどんどん増える。
刻一刻と際限なく、彼我の戦力差は開いていくのだ。
虹の王がこのアールメンの周囲を廻っている以上、包囲された自軍のの逃げ場もない。
「ユアさん――! 今君を下ろすから、すぐに身を隠すんだ――!」
「どうして? 肩車超楽しいんですけど――?」
「危険だからさ……! 僕は今から、あの虹の王に攻撃を仕掛ける! 君は下がって、身を守っているんだ――!」
どういう攻撃に出るかは検討の余地があるが――
ともかく無数に湧き出てくる魔石獣の発生を止めなければ話にならない。
包囲されたままじりじりと削られ、全滅するだけだ。
虹の王本体を撃破出来るのが最良だが――
重傷を負わせて動きを止める、あるいは注意を引き付けてこの場から遠ざける――
ともあれ攻撃を仕掛けて魔石獣のこれ以上の発生を止めねば、話にならない。
攻撃は最大の防御、という事だ。
「――なら私も一緒に行く……」
ユアは他の騎士達と違い、平然としていた。
いやむしろ、ラファエルよりも落ち着いているかもしれない。
「えぇっ……!? それは助かるけれど――い、いや、やっぱり危険だ――!」
確かな実力者とはいえ、ユアはまだアカデミーの学生なのだ。
虹の王への直接攻撃という危地に、連れ込むわけには――
「いいえ――! そんなことを言っている場合じゃないわ……! 出来る限りの力を集めるしかないのよ――!」
ラファエルとユアの会話に割って入るのは、機甲鳥を駆るエリスだった。
「エリス様――!? あちらの戦況は大丈夫なのですか――!?」
「それよりも、今は虹の王を直接叩くしかないのよ――! あなたも分かっているでしょう……? 耐える戦いなんて意味がないわ、あんな尋常じゃない数を生み出されてしまっては……!」
「ええ、確かにそれはそうですが――」
確かにエリスの言う通りではある。こちらの戦力は有限、あちらは無限。
この状況では、一点突破でその発生源を叩くしかない。
「エリス! ラファエル! それからユアちゃんも――!」
「リップル――!」
「リップル様!」
「ケモ耳様……」
そこに、同じく機甲鳥を駆ったリップルも姿を現す。
「エリスも来てるってことは、同じ考えだよね!? あんな数を出され続けたら、防ぎ切れないよ! 頭を叩かなきゃ! ユアちゃんもごめんね、協力してくれる……!?」
「怖いだろうけど、お願いよ――! 少しでも多くの力を、一斉にぶつけないといけないの! ラファエルを助けると思って……!」
あの虹の王は極端に学習能力が高く、同種の攻撃を続けるとあっという間に耐性が付き、無効化するどころかそれを通り越して攻撃を吸収してしまう。
また、虹の王の生命力は素の治癒能力も高い。
つまり一番有効な攻撃方法は、耐性が付く前に大威力の攻撃を一斉に叩き込む――となる。要はエリスの言う事は正しい。
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