第329話 15歳のイングリス・虹の王会戦7
第二陣の飛鳥型魔石獣の大軍は、アールメンの街を包囲し、徐々に輪を狭めるように迫って来る。
対抗するカーラリア軍は四方向に分隊した聖騎士団を中心に、魔石獣の撃退を試みる。
防壁に陣取った騎士達から一斉に遠距離攻撃が放たれるが、当然それだけでは防ぎきれず、アールメンの全域で交戦が始まった。
東側を担当するラファエルは、自身も魔石獣と交戦しつつ声を枯らして周囲を鼓舞する。
「負傷者は無理をせず、必ず地下坑道に退避を――! 地下ならば安全です! 無事な者は負傷者の退避を援護して下さい!」
敵の飛鳥型の魔石獣が、地下坑道にまで侵入してくることは考え辛い。
狭い地下坑道では自由に飛び回る事は出来ず、文字通り翼をもがれた鳥となる。
坑道内にも一部の騎士を配置しているから、入って来てくれるならむしろ好都合だ。
この地下坑道があってくれてよかった。
乱戦で負傷者の退避先が無くそのまま放置されてしまうと、後続の魔石獣に止めを刺されてしまい、犠牲が多くなってしまうだろう。
というより通常の乱戦ならばそれが普通なのだが、地下坑道の存在のおかげで味方の生存率を上げることができる。これを利用しない手はない。
「お互いの距離が離れ過ぎないように! 決して個人で突出する必要はありません! 死角を補い合って、なるべく被害の少ない戦いを! 先はまだまだ長いです――!」
前線は互角のせめぎ合いだ。
敵の数はまだまだ多いが、今の所は犠牲を少なく抑えつつ耐える事ができている。
このままこの状況を継続して――
そう考えている間に、ラファエルの後方から飛び出してくる人影があった。
前線を遥かに飛び越えて、敵の真っただ中に飛び込むかのようだった。
「――! 前に出過ぎです……! 危険ですよ、戻って下さい――!」
ラファエルの制止も空しく、その人影はあっという間に敵に囲まれ姿が見えなくなる。
が――
バシュウウウゥゥンッ!
青白い光の柱が立ち上り、魔石獣達が吹き飛んで消滅した。
光の中に浮き上がる姿は――血鉄鎖旅団の黒仮面だった。
「……!」
「邪魔をして済まぬな。こちらにも為すべきことがあるのでな――」
その黒仮面を更に狙って、魔石獣が詰め寄るが――
ドドドドドドドッ!
鋭く強い連撃を受けて、次々と体が四散していく。
黄金の槍の穂先による、弾幕のような連続突きだった。
それを放った人物――システィアも黒仮面に並び、ラファエルを振り返る。
「そちらが望んだ事だぞ――それ以上の指図は受けん……!」
つまり黒仮面とシスティアは、街の外側で凍らせている人型の魔石獣の処置に向かおうとしているのだ。
「お、お願いします……十分に気を付けて下さい――!」
それを止める理由はないし、その権利もない。
それに、彼等なら大丈夫だろう。
「いらぬ世話だ、それよりも自分達の身を案じるのだな――!」
「止せ、システィア。急ぐぞ、同志達が待っている――」
「はっ! 失礼しました!」
システィアが深々と頭を垂れ、二人は共に敵の集団の中に消えていく。
「他の場所の戦況は……!?」
ラファエルは上に飛び上がり、他方向の戦況を窺う。
エリスが率いる西側と、リップルが率いる北側はこちらと似たような状況だ。
前線が拮抗し、敵をしっかりと食い止めている。
そして副長とミリエラ達に任せた南側――
そちらが一番、敵の大集団を食い止めていた。
いや、食い止めるどころか逆に真っ先に押し返し始めている。
「すごいな……! ありがとうございます、ミリエラ先輩――」
南にはミリエラ達に応援を頼んでいる。
騎士アカデミーの生徒達までこの戦いに駆り出してしまったのは申し訳ないが――
この戦果の差は、シルヴァ達アカデミーの生徒達の力が大きいだろう。
応援がミリエラ一人だけならば、恐らく他の方向と拮抗していたはずだ。
いい生徒たちが育っている――
これに加えて、この場にはいないラフィニアやイングリス、レオーネ達もいるのだ。
死に急ぐつもりなどないが、自分の次に続く世代は育っている。
そう感じられて、頼もしさを覚えた。
ならば自分も目の前の状況に専念して――
最前線に出ようとした時、後方から騎士たちの戸惑うような声が響いた。
「うおっ……!? お、おい君……! 危ないぞ!」
「き、騎士アカデミーの生徒か……!? とにかく前に出過ぎだ――戻るんだ……!」
そう声をかけられているのは、どこかぼーっとしたような小柄な少女――ユアだった。
ユアはまるで朝の軽いランニングのような感じで道を走って来て、最前線を突破していく。動きの軽さに反して、走る速さは驚くような猛スピードだ。
更に壁を蹴りながら、近くの高い建物の屋根に飛び上がった。
その動きは、何でもなさそうにしつつも周囲の騎士達が姿を見失うほどの鋭さだった。
「あれ――!? ど、どこだ……!?」
「上だ……! 速い――ッ!」
驚き心配する周囲を、ユアは振り向く。
「ども――おーえんに来ました」
言いつつ人差し指をぴっと立て、親指もそれと直角に、指鉄砲の形を作る。
「ばきゅん」
バシュウウゥゥゥッ!
