第324話 15歳のイングリス・虹の王会戦2
「くっ! 止むを得ん攻撃しろッ! このままでは向かって来る敵の迎撃もできん!」
部隊の隊長格の騎士が、そう指示を飛ばした。
「し、しかしこれは我々の仲間です……!?」
「そ、そうです……! こいつはいい奴で――隊長もご存じでしょう!?」
「止むを得んのだ――! やらねばお前達が死ぬ……! それを見過ごすわけにはいかんのだ! 俺に続けッ!」
隊長格の騎士が魔印武具の剣を振り抜き、雷を纏った刀身で、自部隊から発生した人型の魔石獣に斬りかかる。
「く……っ! わ、分かりました……!」
「すまん……! 許してくれ――ッ!」
口先だけでなく隊長自ら動いて見せた事により、怯んでいた他の騎士たちも覚悟を決めて後に続く。
ガアアアアァァァァッ!
固まって突撃してきた騎士達に、逆に魔石獣が体当たりを見舞ってなぎ倒す。
「「「うあああぁぁぁぁっ!?」」」
「くっ……! 強い――!」
「並の魔石獣じゃない……ッ!」
ゴアアァァッ!
倒れた隊長格の騎士に、人型の魔石獣は鋭く爪を伸ばし、刺し貫こうとする。
「うぅっ――ッ!?」
爪が騎士の胸板を貫く寸前――一筋の光のような閃きが、天から舞い降りてくる。
ザシュウウウウゥッ!
それは人が変化した魔石獣の頭から縦に奔り抜け、巨体を真っ二つに両断した。
「「おおおおっ!?」」
閃光のような早業に騎士たちがどよめく中――
倒れた魔石獣の傍に立つ人物は、エリスだった。
「おおお……! エリス様――!」
「天恵武姫が我らをお救いに――」
エリスは冷静だが大きく強い声で、周囲に呼びかける。
「ここは私がやります――! あなた達は陣形を乱さず、迫ってくる敵に備えて!」
「「はは……っ!」」
騎士たちの間から動揺が消えて行く。
天恵武姫がそう言うからには、それが正しい――
そう感じさせて騎士たちの意思を一つにする力が、エリスの言葉にはある。
それは長年積み上げてきた信頼と敬愛の成果である。
エリスは機甲親鳥にいるミリエラに呼びかける。
「ミリエラ――! 分かるなら教えて、このままどんどん魔石獣化が全軍に広がっていくと思う……!? だとしたら全軍避難させないと――!」
「エリスさんでもご存じない現象なんですかあ……!?」
「勿論よ……! 普通の人間が魔石獣になるなんて――! こんな事が頻繁に起こるようなら、もうとっくに世界は滅びていても可笑しくない……! それで、どう思うの?」
「詳しく調べないと断定はできませんが、全軍に広がることはないと思います……! 恐らく魔石獣と化したのは、虹の粉薬を所持した血鉄鎖旅団の構成員です! それが虹の王に近づいた事で、何らかの反応を……!」
「虹の粉薬……!? そう――それだけでは無い要因もありそうだけれど――」
エリスも先ほどのミリエラと同じようなことを考えた様子だ。
だが、虹の粉薬の存在が主要因だという事もまた事実だろう。
「それが主な原因なら、皮肉ね――虹の王に血鉄鎖旅団の間者を割り出して貰うみたいで……!」
「ええ――そうですね……!」
「とにかく分かったわ! このまま迎撃態勢を維持して――この魔石獣は私が狩るッ!」
エリスは付近に現れていた別の一体の魔石獣に突進する。
ギアアァァッ!
