第323話 15歳のイングリス・虹の王会戦
アールメンの街。東側防壁付近――
虹の王の尖兵である魔石獣の群れの接近と共に、付近に広がった仄かに虹色がかった靄。
それに触れた途端に人が魔石獣と化し始めた事から、街に布陣する虹の王の迎撃部隊には、戦闘開始の前から巨大な動揺が広がろうとしていた。
それは騎士アカデミーからやって来た、ミリエラ校長率いる選抜部隊も同じだ。
二回生の生徒モーリスが、突然魔石獣へと姿を変えてしまったのである。
「モ、モーリス君まで魔石獣に……! そんな馬鹿な、こ、校長先生……! 彼の言った虹の粉薬とは……!?」
シルヴァは明らかに狼狽えた様子で、ミリエラに答えを求める。
「血鉄鎖旅団の構成員が所持する秘薬と聞きます……虹の雨に似た効果があり、動物に与えれば魔石獣と化し、多量に服用させれば天上人さえ……!」
「――! では、モーリス君は血鉄鎖旅団の……!?」
「ええ。振り返れば血鉄鎖旅団は、私達よりも詳しく王宮の動きを把握していたり、各所に内通者を潜ませているふしはありました……! 聖騎士であるレオンさんを引き入れる程ですし――アカデミーにもそういう方がいて、何ら不思議ではないのかも知れません……! ですが、今はこの目の前の事ですよお……! 恐らく虹の粉薬が、何らかの作用をしたのだと思いますけれど――!」
人が魔石獣に変わるなどという現象は、ミリエラも聞いた事がない。
モーリスは虹の粉薬が熱いと言い、そして魔石獣に姿を変えた。だが、それだけが原因ではないだろう。
何かが虹の粉薬に反応した。
おそらくはこの、虹色がかった薄靄だ。
虹の王の近くに発生するこれが、他の生命を魔石獣に変えて大軍を生む。虹の王の移動と共に周囲の生態系を巻き込んで無数の魔石獣を生み出し、大被害を巻き起こす。
これと虹の粉薬が反応して人の魔石獣化を引き起こしたのだろうか? いや、だとしたら何故今それが起こる?
血鉄鎖旅団は虹の王の侵攻によって大量に生み出される魔石獣から、付近の村や街を守るために動いていると聞いた。
緊急時ゆえに、その行動には目を瞑っているとも――実質的な共闘態勢だ。
それによって、ここアールメンの街に防衛拠点を築く事ができたとも言えるだろう。
で、あれば――だ。
虹の粉薬を所持した血鉄鎖旅団の兵士は、ある程度虹の王の近くに接近していたはずだ。この薄靄の中に踏み込んだはずだ。
単にこれと虹の粉薬の反応であれば、もっと早い段階で魔石獣化する事例が確認され、情報が伝わっているはずだ。
ヴェネフィクとの国境付近で蘇り動き出した虹の王は、かなりの距離を移動してここアールメンまで到達しているのだから。
少なくとも、血鉄鎖旅団の構成員には迅速に伝えられるはず――命に係わる重大な情報である。
なのにモーリスはこの場に虹の粉薬を携えていた。
だから何か、侵攻中にはなくてここにはある別の要因もあるはずだ。
それが何かは分からないが、これは捨て置いてはおけないだろう。
もしもそれが簡単な条件ならば――
容易に人が大量に魔石獣化するような事態が整えられてしまうなら――
それは、この地上の世界を滅ぼす引き金にもなりかねない事態だ。
瞬時にそこまで考えを巡らせつつ、ミリエラは眼下の混乱に目を移す。
魔石獣に姿を変えた騎士が、周囲の騎士に襲い掛かっていた。
ガアアアアァァァァッ!
巨体と化し太く肥大化した腕が、数人の騎士を薙ぎ払う。
「「ぐあああああぁぁぁッ!?」」
「くっ……! おい正気に戻れ! こちらは味方だぞ!? 聞こえないのか……ッ!?」
「身も心も魔石獣になってしまったというのか……!?」
周囲の騎士達も、味方が魔石獣に変わってしまうなど想定していない。
すぐにそれを討つ行動に出ることも躊躇われてしまい、一方的に魔石獣が暴れるばかりだ。
「グアアアアァァァァッ!」
魔石獣と化したモーリスも同じだ。
ユアを丸太のように太くなった脚で蹴り飛ばそうとする。
バシイィィッ!
他の騎士たちと違いユアはユアなので、あっさりとその蹴りを受け止めていたが。
「モヤシくん――新しい一発芸?」
きょとんと首を捻りながら、受け止めたモーリスの足をひょいと持ち上げる。
為す術もなく魔石獣化したモーリスは転び、ジタバタと暴れ始めた。
「……どうどう――」
困った顔をしたユアは、軽く地を蹴る。
モーリスの脚を掴んだまま、近くの建物の屋根に飛び上がった。
魔石獣のモーリスは逆さ吊りのような状態だ。
「グアアァァッ! ゴアアアァァッ!」
「ねえモヤシくん。校長先生もメガネさんも笑ってないし――早く止めたら? 怒られるよ……? モヤシくんが怒られたら、誰が私の盾になるの……?」
ユアはモーリスをぶんぶん振るが、それで何かが解決するわけではなかった。
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