第321話 15歳のイングリス・王子と王子12
「ぐう……! だがまだ俺は負けては……おらん――ッ!」
体を震わせながらも、馬上槍を支えに立ち上がろうとする。
驚異的だ――あれだけの攻撃を受けて――
「止せよウィンゼル兄貴――! それ以上やったら死んじまうぞ……! 大人しく降伏してくれ――!」
「黙れ――ッ! この期に及んで自分では何もできん弱虫が――! お前など今の俺ですら一瞬で殺せるのだぞ……! 俺が見逃してやっているだけに過ぎんくせに、俺の前に立って調子に乗るな――!」
「できねえよ――!」
「何……!?」
「今のあんたには、そんな事は出来ねえ――! やれるもんならやってみろ……! その代わり出来なかったら、大人しく降伏しろよな……!」
ラティはそんなことを言い出し、ウィンゼルに挑戦する。
それはレオーネには、無茶のようにしか聞こえなかった。
「ま、待ってラティ――! 無茶よ……!」
「そうですわ! 安易に挑発に乗ってはいけません――!」
「ラティ……! レオーネちゃんもリーゼロッテちゃんも一生懸命戦ったんですから、ラティがそんな無茶をしたら、みんなの頑張りが――!」
三人とも、同意見だが――
「ま、いいんじゃねえか? そちらさんも義理とは言え兄弟同士、たまには拳で語り合ってみるのもいいだろ」
レオンだけはひょいと肩をすくめて、適当な事を言っていた。
「お兄様! 適当な事を言わないで下さい――! ラティに何かあったら大変なんだから……! みんなこれまで苦労して――」
「まあまあレオーネ、落ち着けよ……きっと分かってるはずさ。分かってて、ああ言ってんだ。って事はさ、ああ言えるだけの何かがあるって――そう思わねえか……?」
レオンは少し声を潜めてレオーネに言う。
ラティ―がこちら――ではなくレオンの方を見て、一つ頷くのが見えた。
レオンも同じように、頷き返している。
「……な? 信じてやれって、友達だろ?」
その少々おどけたような笑みは、レオーネにとって妙な安心と信頼を生む。
昔からそうだ。
そしてもう、それをいけない事だと思う必要もない。
だから素直にこんな言葉が出た。
「――分かりました。お兄様がそう言うなら……」
「ではわたくしは、レオーネを信じますわ」
「はい――! そうします……!」
リーゼロッテもプラムも、見守る姿勢だ。
「ならば来い――! ラティ! 今更手加減はせんぞ……! 死んでも恨むなよ――!」
「ああ、そっちこそな――!」
ラティとウィンゼルを止める者は、もう誰もいない。
「うおおおおおぉぉっ!」
ラティの方から真っすぐに、ウィンゼルに突進して行った。
それは本当に、何の変哲もない突撃だ。
あまりに普通過ぎて、逆に驚いた。
レオーネですら簡単に対処できそうな――
それがウィンゼルに分からないはずがない。
「――そんな腑抜けた動きで、俺の前に立つなッ!」
だが戦いの前に言ったように、ウィンゼルに手加減はない。
突き出した馬上槍から、バチバチと弾ける雷をラティに向け放射する。
「――!」
ラティは頭を低く、腕を体の前で交差させて防御姿勢を取る。
だが足は止めない。腕を盾にして、そのまま突っ込むつもりのようだ。
しかしそんな事で耐えられるようには、レオーネにはとても見えない。
雷がラティの腕にかかる。
服の袖が内側から破れて――
「――!?」
そう、内側から自ら弾け飛ぶように破れた。
つまり、雷を浴びたせいではなかった。
違和感の正体はすぐ直後に明らかになる。
ラティの腕が何倍にも太く、長く、変化して行くのだ。
それはもはや、人のそれではない――
形も、色も――特に表皮の青い鱗は、鏡のような澄み切った美しさである。
尾が生え、全身が膨れ上がり――
グオオオオォォンッ!
雄叫びを上げる、声さえも――!