魔石獣は迎撃のために拳を繰り出すが、その腕自体が千切れて飛んだ。
エリスの右の双剣が、向かって来る魔石獣の腕を薙ぎ払っていたのである。
そのまま全く勢いを殺さず魔石獣の脇を通り過ぎつつ――
今度は左の剣が胴を斬り裂き、魔石獣の体を上下に切断して見せる。
「おおおお……!? 凄まじい――!」
「何と見事な――!」
「もう一つッ!」
エリスは近くの壁に向かって地を蹴り、更にその壁を蹴って高く飛び上がる。
壁を蹴った反動の、矢のような勢いで斬りこむ先は――
屋根の上からユアが逆さ吊りにしている、モーリスだった魔石獣だった。
「はあぁぁっ!」
高速の斬撃が闇夜に閃く――
ひょい。
だがモーリスの体がふわりと持ち上がり、エリスの剣の軌道を避ける。
当然、ユアが持ち上げてモーリスを助けたのだった。
「――!? あなた、騎士アカデミーの……」
「駄目。やめて――これはモヤシくんだから……」
「気持ちはわかるわ……! だけど、魔石獣が元に戻る事なんてないのよ――! 放っておけば、あなたやあなたの友達が殺されるの……! だから私に任せなさい――あなたは目を閉じて耳を塞いでいればいいから――」
「やだ。モヤシくんはモヤシくんだし、友達はモヤシくんだけだし――」
「仕方がないのよ……! 他にどうしようもないの――! 理解して頂戴……!」
「やだって言ってる――! どうしてもって言うなら……私を倒してから――!」
いつもぼーっとしているユアにしては珍しく、強い拒絶の意思を見せる。
「ユア君……! だが――それは……!」
シルヴァとしても、ユアの気持ちは良く分かる。
モーリスも知らぬ仲ではないし、むしろシルヴァにとって理解不能かつ制御不能なユアとの間に入って、色々とユアの面倒を見てくれる良い後輩だった。
血鉄鎖旅団と通じていたとはいえ、助けられるなら助けたいのは山々だ。
だが、エリスの言っていることもまた理解できる。
魔石獣を元の存在に戻す方法など存在しないのだ。
そして今、魔石獣の群れがアールメンの街に迫り、その後には虹の王も迫る中――こちらの部隊が、発生した人型の魔石獣により混乱し、内側から崩壊するようなことは避けねばならない。
迫ってくる群れの中には、モーリスらが変化したようなものと同じ、人型の魔石獣も混じっている。あれも恐らく同じ経緯で発生した元人間だとは、皆が分かることだろう。
自軍に発生したこれに怯んで戦うことができなければ、迫ってくる敵集団とも戦えない。それが結局全軍を殺す事に繋がるかも知れない。
そうしないためには、一刻も早く迷いを振り切って意思統一することだ。
エリスはそれを見せようとしてくれている。
しかも同部隊で距離が近かった者には、直接手を下すことは求めず自分がそれを買って出てくれている。
下手をすれば自分が恨まれることになるのを厭わず――だ。
ならば特級印を持ち天恵武姫と共に戦うことを未来の使命とする自分は、率先してエリスに協力するべき――
が、ユアに味方してあげたい気持ちもあるのだ。
モーリス一人くらい、何とか見逃す事は出来ないのか――と。
ユアの思う通りにさせてあげる事は……?
だがそれを思うことは、自分がモーリスを知っているからで――
矛盾している。だが、言わねばならない――
「シルヴァさん」
ミリエラ校長がシルヴァの名を呼び、手で制する動きをする。
自分が言うから、それ以上はいい、と表情が物語っている。
シルヴァ自身、それを見てほっとしてしまっていた。
同時に実感する。悔しいが、自分はまだアカデミーの生徒だ、と。
ミリエラ校長に守ってもらっている――
だがシルヴァを制したミリエラ校長が何か言うよりも更に早く、エリスが動いていた。
「――ごめんなさい……! 恨んでくれていいから――!」
エリスは着地した地上から、左右の双剣を鋭く振り抜く。
その間合いには何もおらず、刀身は空を切るはずだが――
エリスの手元は、空間がねじ曲がったかのように、ぐにゃりと歪んでいる。
「――!」
黄金の双剣の刀身だけが、モーリスのそばに出現する。
ユアは虚を突かれ、反応が遅れる。
刀身がモーリスの身を捉え――る寸前に、刃の前に別の刃が出現する。
ガキイイィンッ!
それは黄金の槍の穂先だった。激しく火花を散らし、剣の軌道を食い止める。
エリスの双剣と同じように、空間が歪み何もない所から槍だけが現れていた。
「!? これは私と同じ……!」
「邪魔をさせてもらうぞ――同志を守ろうとする行為は捨て置けん……」
ユアがモーリスを逆さ吊りしている建物とは別の建物の屋根から、声がする。
そこには長い赤い髪をした長身の美女がいた。
エリスの剣を防いだ黄金の槍を携えている。
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