第315話 15歳のイングリス・王子と王子6
先陣の騎士達を迎撃して、数時間後――
再び橋の向こうの林から、機甲鳥と騎士達の小隊がこちらへと向かってきた。
その先頭に立つ機体に乗る人物を偽装の内側から覗き見て、ラティが鋭くレオーネ達に呼びかける。
「……来た! あの先頭に乗ってる奴――! うちのウィンゼル兄貴だ……!」
「――! そう……分かったわ、早いうちに本命が来てくれたわね――」
「こんな所まで、イングリスさんの読み通りですわね……!」
「最後まで読み通りにしてあげないとね……私達にかかっているわ……!」
息を潜めて、ウィンゼルの様子を窺う。
大胆にも自分だけ先頭の機甲鳥から飛び降り、こちらへと向かって来る。
大した度胸だ。先行の騎士達は戻らなかったから、最大の戦力である自分が出て、これ以上の部下の被害が出ぬようにとの考えだろうか――
レオーネとしては、感心すべき態度だが――その状況、位置では裏目だ……!
周囲の皆に、レオーネは目配せをして合図する。
もう少し近づいたら、仕掛ける――
これならば周囲の騎士も無視して、ウィンゼルだけを異空間に取り込むことが出来る。
――今だ!
「奇蹟――! 異空間へ……っ!」
魔印武具の黒い大剣の先端を、地面に突き立てる。
視界が一瞬ぐにゃりと歪み、次の瞬間には、真っ黒い何もない空間に。
前方には一人、ウィンゼル王子が取り残されたように立っている。
狙い通りだ――突出した彼だけを引き込むことに成功した。
――ならば早々に、決着をつける!
「リーゼロッテ! 行くわよ!」
「ええ、レオーネ!」
レオーネは駆け出し、リーゼロッテはその頭上を飛ぶ。
接近するこちらの様子に、ウィンゼル王子は動揺を見せずに泰然と呟く。
「ほう――これは奇蹟か……なるほど魔石獣で道を塞げば、その処理をするのは少数の魔印武具を持つ騎士――そこを奇襲して括弧に撃破する、か……数的不利を補ういい作戦だ――」
「そうお思いなら、すぐに降伏して頂けると助かります――!」
「残念ながらあなたはお一人――完全に孤立していますわ……!」
「ふむ、こんな少女が――その上級印は……お前達、我が国の者ではないな? ティファニエの手下の天上人でもない――となると、あの女をリックレアから叩き出したというのは本当だったか――その点に関しては、礼を言おう。かたじけない」
ウィンゼルが頭を下げたので、レオーネもリーゼロッテも戸惑った。
「い、いえ……!」
「な、何だか思っていたのと違いますわね――」
「そ、そうね――」
レオーネもリーゼロッテに同意せざるを得ない。
話せば分かるのではないか――と。そう思えてならないのだ。
「それはこちらも同じ事だ。君達は如何にも無垢で、善意に満ちた顔をしているが――自分達のやっている事が分かっているのか? アルカードを守護する立場を負う俺からすれば、リックレアにティファニエが居座っているのも、カーラリアの騎士が居座っているのも本質的には同じだ。それが民を虐げるクズかどうかの違いはあれど、侵略には抗わねばならん」
「ち、違います……!」
「わたくし達はそんなつもりでは――!」
「では、どういうつもりだ?」
そう言われて二人は振り返る。
そもそもアルカードにやって来たのは、アルカード側からカーラリアへの侵攻軍を止めるためだった。東のヴェネフィクと北のアルカードから、カーラリアが挟撃されるのを防ぐためである。
政変を起こさせ侵攻を止めさせる。あるいは侵攻軍への直接攻撃。
手段は明確に決めず、目的だけがあり、そしてアルカードに侵入して――
だがそもそもアルカード行きを提案したイングリスの目的としては、それは表向きの半分に過ぎず、裏の半分は強い敵と戦えるかもしれないから――だ。
裏の目的は結構果たされただろうし、レオーネもリーゼロッテも恩恵を受けたが、今ここでそんな事を言えるはずもない。
それにそれは、イングリスの考えであってレオーネ達の考えではない。
自分達の素直な気持ちは――
「わ、私達はラティとプラムを助けるためにここにいます――!」
「ええ、侵略をするつもりなどありませんわ! 事が済めばすぐに出て行きます――!」
「そうだ、ウィンゼル兄貴……! みんな俺に力を貸してくれただけなんだ――!」
レオーネとリーゼロッテに続いて、ラティの声。
前に出て来てしまったらしい。
とはいえウィンゼルと話し合うならば、ラティが話す方がいいのは確かだ。
「だから止めてくれ、こんな事は――! 天上人はもう追い出したんだ……! 最初に魔石獣のふりしてリックレアを潰したのも奴等だ……! 最初から俺達は騙されてたんだよ――! だからもう同じアルカードの人間同士で戦う必要なんてねえだろ……! なあ――!」
ラティは必死にウィンゼルを説得しようとするが、ウィンゼルの表情は動かなかった。
「――一つ言っておく。侵略者とそれに担がれた軽い神輿というのは、皆そのような物言いをするものだ。貴国のため、良かれと思って――彼らは自分達の国のため、力を貸してくれている――とな。自分がその典型の物言いをしている事に、恥ずかしさを覚えないのか?」
「「……!」」
「くっ……!」
レオーネとリーゼロッテは唇を噛み、ラティは俯く。
「ダメだな。何を恥じている」
「えっ……?」
「皆そのような物言いをするのは何故か? 知恵が足りぬわけではない。それが悪くない方便だからだ。そう言っていれば政治的な負けはない――それを分からず恥じているようでは、大方全ては誰かの入れ知恵だな――子供が悪い大人に誑かされているだけだよ、お前は」
確かに大まかな方策であるとか方便であるとかは、全てイングリスが皆を導いたものだ。リックレアに囚われていた捕虜からルーインを救出した後は、それにルーインも加わって今がある。
ただ本当に最初――リックレアに向かうことを決めたのはラティだし、イングリスはその気持ちに寄り添ってその後の計画を立ててくれた。
だからイングリスが操っていたわけではなく、ラティの意志をイングリスが後押ししてくれた。それは絶対に確かな事だ。
「違う……! 俺はティファニエやハリムがやってる事を見てられなかったから――! そのせいでプラムが苦しむのを、俺が守ってやらなきゃって思ったから……!」
「――そもそも、その原因となったのはお前でもある……」
ウィンゼルの眼差しが厳しくなる。
「何だと……!? 俺が何をしたってんだよ――っ!?」
「何もしていないからだ――!」
「……!?」
「あの天恵武姫――ティファニエは正真正銘のクズだ。それはお前のせいではない……が、あんな女に篭絡されてしまったハリム達の心根に何があったと思う? それはこの国の未来への不安だ――我らが父はもう老齢……後を継ぐべきお前は劣等感か何か知らんが、他国にふらふらと自分探しだ。国に向き合わぬお前の姿勢が、彼らの心に疑心暗鬼を生み、ティファニエに付け入る隙を与えた……! その反省はないのか……!?」
ウィンゼルはラティを強く指差す。
その手の甲には――
「……特級印――っ!?」
「まあ、ウィンゼル王子は上級印の持ち主だと……!」
「ウィンゼル兄貴が――!? 俺がアルカードを出るまでは、こんなんじゃなかったのに……!」
「魔印は必ずしも、後天的に成長しないわけではない。『洗礼の箱』で刻み直す必要はあるが……な!」
ウィンゼルはグッと強く拳を握る。
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