「なっ……!?」
「り、竜……っ!?」
「し、神竜さんにそっくり……!」
大きさこそ神竜フフェイルベインの巨大さに比べれば大人と子供――
いや幼児程度だが――それでも人の数倍、中型の魔石獣くらいはある。
その強靭な鱗がウィンゼルの馬上槍の雷を弾き――
巨大になった体の体重を、そのままウィンゼルにぶつけた。
「ぬおおおぉぉぉっ!?」
虚を突かれ、明らかな体重差のある突進に抗えず、ウィンゼルの体は大きく吹き飛ぶ。
「だあああぁぁぁっ!」
ラティの声と、竜の咆哮が入り混じったような声を上げ――
竜は吹き飛んだウィンゼルを追い――勢いよく全身で飛び込んで、下敷きにした。
ドガアアアアアァァァンッ!
「へ、へへへ――どうだよウィンゼル兄貴……参ったか――!?」
ウィンゼルを下敷きにしたラティは、にやりと笑っているのか、竜の口元を歪ませた。
だがそれに応答するウィンゼルの声はない。
「ん……!? おいおい大丈夫か――!?」
慌てて上からどいて、様子を窺うように鼻先を近づける。
そこに、レオンも近づいて行った。
「――大丈夫だ。気を失ってるだけだろ、頑丈な奴だよ……おーい誰か、縄持ってきてくれ! 今のうちに暴れ出さんように縛っとけ! 魔印武具も身ぐるみ剥がしとけよ!」
レオンがルーインや騎士隊にそう呼びかけて、一斉に人が動き出していた。
「ラティ――!? そ、それは一体どうしちゃったんですか……!? 大丈夫ですか、どこか痛いとか――?」
プラムが心配そうにラティに駆け寄っていたが、レオーネもそちらが気にかかった。
「そ、それもまさか竜理力の影響なの――!?」
「わたくし達も色々な恩恵を受けましたけれど、竜そのものになってしまうとは――」
「……イングリスがさ、俺が一番竜理力と相性がいいはずだから、絶対何か目覚める。特訓しろって言っててくれてさ――」
イングリス曰く、ラティはイングリスと違って少しの神竜の肉を食べただけで、神竜の言葉を理解できるようになっていた――と。
そしてそれは、竜理力との相性の良さを物語っており、ラティにも、イングリス自身やレオーネとリーゼロッテの魔印武具に現れたような変化が恐らく起きる。
それを切り札と出来るように、特訓、そして残った神竜の肉を今までよりもっと大量に食べるように――というのが、イングリスがここを発つ前のラティへの助言だった。
そしてそれは、この通りここで実現していた。
イングリスの見立ての正しさには恐れ入る。そして感謝だ。
「で、夜中特訓してたんだよ、レオンさんに見て貰ってな」
「お兄様に……!? じゃあお兄様が潜入している事は知ってたの――?」
「では夜中にわたくしが聞いた竜の声は、ラティさんの特訓の声でしたのね……!」
「ま、こっちに戻ってきた時、たまたまばったり見かけたんでな――取引だよ、こっそり入れて貰う代わりに、訓練を見るってな」
「ごめんな、色々黙ってて。敵を欺くにはまず味方からって、ルーインも言うからさ」
「いえ、そんな事はいいのよ――私達もこうして無事だし」
「結果良ければ――という事ですわ」
レオーネもリーゼロッテも、ラティに笑顔を向ける。
そこに、ルーインがラティの元にやって来る。
「ラティ王子――! ウィンゼル王子の拘束を終えました。早速残る敵兵達に降伏を勧告いたしましょう――!」
「ああ、そうだな……」
「それが済んだ後は、こいつはどうするんだい?」
と、レオンはラティやルーインに尋ねる。
今は捕らえたウィンゼルの身柄を利用して、あちらの兵達を降伏させるのが先だが――
その先、ウィンゼルはどうなるのか。
それはレオーネも気にかかる所ではある。
戦いはしたが、それ程悪い人のようにも思えなかったが――
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