第325話 15歳のイングリス・虹の王会戦3
「天恵武姫……!? 血鉄鎖旅団の……!?」
「――システィアだ。今はそちらと事を構えるつもりはない。カーラリアの天恵武姫よ」
「……エリスよ。こちらもそうしたい所だけど――」
エリスは油断無く、システィアの様子を窺う。
そのシスティアは自分のいる屋根から跳躍し、ユアの近くに飛び移った。
「――お怪我はありませんか?」
システィアはユアに向け微笑みかける。
一見怖そうな雰囲気の美人が、初対面からやけに親切である。
全くそうされる覚えもないので、ユアはきょとんとして返事をする。
「だ、だいじょぶ――あ、あざっす」
「では今のうちに、その者を氷塊の中に閉じ込めて下さい……! 大丈夫、魔石獣の生命力ならばその程度ですぐに死にはしません――! 動きさえ封じておけば、元には戻せませんが、何とか共存可能な形で生き永らえさせることは――」
「……凍らせるの? ええと――急に言われても、むずい……」
「私がやります! ユアさん! モーリスさんをこちらに向けてください!」
「校長先生――へい……!」
ユアは言われた通りに、モーリスの体をミリエラの方向に向ける。
「氷よッ!」
ミリエラ校長が翳した杖の先端から、無数の氷塊がモーリスへ向けて飛んで行く。
それがモーリスの体に着弾すると、体の表面の一部が凍り付く。
間髪入れずに連続で氷塊が着弾すると、見る見るうちに氷が巨大になったモーリスの体全体を覆いつくして行く。
あっという間に氷漬けのモーリスの完成だった。
「おお……校長先生。あざっす」
「いいえ、お礼なんていいんですよ――ですけど、私にはここまでしか……」
エリスは剣を鞘に納め、システィアに問いかける。
「――それから、どうするつもりなの? もし天恵武姫に魔石獣を救う能力があるのなら、是非見学させて貰いたいところけれど……」
「済まないが、それは出来ん。私が行うのではないからな――」
屋根の上のシスティアは、更に頭上の夜空を仰ぎ見る。
その視線の先には、夜空に浮かぶ黒い大型の機甲鳥の機影があった。
丁度地上に布陣している部隊と、空に布陣している聖騎士団との中間に割り込むような位置だ。
「あれは……!」
仮面で顔を隠した、全身黒ずくめの人物が機甲鳥の機上に立っている。エリスは初めて見るが、その異相は話には聞いている。
血鉄鎖旅団の首領の黒仮面だ。
「虹の王に挑まんとする高貴なる戦士達には、お耳汚しをご容赦願いたい――我が同志達に告ぐ……! 虹の粉薬を今すぐ廃棄するのだ……! それがこの虹の王の気と混ざり合い、人を魔石獣へと変える……! 虹の粉薬さえ持たなければ、魔石獣化は確認されていない……! さあ急ぐのだ――!」
黒仮面は声を張り上げ、周囲へと呼びかける。
声は人一人が発するものにしては、大きすぎるほどに大きく遠く響く。
かなりの大軍が集っている戦場だが、その全体に届きそうなほどに感じる。
エリスには魔素の動きを感じられなかったが、何かしらの特別な力が加わっているのかも知れない。
「――だけどなぜこんな土壇場でそれを言うのかしら……もっと早くに知らせてくれた方が被害も混乱も少なくて済んだのに――」
「ええ、そうですね――虹の王は長い距離を移動してきましたから、その間に気が付いたはずですが――」
エリスの漏らした感想に、ミリエラも頷いて同意する。
「仕方がなかったのだ。我々とて早くに魔石獣化が分かっていれば、同志達に伝えていた――このような伝わり方は、内部に潜んでいる同志の存在を伝えるようなものだ。だがあの現象は、虹の王がこのアールメン付近に近づいてから急に発生し始めた――危機を伝え同志を救うため、出来る限り急いだ結果がこの状況なのだ。非難される謂れはない」
システィアは少々不機嫌そうにそう述べる。
「アールメンに近づいてから急に――? そう、それは仕方ないわね……ごめんなさい」
「理解頂けたなら構わん。こちらとて、虹の王との戦いの足を引っ張るような結果になり、申し訳ないと思っている――」
「ですが、このアールメンに近づいて急にそんな事が起こるとは……? この土地に何かあるんでしょうか? 確かに、元々虹の王が安置されていた場所ではありますが――」
シルヴァは話を聞いて感じた疑問を口にした。
「もしくは、虹の王の力がこうしているうちにもどんどん増していて、虹の粉薬と反応して人体に異変を起こすまでになってしまった、と考える事もできますね――」
シルヴァに対してミリエラが応じる。
「いずれにせよ、何一つとしていい事ではないわね――」
そのエリスの言葉を、誰も否定はできなかった。
「あの――モヤシくんはいつまでこのまま? 落としたら粉々に割れそうで怖いんですけど……?」
モーリスが凍り付いた屋根の上は少々斜めになっており、ユアは落ちないように支えているのだった。
「これは済みません、もう暫くお待ち下さい――」
システィアがユアを手伝おうと手を伸ばした時、上から声が降ってくる。
「システィアよ、待たせたな――せめて我等の手で、哀れなる同志達を眠らせるのだ」
機甲鳥に乗った黒仮面がシスティアを迎えに来たのだ。
「は――っ! ですが、その前にこのモーリスをお救い頂けませんか……!? あのノーヴァの街の執政官と同じように――」
システィアは黒仮面に恭しく頭を下げて願い出る。
「……それが救いなのかどうかは、何とも言えぬが――お前の願いならば、そうしよう」
「ありがとうございます……!」
黒仮面はそう頷くと、氷漬けのモーリスの傍に降り立つ。
そして手を触れると、その個所から青白い煙のような光が立ち上った。
それが見る見る大きく膨れ上がっていくと、逆に氷に包まれたモーリスはどんどん縮んでいく。
「おお……!?」
目を丸くするユアの目の前で、モーリスは手や肩に乗るくらいの大きさになっていた。
「あ――そういうことですねえ……! これが、イングリスさんたちが連れているあの子の……!」
「――如何にも。先ほども述べたように、これが救いになるのかは分からぬが――暴れ出しても大した害にはなるまい。我に出来るのはこの程度だ、済まぬな」
黒仮面はそう言って、小さくなった氷漬けのモーリスをユアに手渡した。
「いや……あざっす。元に戻れなくても、ちゃんと飼う――友達だから……」
「そうか――同志モーリスの事をよろしく頼む」
黒仮面はユアに向けて頭を下げた。
「ユアさん、私もお手伝いしますから、モーリスさんを元に戻す事ができるか研究をしてみましょう? セオドアさんも協力して下さるはずですから――」
「校長先生――はい、これからちょっと真面目に生きます」
「いやあ、今までも真面目に生きてて欲しかったですけどねえ……? 自覚あったんですねえ――ま、まあ頑張りましょう……!」
その様子を見て、黒仮面は踵を返す。
「では行くぞ、システィア――まだ魔石獣に変えられてしまった同志がいる。彼等を休ませてやらねばならん」
「はい……!」
「街の中の混乱は我々に任せてくれ。そちらが前だけを向いて戦えるようにさせて頂く。地上に生きる民である以上、虹の王との戦いに手を貸さぬ道理はないからな」
「――ええ、感謝をするわ」
エリスが黒仮面にそう応じる。
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