指先から光線が迸り、手近な魔石獣の身を貫いて見せた。
貫かれた魔石獣はそのまま地面に墜ち、消滅して行く。
キュオオオォォォォッ!
その敵と言わんばかりに、周囲の魔石獣が一斉に群がる。
「ばきゅんばきゅんばきゅん」
その数に対応するべく、ユアは両手を指鉄砲の形にし、双方から光線を連射した。
次々と魔石獣が地面に墜ちて、周囲の敵の密度が減って行く。
「おおおお……!」
「す、凄いぞ、あの学生――!」
騎士達から感嘆の声が上がる。
「あの娘は……!? クリスと同じ無印者――!? まるでクリスみたいだ……!」
周囲の騎士たちにそこまで気にする余裕は無かったが――
ラファエルはユアの両手の甲に何の魔印も刻まれていない事に気が付いた。
自分の知っている常識では説明不可能な、得体の知れない強さ――
そういう意味ではこの生徒は、イングリスを見ているようだった。
特級印を持つシルヴァに加えこのような突出した生徒がいるなら、南側だけ目に見えて優勢だったのも頷ける。
「とう」
周囲の敵が減ってくると、ユアは更に敵が密集する奥の建物の屋上へと飛び込む。
また両手の指先からの光線の連射でその場をこじ開けていくが――
ギュオオォッ!
流石に、敵の密集が多過ぎた。
光線をかいくぐった個体が一体おり、突撃してユアへの体当たりを成功させた。
「おお?」
ユアの小柄で軽い体は簡単に飛び、屋根の上から弾き飛ばされて落ちて行く。
「あぶないっ!」
ラファエルはユアが地面に落ちる前にその軌道に回り込み、受け止める。
「大丈夫かい――!? ええと君は……」
「ユア――です。ども――」
「ああ。ユアさん、応援はありがたいけれど、一人で出過ぎるのは危険だよ。僕達と連携を取ってくれないか――?」
ラファエルがそう言うと、ユアは無表情ながらも少々顔を引きつらせた。
「うひぃ……! さーせん、ごめんなさい、申し訳ございません……!」
「!? い、いや、そんなに怒ったつもりは――ご、ごめんよ。怖がらせるつもりは……」
「――? 怖く、ない?」
「そのつもりなんだけど……」
「でも、あの子のアニキだから、きっと怒るとめちゃくちゃ怖い――」
「あの子――? ラニの事かい?」
ラファエルが尋ねると、ユアはこくこくと頷く。
「ははは……それは、ごめんよ。僕はあまりそういう姿は見たことがないんだけど――」
「……怒ってない? 怒らない?」
「ああ大丈夫だよ。それより、一人で突っ込まず、僕達と協力して戦ってくれないか?」
「へい――イケメンの神様」
ユアの気だるそうな瞳が、少しだけ輝いたようにも見える。
「そ、それ僕の事かい……!?」
ユアはまたこくこくと頷く。
まあ彼女がラファエルの事をどう呼ぼうが自由ではあるが――戸惑ってしまうのは確かだった。
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