第327話 15歳のイングリス・虹の王会戦5
「ラファエル! これ――っ!」
機甲鳥に乗るリップルは、ラファエルに何かを投げて寄越す。
ラファエルが受け取るとそれは、薄蒼い色の刀身をした短剣だった。
機甲鳥に搭載してあった予備の魔印武具だ。
「ありがとうございます、リップル様!」
ラファエルはそのまま、街の外から迫る魔石獣の軍団へと針路を取ろうとする。
が、その途上――ミリエラ達から少し離れたところに、人型の魔石獣の姿を視認する。
騎士達がその周囲を取り囲んでいるが、動きを止めるのに苦戦している様子だ。
「――助太刀しますッ!」
急降下し、全速力で突進を仕掛ける。
勢いを殺さず蹴りを繰り出し、魔石獣の巨体を軽々と蹴り飛ばした。
ドガアアアァァンッ!
近くの建物の石壁を半壊させ、魔石獣の体がめり込み、動きを止める。
「そこだっ!」
その隙を見逃さず、ラファエルは短剣の魔印武具を振り翳す。
ビュウウウウウゥゥッ!
渦を巻くような吹雪が巻き起こり、見る見るうちに魔石獣の体を凍り付かせて行く。
神竜の牙には冷気を発する事は出来ないため、リップルが渡してくれたこれを使う。
特級印は天恵武姫を扱えるというだけでなく、上級中級下級に位置する全ての魔印武具も扱える。
臨機応変。それが聖騎士の戦いの神髄でもある。
「おおお……っ!」
「流石はラファエル様――!」
「お見事です……!」
ラファエルの手並みに騎士達から歓声が上がる。
「さあ、次の敵に備えてください――!」
右手に紅い剣、左手に蒼い短剣を構えるラファエルは、再び飛び立つ。
そこに、エリスとリップルの乗る機甲鳥が並走する。
「ラファエル――! 皆それぞれ動き出してくれているわ……!」
「後ろは皆に任せて、ボク達は前行こ! 前! もうすぐ近くに来てるよ!」
「はい! 行きましょう!」
ラファエル達は、東側の防壁外上空に布陣する聖騎士団の元へと戻る。
迫って来る飛鳥型と人型の魔石獣の集団に対する最前線――もうすぐ敵を遠距離攻撃の射程内に捉えられそうな位置だ。
「ラファエル様! ご指示は届いておりました! 氷を扱える者は後衛に置き、それ以外は前衛になるように構えております……!」
副長からの報告の声が飛んでくる。
「ありがとうございます! では前衛は集団陣形を維持しつつ、前進! 前線の維持を第一としつつ、飛鳥型の魔石獣を狙って下さい! 後衛は人型の魔石獣が地に落ちた所を凍り付かせてください! その後の処置は協力者に任せます! さあ、行きましょう!」
ラファエルが先頭に立って敵の前面に出ると、前衛の部隊も鬨の声を上げながら前進を始める。
「ラファエル! 向こうの方が横に広いよ――!?」
確かにリップルの言う通りではある。
こちらの前衛は集団陣形を取っているため、魔石獣の集団より横幅は狭い。
このまま当たれば、敵の左翼と右翼は後方に抜けて行くだろう。
「横に溢れた分は、後方の部隊に任せるという事よね――?」
今このアールメンの街には、聖騎士団の他にも各地の領主達が抱える騎士団や、騎士アカデミーからの選抜隊など多数の兵力が集まっている。
兵数だけで考えれば、聖騎士団以外の兵力のほうが多いだろう。
だが魔石獣との戦闘経験、人員の練度等を鑑みて、聖騎士団がこの戦場でも主力であることは事実だ。
ある程度は他の部隊に任せる事により、損傷を抑えながら長期戦に備えようというのは、悪くはないだろう。後方にはミリエラ達もいるのだ。
「いえ――! 僕達が二手に分かれ、左翼と右翼から中央に敵を押し込むつもりでしたが……!? そうすれば、三方向からの攻撃で全体の消耗は最小になるかと――」
「うわ……! いきなり人遣い、荒っ!?」
「ま、まあそれも部隊の消耗を抑える方法ではあるわね――」
「ボク達は消耗するけどね――!?」
「い、いけませんでしたか――?」
「いえ、構わないわ――」
エリスとリップルの思いとしては、ラファエルに武器化した自分達を使わせるような状況にさせるつもりはない。
ならば下手にラファエルの力を温存などせず、動いて貰うのもいいだろう。
何よりこの戦術はいつも通りのラファエルなら、言い出しそうな内容だ。
つまりここが最期だと思い詰めているような様子ではない。
ある意味では安心できる。
「そうだね――じゃあボクとエリスが左から!」
「はい、こちらは右に――!」
ラファエルとエリスとリップルの乗る機甲鳥は急激に方向転換し、それぞれの方向へと散っていく。
全速で加速し、ラファエルは右翼の端に到達する。
「うおおおおぉぉぉぉっ!」
全速力の突撃から、神竜の牙の紅い刃を飛鳥型の魔石獣に突き立てる。
キュオオオオォォォッ!
魔石獣は悲鳴を上げ身を捻らせ、脚で掴んでいた人型の魔石獣を下に落とした。
それは問題ない。魔石獣に物理的な打撃や衝撃などは通用しない。
傷をつけるには、魔印武具の存在が不可欠だ。
だから、多少高い位置から落下をしても、人型の魔石獣は無事なはず――
問題は、飛鳥型の魔石獣のほうだ。
虹の王が産んだ眷属と思われるこれは、以前は神竜の牙の刃が触れると蒸発するように消滅していたはず。
今はそれがない――消滅せずに体を維持し悲鳴を上げているのだ。
「間違いない……! 以前の個体より強度が増している……!」
生み出す眷属の強さが上がっているという事は、本体もまたそうであろう事は容易に想像がつく。
「だが今は――!」
ザシュウウゥゥッ!
横に凪ぎ切った紅い刃が、魔石獣の体を両断した。
消滅させるまでいかずとも――こうして斬り裂くことは難しくない。
「斬れるのならば、それでいい――!」
ラファエルは神竜の牙を体の横に水平に構え、そのまま横に長い敵集団の中央部に向けて突進を開始する。
「うおおおおぉぉぉぉっ!」
広大な範囲の斬撃は紅い尾を引く一筋の光となり、多数の飛鳥型をまとめて斬り捨てた。同時に大量の人型が地面に墜落して行く。
そこに聖騎士団の後衛から放たれた氷塊が着弾。
氷漬けの魔石獣の置物が次々と造り出されて行く。
ラファエルが右翼の端から中央に向けて突撃を続けていると、逆の左翼の端からも、次々と人型の魔石獣が地面に落下していくのが目に入った。
「流石、エリス様とリップル様――!」
こちらも負けていられない――!
ラファエルはますます速度を上げ、右翼を押し込んで行く。
逆側のエリスとリップルも左翼を押し込み続け、横に長かった魔石獣の集団は中央に丸まるように押し込まれて行く。
中央部にラファエルが到達すると、既に聖騎士団の前衛が正面の魔石獣と激しく交戦していた。
ラファエルとエリスやリップルが離れていても、きっちりと魔石獣を押し込んでいる。
敵はヴェネフィクとの国境付近で戦った飛鳥型よりも強化されているが、それでも対応できている。彼らを預かる指揮官としては、頼もしい姿だった。
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