第311話 15歳のイングリス・王子と王子2
「すまねえ二人とも、迷惑かけるな――」
「いいえ、乗り掛かった船ですもの」
「気にしないで」
と、ルーインがプラムに諭すように述べる。
「プラム殿。それに一つ付け加えて申し上げておきますと――ラティ王子が一度追放されてしまえば、恐らくもうアルカードに戻る事は叶いませんよ? ですから、あなた自らを犠牲としましても、お望みの結果になる事は、難しかろうと思います――」
「え――どうしてですか? ルーインさん」
プラムの問いは、皆の疑問でもあった。
皆黙って、その先のルーインの言葉に耳を傾ける。
「残念ながら、現国王陛下の王権は間もなく失われるからです」
「え……!? どうしてだ……!? まさか親父が重病――!? それか暗殺計画があるとかか……!?」
「いえ。自然とそのお立場を去らねばならぬからです。カーラリアほどの大国の王相手に刺客を送り、攻め入ろうとした事実は無かった事には出来ません。状況が落ち着き次第、国王陛下はカーラリア側に許しを請い、関係を改善するように努めねばなりません。それには我が国がそれなりの態度を示す必要がある――その最低限が、事態を引き起こした責任を取り、国王陛下が退位なさることでしょう」
「……! 確かに、そりゃそうだよな――カーラリアからしたらゴメンだけじゃ済まねえもんな……」
「下手をすれば、国王陛下の自決や領土の割譲、莫大な賠償金など、諸々の条件が付きつけられる可能性があります。それを避けるにはともかく早く、そしてこちら側から謝罪に動く必要があります。いやむしろ、リックレアの解放の報を受けて、既にカーラリア側に申し入れている可能性すらあります」
「……ああ、早けりゃ早い方がいいな」
「そんな状況で、ラティ王子が国外追放されていたら――国王陛下が退位に伴いラティ王子を呼び戻そうとするとして、王でなくなる王の命に誰が従います? ウィンゼル王子がそれを拒んで国王陛下を糾弾したら――周囲の者は、事態が紛糾して長引いているうちに、カーラリア側から誠意無しと見られて攻撃されるのを恐れます。つまりウィンゼル王子に味方し、王の意向は無視して退位を強制するでしょう。それが一番安全ですから。お分かりですか? 今ここで国外に退くという事は、未来永劫に渡る王権の放棄に、プラム殿との今生の別れも意味します。私にはとても勧められません」
「――よく分かったぜ、ルーイン。ここで日和るなって事だな。分かったなプラム」
「わ、分かりました……! ごめんなさい――もう、言いません……!」
プラムは真剣な表情でそう言い、強く頷く。
「なお私の意見は、ここを発つ前のイングリス君と現状認識をすり合わせたものになります。彼女はこのような要求が為されることを予期していました」
「ははは――あいつはホントによく分かんねえなあ。どこまで見えてんだよ――他に何か言ってなかったか?」
「はい、ここでの一時撤退は完全敗北と同義。が――相手からこちらに来るのは逆に好機ゆえ、ここでどちらが王位を継ぐか決着をつけるべし、と」
ルーインが伝えるイングリスの言葉に、レオーネは頷く。
「……こういう時のイングリスの見立ては、いつも当たっていたわ。そう言うという事は、私達にはそれが出来るという事よね、きっと――」
「信頼には答えて見せねばなりませんわね……ですが、こちらの戦力はわたくし達と、僅かな騎士隊の方々のみ――多勢に無勢なのは免れませんわね」
「ええ。私達がやらなきゃ……! だけど、イングリスは全員みね打ちにするなんて言っていたけれど、私達の腕ではそんなの無理よ。だから覚悟は決めておかないと――ね」
つまり戦争をする覚悟――という事だ。
これまでにも人相手に戦った事がないわけではないが――
本格的な軍隊との戦争は初めてだ。
「……正直、魔石獣と戦う方が気が楽ですが――弱音なんて吐きませんわ。それしかないのであれば、そうするのみです」
頷き合うレオーネとリーゼロッテを頼もしそうに見つめつつ、ルーインは使者役の騎士に尋ねる。
「頼んでいた敵部隊の装備については、確かめて来てくれたか? 機甲鳥や機甲親鳥の保持数は……?」
「少数でした。斥候や物資の輸送に使う程度の数しか保有していないと思われます」
「そうか――! ならば全部隊を空輸するような事は出来ず、地上を行軍してくるという事だな……!」
