第326話 15歳のイングリス・虹の王会戦4
あとはもう、それぞれの敵に当たるのみ――
そのような気配になっていたが、シルヴァが声を上げる。
「待って下さい――! エリス様、校長先生……! 今モーリス君を変化させたような対応ができるならば、可能な限りそうすべきでは……!? 救われる命が……いや、救われるとも言い切れませんが、それでも――ならば全軍は人が変化した魔石獣に対しては、氷漬けにして動きを封じるように指示をするべきでは……?」
「シルヴァさん――」
「メガネさん……たまにはいいこと言う」
「たまには余計だっ!」
シルヴァの提案に、黒仮面は少し思案していた。
「ふむ……魔石獣に変えられた人々は皆、我が同志達だ。命だけでも長らえさせ、未来の可能性に賭けるも良い――戦い方を制約する事にはなるが、心遣いをして頂けるのであれば有難い。が――」
「何か問題が……?」
「済まぬが、我の力とて無限ではないのだ――あれだけ多くの者達に変化を施せば、虹の王本体との戦いに手を貸す余力は残るまい。それでも構わぬか?」
「…………」
エリスは少々返事に窮した様子だが、シルヴァは即答する。
「構わない――! 虹の王本体との戦いに力が足りないというならば、それを補うのは僕の役目だ……! この特級印は、飾りではないんだ――!」
「私もがんばる……一応」
「うむ――頼もしいことだ。元々、こちらは黒子に徹するがこの国と人々のため――人心と国体を揺るがすつもりはないのだ。我等の敵は、地上を食い物とする天上人のみ――ではそちらの指示は頼む。古き王国の姫君たる天恵武姫よ――」
「……!? あなた、どうしてそんな事を――一体何者……!?」
「ええっ……!? エリスさん、どこかのお姫様だったんですかあ!?」
「古い話よ……! もうとっくに終わった話――今目の前の状況とは、全く関係のない話だわ」
「そうだな――余計な事を失礼した。今は虹の王を打ち滅ぼすことに力を尽くすのみ……では、方針の指示を願えるか?」
「……必ずしも滅ぼすことだけが目的ではないわ。誰もいない僻地に追い払うことができるなら、それでも構わない――」
だがどちらにせよ、黒仮面の提案の通りにしていいのかどうかは、悩ましい。
魔石獣化した人間を生き永らえさせる事ができるかも知れないというのはいいが――
そのために力を使えば虹の王本体との戦いに助太刀する余力は無くなると言う。
先程、魔石獣化した人間を小型化したあの力――エリスにはその力の正体は分からなかった。魔素の流れを感じなかったのだ。
だが見た目にも、何か強い力が働いたのは確実。
天恵武姫の自分にすら正体不明の、だが強力な力――
それはつまり、イングリスと同じかも知れない。
だとするならば、この黒仮面の力は、虹の王本体との戦いにこそ使うべきなのでは、と思う。
その方がラファエルの負担が減るのは間違いない。この戦いを生き延びられる可能性も高まるだろう。
いくら魔石獣化した人間に変化を施しても、その後虹の王を止められなければ意味がない。助けた人間以上の被害が出てしまう。
黒仮面は血鉄鎖旅団は黒子に徹する方がこの国と人々のためだと言った。
それは、血鉄鎖旅団があまりにこの戦いで活躍すると、人々の人望がそちらに移り、結果的に国の政情を不安定化させてしまうことを懸念したものだ。
あちらはカーラリアの国を切り取ろうとか、転覆させようという意図はないという事なのだろうが――それよりも何よりも、虹の王本体との戦いに、すべてを集中するべきではないか――魔石獣には国境などないのだ。
そう考えると、容易に黒仮面の提案に頷く事は出来なかった。
少なくとも自分の一存では――
エリスが思案していると――
「分かりました。全軍に伝えましょう。人型の魔石獣に対しては、凍り付かせて動きを止めて対応するように――と」
それはエリスが発したものではない。
頭上――いつの間にかそこまで降りて来ていた、機甲鳥に乗る人物からだ。どうやら、こちらの話も耳に入っていた様子だ。
