第322話 15歳のイングリス・王子と王子13
「……遠慮はいらん。事が終われば、俺を斬るがいい――」
拘束されたウィンゼルが目を覚まし、そう述べた。
「ば、馬鹿言うなよ……! 俺はそんなつもりは――!」
「何も馬鹿な事ではない――お前が王になるというならば、俺はそれに牙を剥いた反逆者だ。それを放置することは許されん……他の者への示しがつかん」
「だ、だけどさ――!」
「俺はお前を見誤っていたようだ。それは認めよう。だがそれだけに――これ以上、お前の足を引っ張るつもりはない」
「……ラティ王子、ウィンゼル王子の仰られることも一理あるかと――最低でも国内には留め置けません。ウィンゼル王子も、そのように要求されておいででした」
「……でもさ、兄貴は特級印を持ってるんだぞ――!? そんな奴を殺したり国から追放したりするのは――」
「それがただの反乱であるならば、力を惜しむというのも良いでしょう。しかしこれは、王権を争う王族の戦い――そうは参りません」
「――とはいえ、この国以外のために働く気はない。ならば、お前の命で俺を斬れ。逃がすよりも、その方が新たな王の威厳も高まるだろう。特級印を持つ俺を打ち破り、斬って見せた強き王としてな……」
「い、嫌だって言ってるだろ、そんなの……!」
「ならば俺に自決せよと? それも構わんが――薄情ではないか?」
「薄情でもなんでも! 俺はそんなつもりじゃねえって言ってんだよ――! なあおいルーイン! 何とかならねえのかよ――!? イングリスは勝った後の事を何か言ってなかったのか――!?」
「いえ、前も申し上げましたが、決着をつけるべし――とだけです」
「くっ……! どうすりゃ――」
こればかりは、レオーネ達も口を挟めない。
ただ成り行きを見守るしかできない事に歯がゆさは感じるが、どうにもならない。
レオーネはただ俯いて――その時、レオンがレオーネの肩をぽんと叩く。
そして何も言わず、ウィンゼルに近づいていく。
縛られている彼の近くにしゃがみ込んで――
「よう、お兄ちゃん。お前さん――天上人は嫌いかい?」
「当たり前だ。あのティファニエやそれに魂を売り、天上人になった者達――奴等は万死に値する」
「うんうん、い~ねぇ! じゃあそれを本当にしてやる気はねえかい? 俺と一緒に来れば――やってやれん事はないぜ、きっとな?」
「……今は血鉄鎖旅団の手の者だと言っていたか――俺を引き抜こうというのか……? ゲリラに身を落とせと――?」
「悪かないと思うがねえ? お前さん、この国意外のために働く気はないくせに、この国に居場所もないんだろ? だったらウチがうってつけだ。俺達はどこの国にも属さねえ、逆に言えば全ての国のために動いてるって事だ。全ての国の中には、当然アルカードも含まれてる――」
「……大きく出たものだな。世界のためと言いたいのか――」
「ま、うちのボスがな、そういう奴だからなあ。見た目はすげー怪しいんだが、中身は悪くないやつでな、これが」
「――お前もそうだというのか……?」
「ま、何て言うか――一方的に天上人に絞り上げられ続ける現状は、変えて然るべきだとは思うわな。俺の命の使い所はそこだ――ってな」
「……俺は、そこまで大げさな事は考えた事はない。ただ、あのクズどもが憎いだけだ」
「それでもいいんじゃね? 人が行動してる理由なんて人それぞれだ。それぞれの理由で、自分の目的に合った居場所を選ぶ――この国を荒らした奴らも追えるさ、そいつらを潰してから後の事を考えちゃどうだい? その方が弟も悲しませねえで済むんじゃねえか? 間接的にだが、役に立ってもやれる――やっぱ兄弟を悲しませるのは良くねえよ。全く人の事を言えた義理じゃねえがな――」
「弟、か……」
ウィンゼルはラティの方を見る。
「兄貴――! それでいい――! そうしてくれ! 処刑だとか自害だとか、そんなのは止めてくれ……! ちゃんと生きてくれ――!」
「……いいだろう――それも悪くはない」
「兄貴……! ありがとうな、レオンさん――!」
「よ、良かったです……! どうもありがとうございます――!」
ラティもプラムも、ほっと胸を撫で下ろした様子だ。
「いやー、はっはっは。こっちも貴重な戦力が増えてありがてえよ。独断専行しちまったから、手土産の一つも欲しかった所だったからなあ」
レオンらしい物言いだ。
レオーネも思わずくすくすと笑ってしまう。
「ではラティ王子――早速残りの兵達への降伏勧告を行いましょう」
「ああ、そうだな……! じゃあレオーネ。元に戻してくれるか?」
「ええ、分かったわ――」
レオーネは異空間の奇蹟を解除し、元の場所に復帰する。
風雪と、魔石獣に偽装した神竜の尾と、身を潜めていた雪と氷の塊が返って来る。
暫く風雪の無い異空間の中にいたので、急に戻って来ると、身震いする寒さだった。
「ウィンゼル王子殿下に付き従いし者達よ……! よく聞いてくれ――!」
「戦いは終わりだ……! もう戦う必要はねえ――!」
ルーインとラティがウィンゼルを伴い、先頭に立って呼びかけを始める。
「「な、何だ……!?」」
「「魔石獣じゃなかったのか――!?」」
「「ウィンゼル王子も一緒だぞ……!」」
敵兵達の間に戸惑いが生まれる。
「皆この者達の話をよく聞け――! そして従うのだ……! よいな――!」
ウィンゼルが騎士達に呼びかける。
「「「は……ははっ!」」」
どうやら、事後処理の方は上手く行きそうではある――
レオーネはレオンの方に近づいていく。
「お兄様、助けてくれてありがとうございます――」
だがレオーネがお礼を言ったはずなのに――
レオンは両手を合わせて深々と頭を下げて来た。
「すまん、レオーネ……!」
「? どうかしましたか?」
「兄弟を悲しませるのは良くねえ! なんて言っちまったけどよ……! 全く俺の言えた義理じゃねえ――我ながらよくお前のいる前で言えたもんだ……! 悪かった――!」
「ああ――だったらこれから、私が笑っていられるようにしてくれたら……それでいいです。確かにお兄様が血鉄鎖旅団に行って、私は辛い目に遭いました。だけど今そのおかげで、友達を悲しませずに済んだから――おあいこです」
レオーネはレオンに柔らかく微笑んで見せる。
「レオーネ――」
「お兄様の事情は――聖騎士と天恵武姫の事は、イングリスが教えてくれました。だから……お兄様はお兄様の信じる道を行ってください。私は私で、私の信じる道を行きます。大丈夫、仲間達と上手くやっていけますから――」
レオーネがそう言うと、レオンはレオーネを抱き寄せ強く抱きしめた。
「……お前はホントいい子だな、俺なんかの妹にしとくには勿体ねえや――」
何年ぶりだろう。
家族の――兄の温もりをこんなに近く感じるのは。
悲しくはないのに、涙で目の前が曇ってしまう。
そしてその潤んだ視界の先にいたリーゼロッテも、こちらを見て目を潤ませていた――
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