「はい、あくまで機甲鳥や機甲親鳥は地上を行軍する主力の補助という形です――」
「ようし、いいぞ……! ならばあの策が打てる――」
ルーインは強く頷いていた。
「策……!? 何かあるのか、ルーイン!?」
「ええ。これもイングリス君と打ち合わせをさせて頂いております――多勢に無勢で無勢が正面突破を仕掛けるなど無謀、策を以て当たるべきとの共通認識を得ました」
「いやいや、あいつ一人で突っ込んで全員みね打ちにするとか言ってたじゃねえか。思いっきり無勢の方が正面突破してるんだがなぁ……」
「その点については――イングリス君の存在は、それ自体が策であると解釈すればよろしいかと」
ルーインは真面目な顔でそう断言した。
「はは――なるほど、モノは言いようだわな」
その言い回しに感心する。
「つまり、あの子は個人の枠を超えているという事ね」
「まあ、そうですわね――そう解釈するしかございませんわね」
「そのイングリスちゃんと相談した作戦は、私達にも出来るやつなんですか?」
プラムがルーインに問う。
「無論です、プラム殿。イングリス君は力の権化のようでいて、頭脳の方も実に明晰です。一国の宰相や、軍師をも目指せる器――直接我々を手助け出来ぬ代わりに、よい知恵を残して行ってくれました。必ずや、多勢に無勢の状況を覆して御覧に入れましょう」
ルーインはそう言うと、この付近の様子を記した地図を卓上に広げた。
「我々は即座に準備を整え、ここを出撃して敵部隊を待ち受けます。場所は、ここです」
それはこの野営地から少し南に下った所にある東西に長い峡谷と、そこにかかる橋である。橋の北側、南側共に、道の脇が林になっているのが地図から分かる。
ルーインが指示したのは、その橋の北側の林。
敵軍から見て、橋を渡った直後の地点だ。
「レアラ峡谷の橋……? 橋なら敵兵は多く渡れねえから――そこで奇襲を掛けるって事か?」
「いいえ? 堂々と迎え撃ちますよ。ただし、多少の偽装は施しますが――これからその詳細を説明致します。敵部隊がここを通り過ぎてしまえば策は成り立たず、時間との戦いになります。説明後はすぐに行動を――それから、レオーネ君、リーゼロッテ君……策は為っても、最後は君達の武力が頼みだ。どうかよろしく頼む」
「わかりました――!」
「ええ、承知いたしました……!」
そして作戦会議を終え、急いで準備に取り掛かったレオーネ達は――
「結局、いつもとやってることが変わらないんだけど……!?」
レオーネは力を込めて、神竜の尾に黒い大剣の魔印武具を突き刺す。
このリックレアの野営地が出来てから散々繰り返して来たいつもの作業――竜の肉の切り出しである。
今日も今日とて、こういう時に手を抜かない生真面目なレオーネは、汗だくになりながら手を動かしていた。
「仕方ありませんわね……! 必要な事ですもの――」
リーゼロッテも同じく、汗をかいていた。
「そうだけど――イングリスってばよっぽどこの竜の尻尾が好きよね、食べたり、武器を作ったり、今度はまた作戦に使うなんて――」
「怪我や病気に効くとも仰っていたような……? でも、わたくしもこの竜の尾は好きですわよ? ずっと肉切り作業を続けたおかげで、わたくし達の魔印武具も強くして頂きましたし――ね」
竜の力、竜理力――
それが二人の魔印武具に宿ったのは、大量に竜の肉を切り続けたおかげだ。武器に竜理力が染み着いてしまったのである。
イングリスの場合は異常なまでの量の肉を食べ続けたおかげで、竜理力を自分自身に取り込んでいたが――
「そうね。いい修行だったけど――ね。これが最期、頑張らないとね……!」
「ええ、今回は皆さんお手伝い下さっていますし、いつもより早く済みますわ……!」
神竜の尾から肉を切り出す作業を行っているのは二人だけではなく――
ラティやプラム、騎士隊の全員、それに住民達も。総動員だった。
「皆、作業を急いでくれ――! 終了次第尾を運び出すぞ――!」
「「「おおおおおおっ!」」」
ルーインの号令に応じる、多くの人の声。
間もなく作業は完了し、中の肉をくり抜かれた巨大な神竜の尾は、ルーインが迎撃場所だと示していたレアラ峡谷の橋へと運ばれて行った。
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