「ラファエル……! そんな簡単に――」
「ほ、ホントにいいの――?」
エリスに続き、機甲鳥の操縦桿を握るリップルもそう問いかける。
「はい。僕もシルヴァ君の考えに賛成です――可能な限り多くの人を救いたい。こちらには、彼のように魔石獣に変えられてしまった人達を変化させる事はできませんから、彼にしかできない事で力を借してもらうべきだと思います」
ラファエルは迷いなく頷いて見せる。
「魔石獣化した者達は皆、我等血鉄鎖旅団の同志達――貴国に仇為すつもりはないが、貴国にとっての裏切者であることもまた、確かだ。それでも彼らを救わんとするのか? 聖騎士よ――」
「魔石獣に脅かされる人々に、国や立場の違いは関係ない。出来る限り多くの人間を救うことに力を尽くす――それが僕が思う聖騎士の在り方だ」
「――貴殿に敬意を表する。では虹の王本体との戦いは貴殿に委ね、我は我にしかできぬ事に力を尽くさせて頂こう」
「ああ――こちらは任せてくれ」
ラファエルは黒仮面と頷き合う。
「エリス様、リップル様、済みません……僕の一存で――」
「総指揮を任されているのはあなたよ。決定権にはあなたにある――決めたのなら、従うわ」
「うん。ボクもエリスと同じだよ。ラファエルが決めた事なら――」
だが、安易にラファエルを虹の王本体と戦わせ、命を落とさせたりはしない。
それは本当に最後の最後の手段だ。
倒せないまでも、通常戦力で人里離れた僻地への誘導を試みる事も出来る。
時間を稼いでいるうちに、イングリスが援軍に間に合うかもしれない。
自分達の力で、そこまで持っていく。決して諦めない――
エリスとリップルも頷き合った。
「では急いで全軍に伝令を出し、この作戦を伝えましょう……!」
「ええ……!」
「うん、分かったよ――!」
動き出そうとするラファエル達を、黒仮面が制止する。
「待て。伝令ならば我の肩に触れ、話すがいい。その声を全軍に届けよう」
「ああ、先程街中に響いた――一体どういう仕組みで……」
「何、大したものでもない。さあ急ぐがいい」
ラファエルは機甲鳥から黒仮面の傍に降り立ち、その肩に手を置いた。
「ラファエル・ビルフォードです。皆、聞こえますか――!?」
その声は先程の黒仮面の声と同じように、この街に布陣する全軍に響き渡った。
「魔石獣化した人間に対しては、氷の魔印武具の力で動きを封じて下さい! その後、止めを刺す必要はありません――! 別途、無力化を行う処置を施します! 各自の装備は氷の魔印武具を優先! また、氷を扱える人員を優先して守るよう、陣立てを――!」
その呼びかけに、あちこちから反応する声が上がる。
「ラファエル様……!? 聖騎士殿がそう仰るなら――」
「こいつらを、助けてやれるんだな……! よし、やるぞ……!」
「承知しました、ラファエル様――!」
先程の黒仮面の呼びかけには、皆静まって聞いていたが――
ラファエルの呼びかけには歓声と、奮い立つような反応が返ってくる。
「では、かかりましょう……! 僕に続いて下さいッ!」
ラファエルはそう呼びかけると、神竜の牙の紅い刃を抜き放つ。
グオオオオオオオォォォンッ!
ラファエルの気迫に反応し、魔印武具が竜の咆哮を放つ。
刃と同じ紅い鎧がラファエルの身を包み、鎧の翼がラファエルを天に舞い上げる。
尾を引く紅い輝きは、自分の背中を追えと促しているかのように見え、戦場に臨む騎士たちの心を奮い立たせる。
「「「おおおおおおおおっ!」」」
戦場のあちこちから声が上がる。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
『面白かったor面白そう』
『応援してやろう』
『イングリスちゃん!』
などと思われた方は、ぜひ積極的にブックマークや下の評価欄(☆が並んでいる所)からの評価をお願い致します。
皆さんに少しずつ取って頂いた手間が、作者にとって、とても大きな励みになります!
ぜひよろしくお願いします!




